第16話 田舎の猫 病を治す

 結局帰ることを希望したのは9人、そのうち家族や知り合いの中に独身男性がいるという者が7人。残り2名のうち1人は家族とともにこの村へ移住するつもりらしく、一度帰って家族と相談したいとのこと。


 家族といっても妹が1人だということで、ここでの期待には十分答えられそうだ。うーん……妹さんは結婚してからの方がいいんじゃないか? ここで、相手を見つけるのは難しいと思うぞ。そう話すと妹はまだ8歳とのこと。まぁ、年頃になったら町へ帰ればいいのか……  


 最後の1人はさっき私のかかと落としを食らって絶賛気絶中だ。いや、ちゃんと手加減はしたよ……? 彼については少し考えていることがある。奴隷商人との交渉もそうだけど母親の病気のことだ。まぁね、全ての人を救うなんてことは神でもない私にはできないが、せめて手の届く範囲では何とかしてやりたい。私にはそれが比較的容易にできるのだから。  


 そんなわけで男が目を覚ました後に、9名の帰宅組をマーシャさんの元に連れて行った。精霊との契約をさせる為だ。マーシャさんは最初帰宅させることを渋っていたけれど、奴隷の話を聞いてコロッと態度を変えた。何なら奴隷を買うお金を支払うので、できるだけ多く仕入れて欲しいとのこと。何だかなあ……。自分が奴隷商人になったみたいでヤなんだけど、背に腹はかえられないかあ……  


 無事精霊との契約が終わった後、私は帰宅組の男達とリンクする。一つは彼等の町まで跳ぶためだ。そしてもう一つの理由は約束を反故にさせないよう監視するため。  


 個の命より種の未来を奪うという罰は、悠久の時を生きるエルフにとっては重いものだ。しかし人間という種族にとってはどうだろうか? 確かに愛する者との間に子を成せない、愛する子や孫の子どもを抱けないというのは辛いことだろう。しかし人間の中には、自分さえ良ければそれで良いと考える連中も少なくない。彼等のように犯罪に手を染めるような連中は尚更だろう。そう考えると保険は必要だと思ったんだよね。  


 全ての準備が整った後、私は帰宅組の男達をインドアに招き入れ彼等の町に跳んだ。そして町の入り口付近で彼等をインドアから放出し、明日の午後にこの場所に集合することを確認した後解放した。  


 その後私は、母親が病気の男と共に彼の家に向かった。男の家は小さなアパートで、そこには痩せて寝たきりの女性がいた。その女性に向かって男は

 「母ちゃん、今帰ったよ。昨日は帰んなくてごめんな。気分はどうだい?」

 と声をかけた。 

 すると女性は弱々しい声で、けれど微笑みながら

 「お帰り……少し手足が痛むけど大丈夫よ……」

 と答えた。 


 私は育ての親を思い出し温かな気持ちに包まれていた。あの人たちも優しい微笑みを私にいつも向けてくれていた。いつだって私のことを心配してくれていた。自分たちのことは二の次だった……

 「会いたいな……」 

 叶わぬことと知りながら思わず口に出た。いつだって大切なものは失ってから気づくのだ……  


 私はその女性を『鑑定』した。

『鑑定』のスキルは物にも人にも使うことができる万能スキルだ。物であればその特性や使用方法などが分かる。例えばテーブルを鑑定すると、材質や強度、食事等に使う等々の情報が頭の中に浮かぶのだ。またアイテムによっては隠された性能なんかも分かる。ほら、ファンタジー名物である魔法の力が込められた剣とかね。  


 次に人を鑑定した場合。残念ながらこの世界では、ゲームのようにパラメーターが数値化されてるとかはない。しかしその人の持つ本質、特技、隠された才能なんかが大まかではあるが分かる。あくまで大まかにだ。『鑑定』で悪人かどうかが分かるならば、とりあえずで殴ってはいないのだ。 


 そして人を鑑定した場合その人の現在の状態も分かる。健康状態や状態異常等も分かるのだ。そして私が母親を鑑定した結果は…… 


 彼女の体調不良の原因は呪いの類いだった。もしかしたら男が攫った者の中に強い恨みを持つ者がいたのかも知れない。通常人の命に関わるような強い呪いは、かけた方も呪われる為滅多に行われないんだけど。人を呪わば穴二つというのは本当のことなのだ。  


 私は彼女の呪いを解き放つ。呪い返しが起きないように注意しながら。『クリア』……そう小さく呟くと彼女の顔は穏やかになり、すっと眠りに落ちていった。 


 男はそんな母親の様子を見て、私が何かをしたのだと気づいたのだろう。私の元へ近づいて来た。私は彼女の体調不良の原因が呪いだったことを教え、もう既に呪いを解いたこと、心当たりがあるならば再発しないよう対処した方が良いことを告げた。 


 男は涙を流しながら感謝の言葉を何度となく繰り返し、明日必ず奴隷商人の元へ行くので今日はこのまま母親と過ごさせて欲しいと懇願した。 


 私は明日の朝に迎えに来ることを告げ、男のアパートを後にした。

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