第20話、アザミの咆哮

「橘さん、起きていますか?」「おはようございます、リリー」「準備は?」「はい、あ、目覚まし止めてきます。ちょっと待って」


我々は夜明け付近、清々しいミントの香りに包まれた鉱山の入り口で、ギルドのメンバーとリリー、私は最後の作戦確認をしていた。


「ご一緒できず、残念です。」


リョウは残念そうだったが、魔族は生命エネルギー=エーテルなので自己エーテル使用タイプのギアは使えない。魔族で構成されている智大大蔵側のギルドメンバーはサポートになる。


「気をつけて」「ありがとう」。


全身をギルド標準武装したリョウは入り口側責任者として入り口に残ることになった。我々の退路を守ってくれるリョウ達、智大大蔵メンバーに感謝し、短いやりとりのあと、出発した。


昨日からのミントのエーテルは入り口から徐々に試作坑に向かうように鉱山の配管に流したため、魔物化した熊は奥へと追い込まれているはずだった。


「瑞樹さん、ギアを使って熊の位置を探知しつつ、進行ルートの安全を確認してください。」


私は手元のギアを起動させた。青いバラのエーテルバッテリーが穏やかに光を放ち、ギアがかすかに振動し、内部から微かな音が響く。


音の強弱を頼りに周囲のエーテルの流れを把握し、みんなに告げた。「熊は入り口付近にはいません。分かれ道次第ですが、作戦通り背後を取られないように最後に奥にある試作坑につくルートで良さそうです。」


鉱山の奥へと足を進めると、次第にミント色の冷たい空気が肌を刺すように感じられた。


周囲はエーテルエネルギーの配管が淡く緑色に煌めき、時折、鉱山壁にうっすら自分たちの影が揺らめく。


張り詰めた静寂の中、私のギアが少し鳴った。


「この先にいる」私が静かに告げると、リーダーが低く応えた。「みんな、気を緩めるな。魔物化した熊に油断は禁物だ」


私はギアを握りしめた。「大丈夫」リリーに不意に声をかけられ、自分の役目を思い出す。


『魔物化したら、もう意思疎通はできない』

リョウにそう言われた。本当は、戦いを回避したいが、私のわがままで、危険を上げる訳にはいかない。


「作戦通り、私のギアで光と衝撃を出して、熊を怯ませます。そのあとは明かりとして最大まで明るくします。」「みんな、行けるか?」「はい!」


いよいよ、見えた熊は暗闇の中でその目が赤く光り、体からは黒いエーテルの波動が溢れ出していた。熊まであと5m。


「行きます!」私はギアにエネルギーを注ぎ込み、一気に辺りを照らし出すと同時に、熊に向けて衝撃波を放つ。光に目が眩んだ熊が咆哮を上げ、わずかに怯んだ隙をつき、リーダーが声を張り上げた。


「今だ!突っ込め!」


一気に前衛が飛び出し、熊に斬りかかる。リリーは左手の青いエーテルギアを操作し、エネルギー弾を連続で放って援護している。熊の動きは鈍ることなく、力強い腕を振り上げて反撃し、爪の一振りが岩壁を粉々に砕く。


『Gaaaa!』

翻訳機を通しても、何もわからない。


顔半分にドス黒いアザミの花が咲いた熊が体を膨らませ、荒々しく私たちに向き直った。血走った目が私たちを捕らえ、黒いエーテルが渦巻くその姿はまさに魔物そのものだった。


『バチン!』


私のギアの出力では気を逸らすぐらいしかできず、私たちに向かって狂乱の雄叫びを上げるその姿はまるでアザミの花そのものが怒りの象徴として咲き誇っているように見える。


「リリー、もう少し強く攻撃は可能ですか?同時に攻撃して前衛が立て直すまで、怯ませましょう」


彼女は一瞬迷うように見えたが、すぐに頷き、彼女の手元が青く輝き、その光が鉱山の壁に反射して幻想的な光景を作り出す。


「いきますよ、瑞樹さん!」

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