第13話 答えがでないなら聞けば良い(キース視点)


 皆で食事を終え、ミシェルを下宿先であるロンマロリーの屋敷に送り届けた一行はその場で解散した。

 それもこれも、キースが食事の間中、ミシェルを気にしていたからに他ならない。マーヴィンたちも彼女を心配していたのだが、色々と察しの良いアニーは解散だと言って男二人の腕を引っ張っていってしまった。


 司祭、探索者、剣士と職業が異なれば、出自もばらばら。立場の違いすぎる面々だ。仲間としてお互いを大切に思っていても、入り込めない部分もある。

 越えてはならない線を誤るな。

 そう自身に言い聞かせ、一度は屋敷に背を向けたキースだったが、数歩進んだところで足を止めた。


 ミシェルの泣き顔を見たのは、初めてだった。

 怪我を負ったとか肝試しで驚かされた、嫌いな虫に追われて泣いただとか。欠伸で涙が浮かんだなんて生理的なものも入れたら、涙の一つや二つは見ている。


 だが今日、夕方に見かけた涙はそうではなかった。

 誰がミシェルを泣かせたんだ。──考えても答えは見つからない。酒場では、もやもやとする気持ちを酒で流し込もうとしたキースだったが、結局それがしこりとなって残っていた。


 ミシェルがいつも通り、いや、いつも以上に笑顔を振りまいていたことも、キースが違和感を感じる理由となり、返って、放っておけなくなったのだろう。


 横道に入った先で見上げた屋敷の一角で、明かりがぽっと灯る。その窓の向こうを、見覚えのある二つ結びの人影がよぎった。


 しばらく見上げていたキースは、がしがしと髪を書き乱すと息を吐き捨てた。

 考えたって分かる訳がない。答えがでないなら聞けば良い。考えるより先に動くタイプでもある彼は意を決すると、屋敷を囲む石積の壁を見渡した。


 壁の高さは大人一人と半分ほど。その上に突き出た鉄の支柱が等間隔で組まれているが、むしろ手足をひっかけるには丁度よさそうだ。さらに、その向こうには見事な巨木がある。

 部屋へと渡るルートを確認したキースは、難なく行けそうだと頷く。


 拾った小石を窓に向けて投げた。

 コツン、コツンと続けて当てれば、再び人影が窓に映った。そっと押し開かれた窓から覗いた顔は、つい今しがた別れたミシェルだ。


「おい、ミシェル」


 声をかければ、少しばかり驚いた顔をしたミシェルが、周囲をきょろきょろと見回した。


「どうしたの。皆は?」

「もう帰ったけど。そんなことより、ちょっと話さないか?」

「いいけど。じゃぁ──」

「そこで待ってろ」


 下に降りるからと言いかけたのだろう。ミシェルは驚きに瞬きを繰り返している。

 キースは石積みの壁に指をひっかけ、その上へと器用に飛び上がった。止める間もなく、彼はミシェルの前にある大木の枝へと上がる。


「よっ、少しは元気になったか」

「ちょっ……な、何、危ないことしてんのよ」


 思わず声を上げそうになったミシェルは、はっとして部屋のドアを振り返った。しかし、廊下に人の気配はなく、家の者に声がかけられることもなかった。

 ほっと息をつく姿を見て、キースは鼻で笑った。


「は? 今更かよ。冒険に出たらもっと危険なことしてんだろうが」

「そうだけど……ロン師に見つかったら」

「あー、じいさんね。まぁ、そん時はさっさと退散するって」

「もう……ほんっと無茶ばかりするんだから」


 呆れ半分、可笑しさ半分でため息をついたミシェルは、キースの「そっち行っていい?」という質問に、きょろきょろと周りを見回すと、頷いて窓から数歩離れた。


 枝を揺らして軽やかに部屋へと飛び込んだキースは、薄明かりに照らされた室内をぐるりと見回した。

 

 年代物らしい文机の上には乱雑に書物が積みあがっている。壁には絵画一つ、花一つ飾られていない。整然と片付けられていると言えばそうなのだが、トルソーにかけられた外套も、見慣れた赤いローブだけで、巷の女が好みそうな帽子やショールなどは一つもない。これが侯爵令嬢の部屋だと、誰が信じようか。


「恐ろしいくらい、色気のない部屋だな」

「むっ、バカにしに来たなら帰って」

「別にバカにしてないけど?」


 寝台の横につけられた小さなナイトテーブルに置かれた素焼きの小物入れを開けたキースは、砂糖菓子を見つけた。それを遠慮せず摘まむと、口に一つ放り込んだ。カリッと噛むと糖衣が砕けて中のアーモンドの香りが広がる。


「勝手に食べないでよ」

「いいじゃん、減るもんじゃないし」

「減るでしょ、バカ」


 呆れてため息をついたミシェルは、布張りの椅子に腰を下ろした。

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