第5話、緑の風、白い蒸気

「あ、橘さん、どちらへ?」「え?」「そっちは区役所ですよ」「ああ、すいません。土地勘がないので」「ああ、ほら、建物にプレートがあるでしょう。お渡しした通信機器のカメラで撮って、地図を立ち上げると、ほら」「あ、すごい」


張り巡らされた配管を触るとほんのり温かい。物語の世界を描いたセットと違い、生きた建物に感嘆を禁じ得ない。


柔らかなエーテル光が溢れ、蒸気とエーテルが織りなす独特の雰囲気を醸し出している。


「まったく、驚きの連続だね」


散策を続けながら、私が思わず漏らした言葉に、リリーが優しく微笑みながら頷いた。


「はい。蒸気機関とエーテルとの組み合わせはこの国が得意とする技術で、クロックタウンのような山の中でも世界中と繋がっています」


私は改めてこの世界の「エーテル工学」という技術体系の説明を思い出す。概念的に近いのは、自然エネルギーから取り出された電気だろうか。


蒸気機関をベースにエーテルが加わることで、より便利なエネルギー源として利用されているようだ。


あれこれ考えるが、周りを見渡せば、そこかしこにエーテルギアが設置され、街灯や日用品、小型の装置にまで広く利用されていた。


そして彼女のエーテルギアは、他とは違う青い輝きで、透明な青い光で揺らめいていた。そのどこか神秘的で、強い意志が宿るかのような光は、リリーという存在をより一層引き立て、私は美しいと感じている。


「青いエーテルギアは、簡単にいえば周囲のエーテルを吸収して、必要に応じて増幅することができます」

「なるほど、動力源が限られたエーテルギアよりもずっと強力ということか」


彼女は小さく頷き「そうですね」と言いながらも少し表情を引き締め、少し苦い声を出す。


「ただ、それだけに制御も難しくて。エーテルの増幅を必要なだけに抑えながら、安定した出力を引き出すには高度な調整が必要なんです」


リリーの青いエーテルギアは、この街で広く用いられている緑色のエーテルギアとは異なり、ずっと複雑な機構を持っているらしい。


私はよほど興味が顔に出ていたのだろう。「もしご興味があるのなら、明日、研究所にご案内しますね。今見えてる技術の基礎はお見せできるかと思います」と彼女に気を使わせてしまった。


「それは楽しみだね」

まだわからないが、私は新しいこと、知らないことが大好きだった。機械も演じることも。


「他の誰でもない誰か」になれることに、そして何より私が「人の心の何か」になれること、あらゆる場所で千差万別な用途に使われる半導体を進化させることで「人の役にたつ」幸せを感じていた。


その気持ちは、まだ私の心に残っている。明日この街の心臓ともいえる技術の一端を知ることに、胸が高鳴っているのを感じている。


「今日は必要なものを少し揃えましょう。タオルや着替えなど、入院生活に役立つものを少しだけ」


「いや、もう十分に元気なんだがね」と少しばかり強調するように腕をまくってみせると、リリーはくすりと笑った。


その笑顔につられて私も思わず笑顔になったが、その時、私の腹の奥から控えめな音が鳴り響く。


「まずはブランチにしましょうか。とりあえずパンケーキ屋に向かってましたが、橘さん、何か食べたいものはありますか?他にも飲食店はいっぱいあるので遠慮なく」

「いえ、まずはおすすめのパンケーキで」


彼女に笑い返しながら、エーテルと蒸気に満ちた街の流れの中に、自分が少しずつ溶け込んでいくような、そんな気がした。

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