ふたつぼしの召喚聖女
三五かなで
第1話【聖女召喚】
放課後特有の、どこか浮足立ったような教室内の喧騒。後方からの声、前方からの声、中央からの声がぐちゃぐちゃに混じり合い、もはや誰が何を喋っているのかすら分からなくなりそうな状況で皆、友人達の言葉にだけ器用に耳を傾け相槌を打っていた。
ただ一人、長い前髪で隠れた顔を伏せたまま帰り支度を続ける黒髪の少女を除いて。
「ね、いーじゃん行こ莉緒!新しく出来たカフェがめちゃかわでさあ、壁とか内装とかもう超ピンクで女子ー!って感じ?」
「凪沙ってホントおまじないとか可愛い物とか好きだよねえ。あたしは行ってもいいけど、紗季はどうする?」
「ウチもいいよー。あ、もしよかったら由比さんも……」
「ちょ、ちょちょちょっと!!」
帰り支度を済ませ、絹のような長い黒髪を靡かせて立ち上がった少女を気軽な様子で誘った紗季を、凪沙が大慌てで制する。
「ちょっと何ー?」
「いいから!ごめん由比さん!ウチら今日は三人で遊ぶ約束してたんだよね、また機会があったら誘うから!」
無言のまま微かに首を横に振り、微笑んだ彼女に渚は改めて謝罪を口にしつつ、まだ釈然としていない様子の杏を廊下へと引きずっていく。
「あの子はダメ!悪い子じゃないんだけど!むしろ花瓶の水とか進んで換えてたりめちゃいい子なんだけど!中2ん時双子の妹ちゃんがいなくなっちゃったらしいのね。それでちょっと元気ないってゆーかさ。だからそっとしたげなきゃ」
本人は声を潜めているつもりでも、あいにくはっきりと聞こえてくる内容。不器用ながらも案じてくれているのは伝わるが、あいにく黒髪の少女ーー由比陽香の心はその優しさを受け入れられる状態になかった。彼女は無表情のまま終わりがけのページに栞が挟まれた文庫本を見つめ、三年前のことを思い出していた。
「すっかり遅くなっちゃったね。ごめん月穂。と言うか先帰っちゃってよかったのに」
「ううん。夜道は一人じゃ危ないし……それに、私が陽香ちゃんと帰りたかったから」「このこのー!可愛い妹めー!」
「きゃっ!いたいよ陽香ちゃん」
ポニーテールにした長い黒髪を靡かせながら飛びついてくる陽香の腕を、髪型以外と多少のスタイル以外は瓜二つだが元気な印象の姉とは正反対の儚げな雰囲気漂う妹、月穂が困ったように、だが愛おしげに抱き返す。
「今日は月穂が作った美味しいお味噌汁が飲みたいなー」
「ええ?一昨日の晩ご飯が私だったから、今日のお当番は陽香ちゃんのはずでしょ?」
後ろから抱きついたまま甘えた声でねだってくる姉に、月穂は困ったように眉尻を下げながらも嬉しそうにはにかんだ。
「私も一緒に作るから!お葱とお豆腐切るし、洗い物も全部やるから!ね?お願い」
「もう……陽香ちゃんってば仕方ないんだから。洗い物は食べ終わったあと二人で一緒にやろうね」
「うん!ありがとう、月穂」
しばらく二人で談笑しながら夜道を歩く。そこでふと思い出したように月穂が口を開く。そしてそのまま立ち止まり、自分の通学カバンの中を探り始めた。
「いけない。本を部室に忘れてきちゃった。もう少しで読み終わる所だったのに」
「まあ、明日取りに行きなよ。で、文芸部の方は順調?」
「え?うん。小説を書いたり、本の論評会をしたりするけど、全然うまくできなくて。結局ただ本を読んでる時間の方が多いかな。それに比べて陽香ちゃんはすごいよね。テニス部で全国大会のスタメンなんて。私なんか、足遅いし、運動神経も悪いし……」
しっかりと手を繋ぎ、再び暗い帰り道を歩き始めながら振られた何気ない日常会話に、月穂は自信なさげな表情を浮かべ、肩まで伸ばした黒髪を垂らして俯いてしまう。陽香はそんな彼女の眉間を白い人差し指でぐりぐりと押し、腰に手を当ててきりりと眉を釣り上げた。
「こーら!そうやって自分を卑下するクセ禁止っていつも言ってるでしょ?その代わり月穂は私と違って頭いいじゃん。私なんて活字読むの一秒すら耐えられないよ」
「ふふっ。一文字も読めてないんじゃ?」
「いーや、私の目なら三行くらいはインプット余裕だね!ま、五秒後には全部忘れてるけど」
「あはは!それ、意味ないじゃない」
月穂は口元に手を当てて上品に笑う。それを見て、陽香の唇も自然と緩んだ。
「お、笑った。月穂は私と同じで可愛いんだから笑顔の方が似合うぞっと。……なんちゃって」
自画自賛のような言葉に照れが勝り、誤魔化すように頭をかいた。
しばらく他愛もない会話をしていたが、暗い夜道、チカチカと明滅を繰り返す電灯の下で陽香は突然立ち止まった。
「陽香ちゃん……?」
月穂が、俯く陽香の顔を心配そうに覗き込む。安心させるように微笑みながら、先程までとは打って変わって静かな口調で語り出す。
「変な話なんだけど……最近誰かに呼ばれてる気がしない?こう、漠然と」
「呼ばれてる感じ……?」
「うん……。ナントカ様、ナントカ様って。いつも肝心なとこが聞こえないの」
話しているうちに自分でもよく分からなくなったのか、陽香は再び誤魔化すように頭をかく。月穂は困ったような笑みを浮かべつつ、首を傾げた。
「うーん?ごめんね陽香ちゃん、私には何も……きゃあっ!?」
「なに!?」
それは突然の出来事だった。雲が多く、月明かりすら乏しい夜闇の中だと言うのに、ともすれば太陽より眩いかもしれない強烈な光が濁流のように二人を取り囲む。
「く……っ。陽香ちゃん、ごめん!」
「えっ?きゃああっ!!」
急な謝罪に困惑を顕にする暇もなく、陽香は月穂に思いきり突き飛ばされて光の外へ逃れ、道路に尻餅をついていた。
手をつき立ち上がろうともがく間に、光はさらに強く眩くなっていく。その度に最愛の妹の姿が霞んでいき、ついにはシルエットすら見えなくなった。
「聖女?私が?ーーーー…………はい、行きます。こんな……根暗で、運動もできなくて、陽香ちゃんがいなきゃ何にもない私でも、出来ることがあるなら」
「月穂!?何言ってるの!?月穂ーー!!」
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