第17話 キース、あなたは何者なの?

 ティーカップをソーサーに戻したマーヴィンは、ううんと小さく唸った。


「司祭もそれなりの地位に上がれば、そういった華やかな場所に招待される者もいますが……あいにく私は出自が庶民なので、華やかな世界には不馴れでして。良い策が浮かびませんね」

「へぇ、司祭も大変ね。んー、やっぱり逃げちゃうのが一番じゃない?」

「舞踏会が一度きりであれば、それも手でしょう。しかし、最善とは思えませんね」


 そうなのよ。

 問題は、この先にも舞踏会は開かれるってこと。毎回逃げていたら、きっとネヴィンは、それも不快に思って突っかかってくるだろう。

 

「卒業してから本国に帰る学生も少なくないの。だから、今のうちに舞踏会で人脈を作るのが必要だっていうのも分かるんだけど……」

「家の駒に使われる年ではあるよな。まぁ、は目を瞑ってくれてそうだけど?」

「……うん、お父様は無理をしなくていいって言ってるけど」


 小さく息をついて、少し冷めてしまった紅茶で喉を潤した。その華やかな薫りにほっとして、ふと気付く。

 

 何だか、キースの物言いに引っ掛かりを感じる。

 いくら私より年上だって言っても、妙に詳しすぎるような気がして引っ掛かった。


 舞踏会に対する反応って、貴族でなければアニーのように煙たがるか、憧れを抱くのが自然だと思うんだよね。縁遠い場所だと、想像することしか出来ないわけだし。

 でも、キースの反応は実情を知っているような物言いに聞こえる

 

 ねぇ、とキースに声をかけようとした時だ。マーヴィンが「つまり」と言ったことで意識がそがれた。


「マザー家の令嬢としては、舞踏会に出ないこと自体が損失にもなるのですね」

「うん、まぁ、そんな感じ。そのマザー家の令嬢としてってところに噛みついてくるのが、ネヴィン……彼がいないなら、まだ頑張れるんだけど」

「ふーん、貴族様は大変ねぇ。やっぱり、そんな窮屈なとこからは逃げちゃいましょうよ!」

「アニー、それが出来たら悩んだりしないでしょう」


 堂々巡りの会話に、マーヴィンがやれやれとため息をつく。それに曖昧な笑顔で頷いた私を、キースが呼んだ。


「なぁ、ミシェル。同伴とか必要なのか?」

「出来ればね。親兄弟を連れてくる子もいるし、婚約者がいる子はその人を連れてくるよ。何人か、士官学校に通うお相手を連れてくるって言ってたなぁ……」

「うっわ、なんか、ほんと別世界ね」

「アニーには、一生縁がなさそうですね」

「あら、庶民派な司祭様にも縁はないんじゃなぁい?」


 バチバチと火花を散らしそうな二人が微笑みあう姿は、ちょっと羨ましい。私だって、縁がなくて良いんだけどな。


「せめて、お兄様がいたら……」

「あー、失踪中の兄ちゃんか」


 私のぼやきに、キースが反応した。

 そう、私には兄と弟がいる。お兄様は、5年前にお父様と大喧嘩をして家を飛び出してしまったの。建前として、周囲には世の中を見て学ぶ旅に出ているってことになっているけど、お父様は諦めているかもしれない。だから、私への期待があるのかもしれないけど。

 厳格でありながらも優しいお父様の横顔を思いだし、ついため息をこぼしてしまった。


「お父様に連絡すれば、喜んで飛んできそうだけど……」

「マザー家当主、しかも現役の竜騎士隊長が、そう簡単に、国を空けるわけにはいかねぇな」

「そういうこと。あー、もう、一人で参加なんてしたら、絶対、ネヴィンに嫌味言われるよ」


 私の愚痴に、キースはその都度話を返してくる。それに、やっぱり違和感を感じてしまった。


 何だか詳しすぎるような気がする。お父様は現役の竜騎士として名を馳せているだろうけど、一介の冒険者まで知っていることかしら。

 もしかして、キースってジェラルディンの出身なのかな。それなら、知っていてもおかしくないけど……


「ねぇ、キース、なんで──」

「俺がついていってやろうか?」

「──え?」


 疑問を口にすることも忘れ、口を開けたまま私は動きを止めた。

 それって、キースが私をエスコートするってこと?


 まるで、ちょっとそこまでケーキを食べに行こうと言うように、キースはのんきな顔をしている。彼の軽い提案に驚いたのは私だけじゃなかった。

 

 睨みあっていたマーヴィンとアニーも毒気を抜かれたような顔をして振り返った。そうして、異口同音に「はい?」と聞き返す。

 キースはいつもの飄々とした表情で「俺がエスコートしてやるって」と言い切った。


「キース、何を言っているのですか?」

「あんたバカじゃないの? あたし達みたいなのが行っても、気後れするだけよ」

「こう見えても、人生長いからな。お前よりか礼儀作法は身についてると思うけど」

「言ってくれるじゃない。せいぜい、ミシェルに恥をかかせるんじゃないわよ」

「完璧なまでにエスコートしてやるぜ」


 相槌を打つように「な?」と言って笑うキースを見て、私は呆気にとられていた。

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