第19話、クロッカスの魔人
「へー、なるほど。わざと密閉させてないんですね。」「どのみち液体化したエーテルに長く晒すと金属が変質化するだ。銅管ぐらいだと香りも遮断出来んからミントのエーテルで熊よけも兼ねてんだな」「へー」
夜の静寂が魔族の街「智大大蔵」に広がっていた。街中の建物には淡い緑色のエーテル灯が点り、この街に多いミントの香りが風に乗って漂っている。
街に戻ってから、私たちはギルドの会議室で、ギルドメンバーと明日予定している熊の魔物に対する作戦会議をしていた。
「熊の魔物は坑道を自由に移動しています。こちらとしては鉢合わせは避けたいです。例えば鉱山内のエーテル配管にミントのエーテルを流して熊を誘導出来ませんか?」
みんなで鉱山内の地図を前に座っている。
「熊はミントの香りを嫌います。時間差でミントのエーテルを配管に流してここの試作坑に追い詰めてみましょう」
「それなら、熊が移動しているかは、私のギアで調べましょう」
リーダーは私の提案に頷き、微笑んだ。
「いい考えですね、橘さん。では、街への危険を減らすため、明日までに入り口付近は先にミントのエーテルを流しておきます。」
『ぐぅぅ』
だ、誰かのお腹がなったらしい。
「先遣隊のみなさんとクロックタウンギルドメンバーは作戦会議を続けてください。我々智大側がやっときます、なあ!」「おうよ!」「いいアイデアありがとよ!」
大変気を使われてしまい、俯くしかない。
若い身体は正直だった。
外に出ればすっかり夜で、そのままリョウに誘われて、智大大蔵のご飯どころに向かっていた。リリーには今日のレポートを仕上げるからと、断られた。
「もうすぐ夏ですね」
隣を歩くリョウの姿は、人と花が融合した独特のものだ。髪や腕にクロッカスが散りばめられ、体からはほのかにエーテルの光が放たれている。
昔の「ゴジラ」とあだ名された偉大な野球選手のような見た目とクロッカス、智大大蔵の街に多い着流しに着替えたリョウは、如何にも風流だった。
「そうですね。智大大蔵は暑いですか?」
単なる世間話のつもりだったが、リョウは少し考えてから「私はまだ魔族化して、そこまで長くないんですよ。記憶も疎らでエーテル技術に関する知識は残ってたんですが、この街が暑かったか、他の街は、とかよく覚えてないんです。」
聞きにくいことを聞いてしまったかな。
「そうなんですね」「まあ、天気予報的には、この街は海側より涼しいんですけどね、ああミントのエーテルをお風呂に一滴入れたら凍えますよ」「なんと?それは向こうの世界でも同じです」
リョウの言葉に、私は異世界で生きるということの重さを改めて感じていた。
「ひとりお一人で、まるで「再生」されてしまったみたいで、寂しくなかったのですか?」
「ええ。でも、この街の人たちが家族のように迎え入れてくれたおかげで、今ではここが故郷です。橘さんも、ここで少しでも楽しい時間を過ごしていただければ嬉しいです」
リョウと私は、少し遠くなった天空の城を見上げ、しばらく無言で立ち尽くしていた。
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