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   ばちん。

まるでパソコンの主電源をオフにしたかのように、いつもそこで唐突に回想は終わる。あの後、光の濁流が消える頃には月穂の姿は跡形もなく消えており、陽香はもちろん、両親や警察が血眼になって捜索しても痕跡すら見つからないまま、まもなく失踪から三年目を迎えようとしている。

眩い光に包まれた後に気付いたら妹が消えていたという彼女の証言は、不審者に襲われ目の前で妹を連れ去られたショックにより記憶に齟齬が生じているのだろうと言う取ってつけたような理由で片付けられてしまった。


「私、もうあの子に【そんなことないよ、月穂はすごいよ】って伝えられないのかな……」


元気と前向きさだけが取り柄だったあの頃の陽香と比べ、料理上手で、優しくて控えめで、教室の片隅にすら細やかに気を配る月穂が大好きだった。妹としてだけでなく、一人の人間として尊敬していた。先ほどクラスメイトが話題に挙げていた花瓶の水換えも、元々は彼女が率先して行っていたことだ。


『ーー様、聖女様…………』


  突如として聞こえてきたのは、初めて聞くような、それでいて懐かしいような、柔らかい男性の声。脳内に直接響くようでも、ずっとずっと遠くから聞こえているようでもあった。だが、今の陽香にとってはそれよりも重要なことがある。


「聖女……!?もしかして、月穂を連れて行ったのはあなた!?」

『どうか我が召喚の儀に応じ、呪いに苦しむ民衆をお救いください……』

「お願い、私の大事な妹を……月穂を返して!!」


 何もない空間に向かって、ただ闇雲に手を伸ばす。その瞬間、あの日見た光の濁流が陽香の全身を包み込み……数十秒後には、誰もいなくなった夕暮れの教室に古ぼけた通学カバンと文庫本だけがぽつんと取り残されていた。




 



  あまりの眩しさに固く瞑っていた目を恐る恐る開いたハルカが、まず最初に認識したのはキラキラと光り輝く金色だった。一瞬またあの光かと身構えかけたが、よくよく見ればそれは眼前にまで迫った金髪の少年の顔だった。物語の中にすらまたといないほど美しいかんばせ。長い睫毛に縁取られたアメジストのような瞳が、労しげに前髪の奥に潜むハルカの瞳を覗き込んだ。


「聖女様……?顔色が優れないようですが、お体の具合でも……いえ、このように突然では戸惑うのも無理はありません。しかし我々にも一刻を争う事情があるのです」

「事情……?」


思わず妹のことを尋ねるのも忘れ、呆然とした顔で聞き返すハルカに、彼は形のいい唇をぎゅっと引き結んでから意を決したように頷いた。


「はい。ーー……我が召喚の儀に応じ、異界よりご来訪くださった聖女様。細かいご説明は後日行うとして……まずは単刀直入にお願い申し上げます。私、ユーベルニア王国は第二王子、アステル・フォン・ユーベルニアと共に七つの古い遺跡を巡り、試練を乗り越え、聖女様だけが扱える奇跡の力……治癒魔法を会得し、降り注ぐ滅亡の光に苦しむ民衆をお救いいただけないでしょうか?」


  今は失踪した妹を捜すことしか考えられない身、すぐさま訳の分からないことを言うなと突っぱねてしまうことも出来た。だが彼ーーアステルのあまりにも真摯な眼差しと、何よりも現状妹の手がかりを握る唯一の存在と言うこともあり無下にするわけにはいかないと考え直す。


「遺跡……滅亡の光……?おっしゃる意味がよく分かりませんし、すぐに返事はできません。それに、詳しいお話を伺う前に、こちらからお訊きしたいことがあるんです」

「なんと、無礼ではないか!いくら聖女様と言えどアステル殿下のお話を遮って自分の疑問を優先させようとは……!」


怒号に驚いて顔を上げたハルカは、そこでようやく自分が今いる場所が外国の写真や物語の中でしか見たことがない王城、俗に謁見の間と呼ばれている場所であること、甲冑をつけた騎士やメイド、今発言した立派な髭を蓄えた貴族の中年男性等、自分とアステル以外にも大勢の人間が集まっていることを初めて認識した。

玉座には威厳ある雰囲気の国王が鎮座しており、彼は何も語らず事の成り行きを見守っているようだった。


(ん……?)


「よい、大臣!聖女様は我々の身勝手な要求を決して無下にせず、お話だけでも聞いてくださると仰られたのだ。ならばまずは聖女様の疑問にお答えするのがせめてもの礼儀であろう」


国王に対してほんの一瞬だけ抱いた違和感も、高らかに響いた声によって霧散する。


「はっ。出すぎた発言、申し訳ございません。聖女様、ご無礼をお許しください」


  声色こそ厳しいものの、上から押さえつけると言うよりは同じ目線で諭すようなアステルの言葉に大臣と呼ばれた男性は深々と頭を下げ、続いてハルカにも同じように頭を下げた。


「いえ、確かに王子様相手に失礼だったのは確かです。そこはごめんなさい。でも、私にとってはすごく大事なことで……王子様。私も単刀直入に言います。私の名前はユイ・ハルカ。3年前、同じように聖女として召喚されたはずのユイ・ツキホの双子の姉です」


ハルカは宣言しながら、鏡を見るたびに瓜二つの妹を思い出してしまうことを理由に伸ばしっぱなしにしていた前髪をかき分け、アステルに向けて顔を晒した。


「…………ッ!!ツキホ様の……どうりでよく……」

「やっぱり、月穂を知ってるんですね!?教えてください!あの子が今どこにいるのか……会わせてください!」

「落ち着いてください、ハルカ様。……大変心苦しいのですが、ツキホ様にお会いいただくことは出来ません」


  アステルは自分に掴みかからんばかりの勢いで詰め寄ってくるハルカに向けて槍を構える騎士達を片手で制しながら、沈鬱な声色で語った。


「会わせられないって……どうして!?月穂に何かあったんですか!?」

「……申し訳ありません」

「謝ってほしいんじゃなくて、会えない理由を教えてほしいんです!まさか……もう……」


考えたくもない想像が頭を過り、ハルカは思わず両手で顔を覆ってその場に膝をついてしまう。


「ハルカ様。ご安心ください……とは口が裂けても言えませんが、ツキホ様はご存命でいらっしゃいます。しかし……」

「会わせられない?」

「……申し訳、ありません」

「あなたはそればっかり!どうして……月穂……」


蹲ったまま動かないハルカの肩に、アステルが労しげな眼差しでそっと手を伸ばした。


「ハルカさ……」

「……っ!触らないで!!」


アステルは手を払いのけられたことに怒るでもなく、ただ沈鬱な表情で跪き、唇を噛み締めて涙を零すハルカと視線を合わせた。


「……本日はとてもお疲れでしょう。メイドに湯浴みと客室を用意させますので、どうぞごゆっくりお休みください」



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