第11話 刺さるようなダークブルーの眼差し

 心の中で悲鳴を上げながら、キースのことを思い出す。どこをどうしたら、そんな噂が立つのよ。


 模擬戦の日は私をお姫様抱っこしたらしいけど、いつもなら、麦袋か水樽を運ぶように担いで運ばれるんだから。女の子扱いなんてされたことはないし。

 確かに、キースは綺麗よ。さらさらの髪は、私のふわふわの赤毛と違って、金糸のように細く真っすぐで、日差しを浴びるとキラキラと輝くし。緑の瞳は、母の形見の指輪に嵌められた宝石エメラルドのようだし。いつも笑顔は温かくて……って、違うから。キースは仲間だから。


「キースは仲間! それ以上でも以下でもないんだから!」

「そうなの? 隠さなくてもいいのよ。私、ハーフエルフに対して偏見はないつもりだし、応援──」

「ぜーったい、ない!」


 きっぱりと言い返した時、ほんの少しだけ胸が痛んだ。

 アリシアから視線を逸らし、赤いローブの胸元を握りしめる。

 別に、キースを嫌いとかって訳じゃないけど……私と噂になってるなんて知ったら、きっと、迷惑だもの。ちゃんと、否定しておかないと。


 しんと静まり返り、なんだか居心地が悪くなった。その時だった。

 

「それは良かった」


 突然会話に入ってきたのは、黙々と片付けをしていた青年だった。


 嫌な緊張感が走り、一緒に作業をしていた女の子たちが顔を見合わせている。

 切れ長のダークブルーの瞳が私を見た。その冷たさにぞくりとして、堪らずに一歩後ずさると、アリシアが私の前に立った。

 

「どういう意味よ、ネヴィン?」

「マザー家のご令嬢ともあろうお方が、素性も怪しいハーフエルフなど相手にしているのかと思うと、国の未来はないなと思っていたんでね」


 涼やかな声がすらすらと答える。そのせいか、室温が数度下がったようにすら感じた。皆、ひやりとしたものが背筋に落ちたかのように強張りを見せて動きを止めている。


 もしかして今、私はバカにされたの?


 突然の言葉を理解できず、黙ったまま返す言葉を探していると、ネヴィンは鼻ではんっと笑った。その顔は涼やかなままだ。


「僕の作業は終わったから、先に失礼するよ」

「ちょっと、待ちなさい、ネヴィン!」


 さっさと部屋を出ようとするネヴィンに向かって、アリシアが声を上げる。だけど、彼は振り返らずに出ていってしまった。


 扉の閉ざされる音が必要以上に大きく響いたような気がした。すると、誰かが深いため息を零した。そのおかげで、張りつめた空気がゆるんだ気がした。

 女の子たちから次々に、何よアイツと声が上がる。


「ミシェル、気にすることないよ」

「ネヴィンはちょっと、頭が固いだけだから、ね」

「そ、そうだよ。最近はハーフエルフに偏見持ってない人も増えてるし!」


 ああ、そうか。

 バカにされたのは私だけじゃないんだ。キースのことも、ネヴィンはバカにしていた。それに、マザー家のことだって。

 刺さるようなダークブルーの瞳を思い出し、背筋が震えた。


「ミシェル……さぁ、作業を終わらせて帰りましょう!」


 明るい声でそう言ったアリシアは、私の前にある紙束を取ると手を動かし始めた。

 頷いて手を伸ばした私の指先は小刻みに震えていた。

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