第7話、ギアとヒナギクの小部屋

「疲れてませんか?」「いえ、それよりも、実際にギアを組み立てることに興味があります」「そうですか」「なんです?」「楽しそうだな、と」


私が夢中で空中に浮かぶ光学式ノートにまとめを書き込む間、リリーは静かに見守っていた。彼女は微笑ましいものを見たような顔で私を次の部屋へと案内する。


そこは研究室というよりも、小さな工房のような趣があった。壁には工具が整然と並び、机にはさまざまな部品や図面が広げられている。


その一角に、ヒナギクの鉢植えが置かれていた。控えめながらも温かい香りが漂い、部屋全体にどこか穏やかな雰囲気を与えている。


「ここは試作室です。エーテルコンダクターやギアの組み立てに使う部屋です」


リリーが部屋の中心に置かれた緑色に光るエーテルコンダクターを示した。手に取って観察すると、その形状は植物の茎や根を模倣しているように感じられる。近くの椅子ではヨークシャーテリアがお腹を出して寝ていた。


「これは明かりのエーテルコンダクターの模型です。植物が水分を吸い上げるように、周囲のエーテルを取り込み、動力に変換します」

「バイオミミクリー、でしたか」

「はい。エーテルの活用の概念はバイオミミクリー、つまり生物模倣、自然こそ効率的という考えです。例えば、街の設計として自然のエネルギーを効率よく集めるために積極的に花壇や並木道を取り入れています。」


「なるほど」自然の循環に沿うことで、街全体が効率よくエーテルを活用できているのだ。


これまで街中に見かけた数々の花々も、ただの装飾ではなく、街全体のエーテルの流れに貢献していたことを知ると、花々が放つ柔らかな輝きにも意味が感じられた。


「街全体が一つのエーテル装置のようですね」と私が言うと、リリーは穏やかに頷いた。


「はい。この街の設計は、環境と調和しながら最大限に効率を引き出すことを目指しています」


彼女の言葉は簡潔だが、その中にこの街への深い誇りが滲んでいた。リリーが取り出したのは、先程のメリーゴーランドのギアの部品とはまた違う部品だった。


「では、まずこの緑色のコンダクターを使って、小さなギアを動かしてください」


私はリリーの指示に従い、慎重に部品を組み立てていく。ギアが噛み合うたびに、小さな振動が手に伝わり、次第にそれが規則的な動きへと変わる。緑色のエーテル光が流れ込み、歯車が生き物のように動き出した。


メリーゴーランドのギアがほとんど出来たプラモデルなら、今回の時計はキットのようなものだろうか。


「お上手ですね!これが基礎です。次は橘さんだけのギアを作りましょう」


リリーの提案に、私はイメージを膨らませた。物語のようなこの世界、私が役者なら、舞台のスポットライト、花火のような光の演出。これらを手元で操作できるギアにできたら、どれだけ素晴らしいだろう。


「例えば、小さな光を手元に灯したり、遠くに振動を生み出すようなものはできますか?」


「もちろん。作り方を少し工夫すれば、それらは実現可能です」とリリーは微笑み、必要な部品を揃えてくれた。


彼女の落ち着いた態度に支えられながら、私は一つずつ部品を組み合わせ、自分だけのエーテルギアを完成させていく。


「楽しみですね、橘さん。私も初めてのギア作りは夢中になったのを思い出しました。どんなギアが完成するのか、私もワクワクしています」


彼女の温かい励ましに背中を押され、私はさらに手を動かした。

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