第伍章 -5- マッチ箱と燃え盛る日常
男には路地で
鈴の音がなる。一定間隔にリン・・・となる鈴の音は声の主が自分へと近づいていることを知らせていた。すぐに鈴の音は止み、うつむき眺める地面に青く白い線が
こんな寒いのに酔狂な人だな。
視界の端で赤い和傘が見えた。今時珍しいと思いつつ視界の端で見る。竹で作られた骨組みは細く、赤い
男は体に降り注ぐ細雪の冷たい指先でなぞられるような感触が消えているのを感じる。
蛇の目傘に包まれた温もりを感じた時には、マッチの火は消えていた。
女の声だけが響く。
「そう。あなたは
女が私を守ってくれる。どうやって? 私の声が聞こえていないのにもかかわらずに女の声は続く。
「どうやって? 決まっているでしょう? あなたの冷え切った体をマッチに温めてもらうの。あなたは温もりの中で、かつてはあなたを見上げていて、財を失った
リン。と蛇の目傘から鈴の音がした。そして視界には病的なほどに華奢な女の腕が伸び、私の頬に触れている。
こんな寒空で浴衣姿であるのにかかわらず、女の指先は温かった。そうだ。私だけが寒空で
身を燃やしてでも。
ふつふつと男の中にあった、灯火にも似た少しばかりの憎しみが胸の内を焼く
男と同じような、目に映るすべてを焼き尽くそうとする想い。
女は笑いを含んで口を開く。
「人を憎んで大丈夫。恨んでも大丈夫。黒く
リン。と再び鈴の音が鳴った。すると不思議なことに男を包んでいた温もりさえも消えていく。五感が消えていくのを感じた。最後の力を振り絞って背広の男は口を開く。
「私は・・・どうなるのだ?」
「そうね。大丈夫。ただあなたはもういなくなる。あなたの想いを宿したマッチ箱があなたになる。でも大丈夫・・・あなたの憎しみはマッチ箱が継いでくれるわ。ただしひとつだけ約束するの。ウチはあんたを守ってあげる。だからあんたは私に寄り添うしかない。ひとりでは生きていけないのだから。お願いごとをひとつだけ聞いてね」
それは・・・と男が口を開こうとしても、もう体は動かなかった。いや・・・自分の意思では動かせない。男はマッチ箱の付喪之人へとなっていた。
そして立ち上がり、路地から出ようとする蛇の目傘が見えた、少しだけ振り向いた浴衣を着た女のふっくらとした赤い唇だが見る。
ゆっくりと視界が暗転する。少なくとも女は付喪之人なのだろう。だからこそ物に意思が宿ることを知っている。
付喪之人に成り変わることも理解している。理解した上でその
そして・・・おそらく蛇の目傘に由来する能力なのだろうか。付喪之人へと仕立てる。神にも似た
それが操られた結果なのか、それとも体を得てしまったマッチ箱の意思なのかはわからない。ただ背広の男がずっと虚ろな目をしていたのが答えなのだろう。
操られ利用されていただけなのだ。蛇の目傘で雪から守られて、守られ続けて思考まで奪われたのだ。
視界が開けると眼前に男が虚ろな瞳で私を見ていた。炎はいつしか霧散して銀の糸に体が絡め取られている。そして背広の男は膝を折り、ヤハズが隣で銀の糸を引く。
糸の絡まった操り人形のように男は首を垂れた。ヤハズの視線は背広の男ではなく私に注がれている。私は気にせず腰を下ろし、視線を男と同じにした。
「お前は哀れだな。すべてを燃やしたいという願いを受けて、人の想いに
マッチ箱は何も思わず、男もまた何も言わなかった。紫煙に包まれ己の内にある因果が露わになることで、付喪は力を失う。
力の源である想いを煙に巻かれてしまっては、付喪の力は振るえない。
想いと力を奪うのだ。
「それが八代の力か。私にも同じように・・・心の内を知ったのだな」
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