第参章 -1- 拳銃と人形
私が家を出ることにはすっかりと伸びた影が街を飲み込んでいた。街行く人の数は減らないけれど、差し込む影が顔を隠す。誰もが一日の疲れからかうつむき歩いていた。
日中の活気は陰りを見せて、どこか陰鬱な空気が街に漂っている。
私は家路を急ぐ人とは逆の方に歩き、街の中心部から
過去を振り払うかのように復興が進む中心街から、郊外へ進むにつれて荒れた大地が目立った。焼かれた地表に緑はまだ少なく、もとは家だったのであろう黒焦げた瓦礫や柱が無造作に積まれている。途中、幼子を背負った少女に出会った。少女はうつむきまだ明かりの灯る街へと向かう。そこに親はいるのだろうか。それとも命がまだ宿らない荒廃した土地から逃げているのかわからない。
まだ暑さが残る時間であるのにかかわらず、紫の薄い羽織を着た私を少女は怪訝そうに見上げ、そしてすぐに地面へ視線を落としてとぼとぼ歩く。
あたりに人目がなくなると左手に持つ白蛇のキセルが震えた。そして解けるように私の左手に巻きつき、
「おうおう。ずいぶんとゆっくりだったな白蛇。どうやら俺よりも
「うっさいわ。あんなぁ。
「そりゃ悪いな。なら
「まぁ。普通の
今では役割を失ったただの物だ。しかし形は役に立つ。無論、私が煙に巻けばであるが。
この
そしてこう言った。ばあさんに変わってワシを手伝わないか? と。
護身用に渡された軍に徴収されることから逃れた自動拳銃を渡し、狗鷲は奇妙に笑っていた。結局のところうまいように利用されている。が、おかげで生かされてもいる。
頭でっかちで不格好な九四式自動拳銃に触れると、偏った重心のせいか帯紐に刺されたまま揺れた。
「ともかくや!
白蛇は体を揺らしながらあたりを見渡す。本当にうるさいと私は視線を過去から正面へと向ける。焼かれた山に木々は少なく、小高い丘の上に尖った屋根が見えた。
よくもまぁ焼け残っているなと、人知を超えた力の関与もまた納得できる。
「連れて来れるわけがないだろう。千鳥はただの人だ。これ以上巻き込むわけにはいかないだろう」
「せやけどな! こう・・・なんで久しぶりのお散歩にむさっくるしい男とふたりやねん! 本当に神さんはおらんのかいな!」
「お前も神の端くれだろう。なぁ・・・出刃包丁の男と対峙した夜に見た人影についてどう思う?」
「どうって
「使えない神さまだな」
「そもそも神に頼もうっちゅうのが都合がええねん。そろそろ理解してくれへんかな?」
人だからな。と私が答えると白蛇はそっぽを向いた。
話しているうちに小高い禿山の端に差し掛かり、緩やかな傾斜を登る。じりじりと汗が滲む頃には目当ての場所に差し掛かった。まるで教会のように尖った塔が三つあり、木造りの門戸はアーチを描いて見上げるほどに高い。ガラスの窓はどれもが赤黒い幕で覆われており、おおよそ人の気配はなかった。しかしこれほどまでに目立つ巨大な建物であるにもかかわらず、当然のように焼け残って鎮座している。
財閥の道楽ではあるだろうが、洋館だけが現実感を失っている。巻きつく白蛇の温度が上がる。白蛇はまっすぐと洋館の中央にある塔を見上げていた。
「八代。おるで。付喪の気配や」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます