第参章 -2- 拳銃と人形

「あの建物にいるっていうのかい?」


「そうやと・・・思う」


 ともかく尋ねる他はねぇか。私は母屋へ続くと思われる門の前まで足を進める。扉を煙に巻いて開いてもいいが、何が起こるかわからない。

 それにやはり、人だった時が困る。私は武器を所持しており、今ではそれが許されない。

 捕まったら出てこられる気もしない。面倒くさいと門を叩こうと手を挙げた時、白蛇の体が激しく熱を持つ。


「あかん! 落ちてくる!」


 何がだ? と聞く間もなく私は強く後ろへ跳んだ。跳んで転げて頭を上げると、遅れて土煙つちけむりが上がる。頭上から落ちてきたのだろうが、地面にぶつかる音がしなかった。まるで羽のように軽い布切れが落ち、土煙が舞ったかのような。それにしては門を覆い隠すほどに立ち上る土煙は、それがただの布切れでないことを表している。

 

 土埃が風に払われてしまうと、門前には男が立っていた。時代にそぐわぬ燕尾服えんびふくに身を包み、細身の体にあつらえられている。胸元から見える白いシャツにわずかな乱れもなく、黒い細い紐が襟を整えている。

 耳から先まで伸びた髪は針金のように硬くまっすぐ伸び、目元を隠している。表情は見えなかったが影の作る凹凸おうとつで、男が人とは思えないほど整った顔をしているのがわかった。

 

 男は半身のまま左手を上げて白手袋しろてぶくろを整えている。前髪の合間から細く開かれた瞳が見えた。薄い唇が開かれ、少しだけ口角が上がる。


「やはり来たか。今度は私たちを祓うのか? 出刃包丁のように」


 つぶやくような声量なのに、低くよく通る声だった。やはり知ってる。

 少なくとも私が付喪を祓えることは知っている口ぶりだ。私は起き上がり右手を拳銃へと沿わせる。顎先を上げて胸を張り、燕尾服の男へと視線を向けた。


「もしそうだとしたら、どうする?」


「お前はここで無惨むざんに朽ち果てる。せめて人らしくほうむってやるよ」


 燕尾服の男は一度身をかがめて跳んだ。そして私が身構えるよりも早く伸ばした左手が私の肩に置かれる。


「遅いな。遅すぎる」


 すれ違いざまの耳元で燕尾服の男はつぶやき、左手を支点に足を振り上げ頭上へ跳んだ。驚き、男を見上げると男は頭上を下にしたまま今度は右手を私へ伸ばす。


つらぬけ。人差ひとさしのゆび


 声と共に銀色の何かが燕尾服の男から放たれた。私は土を蹴り後方へ跳ぶと眼前に細い銀色の線が見える。西日に照らされ銀色に輝き、先には小さな穴が穿うがたれていた。

 まるで銃弾を撃ち込まれたような跡だった。白蛇が強く私の左手首を締め上げる。


「うひぃ。危なかったなぁ。なんやあれ?」


「知るか。さっさとキセルへ戻れ」


 はいはい。と白蛇は体をくゆらせ形を固める。キセルの姿に身を変えて、私は吸い口を口へと当てた。紫煙しえんをまとって羽織はおりに吹きかける。


「主人の体を寒さから守るのだろう。主人が死んだら体は冷える。死なないように守るのが羽織ではないのかね? 羽のように軽くとも、主人を守るためには固く固く、身を固めねばならない」


 羽織の本分を、役割を新たに与えると羽織は鉛のような硬さをまとう。すぐさま頭上へ視線を戻すと、キリキリと糸巻き器のきしむ音がして速度を増した燕尾服の男が舞い降りた。

 

 落下するよりも速度は速い。銀色の鋼にも似た糸を巻き取っているのだろうか。私は羽織を振るって燕尾服の振り下ろした革靴かわぐつを受ける。ズシリと重たさを感じたがやはり軽い。問題は男の速さであった。そして得体の知れない力でもある。

 

 男は飛び退き体を反転させた後に、眼前へと着地する。穿たれた穴からは銀色の糸に惹かれた白色の塊が引き上げられた。塊は引き寄せられて男の人差し指へと巻き取られる。仕組みはわからないが、銃弾だと思った塊は男の人差し指であったのだ。


奇妙きみょうな力を使うな・・・お前は人ではないのか?」


 男の前髪を耳にかけ瞳は開かれる。興味深い生き物を観察するかのように丸まった瞳と薄笑いの口元が、まるで人のようだった。

 形からは人形の付喪なのだろう。人形に想いが宿り人のように動いている。そう考えるしかなかった。付喪之人ではない。付喪が人の体を奪い去ったなら少なくとも肉体がある。


 不可思議な力はもとになった物に由来する。物を扱う必要があるのだ。自分の体を物のように扱うなんてことはできない。人に成り代わろうと、人に憧れた物は焦がれるほどに願って得た肉体に固執するのだから。少なくとも私は経験として見知っている。


 燕尾服の男は口元を歪ませ不敵ふてきな笑みを作る。


「後でい合わせるのが面倒だな」


「手伝ってやろうか? 下手くそうでもいいのならな」

 

 ふん。と燕尾服の男は鼻を鳴らし、右手を頭上に上げ振りかぶって振り下ろした。


かこうのだ・・・手のひら」


 振り下ろされた右手は男の眼前はバラバラと弾けた。弾かれた五指が銀色の軌跡を残しながら私に向かって飛ぶ。芸のないやつだ。私はまとまり飛ばされた五指を避ける。そのうちのひとつが頬を裂いたが、痛みをまるで感じない。痛みには慣れている。


 伸ばされた指は糸で男とつながっている。そして伸ばされた糸は巻き取らなければならない。伸びきり張った糸を横目に私は駆ける。紫煙に包んで中身を知ってやろう。男の因果を暴いてやろう。


 想いの底を内から外へと晒し、力の根源こんげん霧散むさんさせる。それが私の紫煙の力。煙に巻くという与えられた力なのだ。


 眼前で男が笑った。男の笑みに気がついた時には、男はもう片方の腕で伸ばされた糸を強く引き、弾いた。引かれた糸は軌道を変えて私の頭上へと軌道を変える。空に放たれバラバラと方向を変え、流星のように私の四方へ降り注いだ。


 身をよじり直撃を避けても、あたりには降り注いだ銀色の軌跡が光を反射している。


 男は振り下ろした右手をぐるりと円形に回転させた。弾かれた銀の糸と指が地面にわだちを作りながら収束しゅうそくし、私の体を囲っていく。

 

 これは・・・まずいな。


 体に巻きつき縛られる糸で私は腕を横に沿わしたまま、キリキリと締めつけられた。足を開くことも腕を挙げることも許されないまま、す巻きにされた私に男は近づく。足取りは軽く、髪をかき上げながら口を開いた。


「どうだ? まるで人形のように身動きできないだろう? お前に払われる物の気持ちが少しはわかっただろう?」


「いいや・・・わからないね。凝り固まった体にはちょうどいい。もっとやってくれ」


 口が減らないな。と男は右手に力を込めたように見えた。キリキリと締めつけられる糸は私の羽織を裂き、ぬめった生温い液体が四肢をう。


 身動きひとつ取れない私に男がじぃっと私の瞳をのぞきき込んだ。丸い眼球は固くこれだけ土埃が舞い上がっているのに瞬きひとつしない。


 本当によくできた人形のそれだった。

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