第2話
☆彡
「つまりはさ、私が、webのwatchのターゲットだったらしいんだよね。そのことは話していたっけ?」
ビールをちびちび飲みながららしい、葉子がまた話し始めた。
私達はそれぞれ頷いているという意味の記号を送る。
葉子は、何度か話してくれた事をまたおさらいのように話し始めた。
「どういう事か、そのことはマモルさんも話してくれないんだけど、私がどこかで漫画のヒロインの悪口をネットに書き込んだ事が問題なんだと思う。それで、そのヒロインのファンの信者が、私がやっていた同人サイトに乱入するだけじゃなく、私の好きなキャラや他の書き下ろしキャラを、watchで散々キャラいじめしたらしいんだわ。常識じゃ考えられないレベルのイヤガラセ、周りのサイトにもやりちらかしてさ。まあ年齢若かったかもしれないけど、普通じゃあり得ないレベルだった。……何より陰湿なのは、ネットwatchだからターゲットである私には、手を出さない、何の情報もやらないってことよ。それがwatchの作法なんだって」
「それを言うならネットにも作法があるし、リアルの人間関係にも作法があるよなあ」
常連の男の一人がそう突っ込んだ。
「それが通じないからwatchなのよ」
葉子はそう言って、また話し始めた。
「それで、キャラいじめや私への陰口が犯罪レベルっていうことで、登場したのがマモルさん。マモルさんは最初、私のキャラや、”私の人格”を守るために、そんなウォッチャーどもから守ってくれる人だったらしいんだわ。そして、最初のうち、私が既婚者っていうこと、フカシだと思ったらしいのね。私のやっていることが、同人サイトで、高年齢の大人がやることじゃないっていうこともあって」
「ああ……」
確かに、同人サイトをやる女性は、10~20代が多いと思う。老舗はまた違うだろうが。だが、出会った時、葉子は既に30代だった。30代の主婦が同人サイト、はちょっと確かに……ねえ。
「で、そのマモルさんはストーカーなんだけど、ハッキング技術があってですね。そこがややこしいんだけどさ。ハッキングで、Twitterとか、私のネットの行く先々の広告をいじるとか、あるいは、Twitterのプログラムのbotをいじるとかで、私にアピールし始めたのよね。最初は意味がわからんかった。だけど、二年三年という積み重ねで、相手がなんて言ってるのかわかるようになったのよ。まあ半分ぐらいだとは思うけど」
「うんうん」
「その話は聞いた……泣いたわ」
女性陣の方も相づちを打ってくれている。
私は何度も説明された話なので黙っている。しつこく問いただして何回も説明されないと、それがどういう意味かはわからなかったのだ。
「あと、匿名で、1回か2回か、私の小説にコメントくれたりね……本当色々なことがあったんだけど、決定打は」
リアルで深々と、葉子がため息をつく様子が目に浮かぶようだった。
何回かオフ会はしたけれど、葉子は正直、普通の主婦。着ている服はいわゆるナチュリラ、長い髪の毛は一つに結わえ、小説サイトをやっている主婦らしく、徹底的なインドア派だ。
「私が既婚者であることを知った上で、会った事も話した事も、氏素性も知らせてよこさないのに
結婚式だけ用意して自爆したことよ」
そのことは何回も聞いたが、毎度ふく。
しかも、後で知った事だが、海外で挙式だけするつもりだったらしいのだ。
出会いも何もかもパスして、何をどう勘違いしたのか知らないが、ハワイでの挙式を本当に予約して準備したのだ、ストーカーバカ男は。
確かに、既婚者にも、結婚式はあげられる。
だが普通そんなこと思いつきもしないし、行動に出る主婦はいないだろw
それがわからないのがストーカー。
「そして当日まで私に連絡をよこさずに、ハッカー広告でアピールだけ続けた」
「www」
「wwwwwwww」
もう、周りには草しか生えてこない。
みんな、笑っているのか泣いているのかわからない状況。
「よっぽど金がかかっていて、見栄も何もあったんでしょうね。しかも、その結婚式に代理の花嫁雇ってた!」
「わはははははははははははは」
ついにこらえきれずにわざわざひらがなで笑い声を出してくる男ども。
私もリアルで吹いてしまう。
「代理の花嫁がいる結婚式って、何よ?」
葉子がイチイチ質問してくる。それがまたおかしい。
「行く価値なし」
私はそう、チャットに売ってやった。
途端にまた、みんなでクソ笑い。
可愛らしい('-'*)なんてものじゃなく
⊂((〃≧▽≦〃))⊃ぶぁっはっはっ!!
とかこっちだ。
結婚式とか結婚の意味がわかっているのか、ストーカーは。代理ってなんだ。
その「意味がわからない」からストーカーなんだろうが。そのへんの思考のねじ曲がり具合は、専門の先輩方に任せるしかないだろう。
「本当に意味がわからなかったわ。リアルタイムじゃ。で、結婚式が終わって半年とかたってから、私のために結婚式用意して、他の女と式あげた、でもハッカーストーカーは続けてますって連絡よこしてきたのよ。
で?」
「で、ってwwwwww」
それぞれ厳しい突っ込みを入れ始める常連達。
皆、話は知っているけれど、とにかくストーカー男女の気が狂っているのできついきつい。
「普通に考えれば、私と結婚したかったにしても、私に用意した結婚式で他の女と結婚したんなら、私に何の関係もないよねえ? 私にストーカーするのやめれば? ってそれしかないんだけど。私も、結婚したって聞いて安心して、これから、小説家になるために毎日の勉強や更新を頑張りたいっていうか、そうするはずだったのよ。それなのに、朝から晩までうるさくてな? ストーカー嫁が」
「そこなんだよね~~~wwwww」
同じ同性の女達がはしゃぎ出す。こういう場合、はしゃいでしまうのが女ってやつなのか、それとも、男も同じく内心じゃはしゃいでいるのか。
どっちにしろ、ストーカーに遭遇した葉子にとってはつまらない話なんだが、他の女どもにとってはこれ以上なく面白い話らしいのだ。
葉子も、遠慮せずに、このストーカー夫婦の醜態っぷりを、そして自分も冷静に対処しきれなかったあたりも包み隠さず、小説に書いて応募すりゃいいのに、流石に恥ずかしくて出来ないらしい。
何に対して恥ずかしいの? っていうと、自分も、マモルさんだかマモルくんのことをちょっとカッコイイと思っていたらしく、そのことについて、現役旦那に羞恥とすまなさを感じ、そんなことを小説にぶっ書いたら、旦那が恥をかくと思っているらしいのだ。
正直、葉子の旦那は、腺病質の優しいタイプで頼りはないが、そのぶん葉子を溺愛して風にも当てない扱いをしている。葉子は大事にされているのだ。そのへん、ストーカーのマモルくんにはどうしても伝わらず、葉子は放置されている悲しい嫁という扱いだったらしいんだけどねー。
そりゃ、葉子、他の男に対して、自分の旦那への本当の思いをつらつら話したりするわけねーだろ。常識考えろよストーカー!
「確か、代理結婚で、子ども産んだんだっけ、その女」
「確かも何も、サクラちゃんの言うには、サラダは既に小学生よ。小学一年。その小学生が、学校行ってる間も帰った時間も、せっせせっせとwebで私へのイヤガラセに励んでますが? 24時間、私のsnsもサイトも監視態勢。よくその暇と体力あるわー」
「だから主婦はバカである、って言われるんだよねー。働いた事ないんでしょ?」
「そう」
「いいよな女は……主婦になれば一生働かずにすんで」
ぼそっと、男性陣が言う。
「ちょっとぉ、女を全部、十把一絡げに考えないで欲しいんですが!」
女性陣が抗議の声をあげると、男性陣は「本当の事だろ」とかなんとか混ぜっ返してくる。このあたりの問題は、心理的にもややこしすぎるので、放置。
「でさあ、何でそんなに代理嫁は、あんたに執着するわけよ。あんたの言う通りだよね?」
「うん。ストーカーされているの私の方だし、そんなに私が前カノ扱いで(扱いで)、鬱陶しいっていうんだったら、私が仕事に夢中になれるようにすりゃいいんだよ。小説家なんて、のんびりした仕事じゃないんだから、私が仕事に夢中で、家庭もあって、他の事に興味ないって状態にすれば、そもそもマモルさんはストーカーなんだし、さっさと分離出来るって。それがどうしてもわからないバカ女でさ……」
「なんか、あんた、未だにマモルさんへの想いをweb小説で綴っているって話になってるんだって?」
「ないないないないそれはない!!!!」
嘘か本当か、葉子はそこは猛然と否定してきた。
「そーれーはーないわー。だって、ストーカーを迂闊に刺激出来ないし、人に話すような事じゃないもの。ストーカーとのweb小説を通しての恋愛って、それ全て代理花嫁のアホな妄想なんですけど。だって、ストーカーをそのまま小説に出したりしたら、犯罪者の犯罪が明るみに出る危険ながあるわけで?」
葉子はそこで一回文章を切り、また素早くチャットを打ち込み始めた。
「私としては、ストーカー犯罪は本当は穏便にすませたかったんだってば。私だって、小説家になりたいのに、そんな犯罪者と絡んでいたって世間に知られれば、それが有利に働く事はないんだから。それに、犯罪者の前歴を作った後のストーカーの行動とかも、これでも小説書いているんだから、色々詳細想像しちゃうって」
「こわ……」
「こわいよー?」
恐いと突っ込んだ女性に対して、平然と葉子はツッコミなおした。
「だけどそれがストーカー嫁には通じない。ちっともさっぱり通じない、と」
代理嫁という発想がかなり気に入ってる男性陣達は可笑しそうに様々な書き込みを始めた。
多分、サクラちゃんと自分で名乗り、正妻ヒロイン気取りでいるバカ女には想像を絶する発想の悪口であるだろう……。
そのへん、悪いんだが、女性より男性の方が残酷である。
そういうことを、公認心理師モドキの私が痛感してしまうような書き込みばっかり。さすがにそれは、書いたり突っ込んだり出来ない状態。
「そういうこと言われているの、ストーカー代理嫁は、考えてもいないんだろうね」
別の女性が、冷たい男性達の発想に、鼻白んだようにそう言った。
「まあ色々あるけどね。とりあえず、私への粘着をやめてくれれば。だけど、代理嫁の頭の中って湾曲異次元状態でさあ。どうしても、マモルさんとサクラちゃんである正妻アタクシ様に粘着しているのは私だってことになるのよ」
そこで、葉子は
>りと
と打った。
「あれどうにかならない?」
「ならない」
私は断言してしまう。からかい半分ではあるが、小学生の子どももいる母親がそこまで思い込みの強い行動を取って、人を攻撃する事を恥ずかしいとも思わないとなると、これはなかなか固定観念を変える事は出来ないだろう。
葉子はがっかりしたようだった。
「私に向かって”鏡を見ろ”とか言うんだよ、あのストーカーバカ女」
葉子はそこは流石に面倒くさそうだった。
「お前が見ろって言ってやれ」
私はそうとしか答えられなかった。
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