第二章 舞踏会は危険がいっぱい?

第16話 舞踏会から逃げ出したい!

 グレンウェルド国立魔術学院への入学資格は秀でた魔力と資質を持った者であるとされている。国の挙げての育成機関の為、庶民でも試験に合格すれば入学が可能だ。

 しかし実情は、日銭を必要とする庶民も少なくない。そのため、子どもを学園に通わせる多くは貴族や商会などで、裕福な家庭の子が八割を占めている。

 そこで、交流を名目としつつ、社交界に出る練習も兼ねた舞踏会が学院で年に数回開催されていた。


 舞踏会の開催が一ヶ月後に迫っていた。

 それを考えると、大好きな紅茶とクッキー前にしても、気が重くなるばかりだ。

 今日何度目か分からないため息が、私の口をついて出た。


「どうしよぉ、出たくないよぉ」

「そんなに嫌なら、出なきゃいいんじゃね?」

「そうよ、去年も出なかったんでしょ? ね、丁度いい依頼見つけたし、一緒に行きましょうよ」

「でも、またネヴィンにバカにされるよぉ」


 クッションを抱えてうだうだとしていると、横で紅茶を飲むキースは「ネヴィン?」と首を傾げ、クッキーをつまんだアニーが「誰それ?」と私に尋ねた。


「ネヴィン・アスティン……同郷なんだけど、何かとすぐ突っかかってくるの」

「ふーん、ミシェルが嫌がるって、よっぽど嫌な奴なのね」

「あー、この前言ってた、お前のことバカにしたヤツか」


 今日一番の深いため息をつくと、間延びした声でキースが大変だなと呟く。

 

 社交界なんてなくても良いじゃない。ドレスだって苦しいだけだし。できることなら不参加で通したいのが本音だ。

 でも、そういうわけにもいかない。

 嗚呼、百歩譲って、ネヴィンがいないならまだ頑張れたんだけど。


 何度目か分からないため息が出そうになった時、ゴホンッとわざとらしい咳払いが響いた。私たちがそろってそちらを見ると、少し離れたところにある机に向かっているマーヴィンがムスッとして、こっちを見ていた。


「あなた達、ここはティールームじゃないんですけどね?」

「固いこと言うなよ」

「そうよ。お茶もお菓子も持参してるでしょ」


 反論するキースとアニーにため息をつき、マーヴィンはペンを置くと席を立った。


「それなら、私にもお茶の一杯を注いでほしいものですね」

「休憩したいなら、素直にそう言いなさいよ」

「あなた達が騒がしくて、仕事にならないだけです」

「あら、それはごめんなさいね。休日までお仕事なんて、司祭様はお忙しいのねぇ」


 全く悪びれた様子のないアニーは食べかけのクッキーを口に放り込むと、ティーポットを手に取った。

 ため息をつきながらアニーの横に腰を下ろしたマーヴィンは、ところでと言って私を見た。


「その舞踏会とやらは、出ないと問題なんですか?」

「問題なら、去年も出てるだろ?」

「あなたには聞いていませんよ、キース」

「へいへい」


 ぎろりと睨まれても気にしないキースは、クッキーに手を伸ばした。そうして、私をちらりと見る。次いでアニーもこちらに顔を向けた。


 三人の疑問に唸った私は「義務じゃないよ」と話し始めた。


「舞踏会の参加は全学年に資格があって、学院内の社交場みたいなものなの。浮ついた目的の人もいるけど、ほとんどが人脈作りだったり、情報収集のための場所に使ってるの」

「ふーん、社交界の練習みたいなもんなのか」

「貴族様って大変ねぇ。ドレスなんて着たら、美味しいものも食べられないでしょ?」

「アニー、そういったことでは悩んでないと思いますよ」

「大変なことに変わりはないじゃない」


 アニーの物言いにやれやれとため息をついたマーヴィンは、どうしたものですかねと呟いた。

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