第12話 やばい教師と副団長
「それじゃあ、授業を始めて行くね」
「はい..」
僕は竜族の露という新たな先生と共に、屯所内二階に位置する
図書室内のテーブルにて簡単な算数問題を解かされていた。
「にしても凄いわねぇここの図書室は..。
騎士団の特権てやつ? 王都中心部の国立図書館とほぼ同等の
蔵書数じゃないの。勉強するには最適の環境ね」
確かに彼女にとってはそうなのかもしれないが、
僕には難しすぎて理解できそうにない事に加え、ここには僕が田舎村で
読んでいたような絵の多い冒険譚や児童書はなさそうだ。
しかし木造の本棚の一つ一つに収められた無数の書物の中から、
彼女は手頃な伝記本をいくつか持って来てくれた。
「10歳くらいでも簡単に読める、このシリーズの伝記がオススメよ」
黄色と緑色の帯が特徴的な、比較的薄い本だった。
見た事のない本だったけれど、中を捲った感じではページ数も
少なく僕でも読めそうなものだった。
「でもその前にまずは算数よね。もう10分経ったけど、
30問中何問あってた?」
「3問です..」
「あらら..。貴方、9歳時の掛け算で躓いた子の典型ね。
九九はちゃんと言えるかしら? 7×6は?」
「な、7の段..。え、えっと..。7+7+・・」
「うふふ。一桁同士の掛け算は足すより覚えた方が早いわよ」
「む、無理だよぉ..。僕ってすごく記憶力が弱いんだ!
昨日覚えた事も、次の日になるとほとんど忘れてるし..」
「安心して。人間の脳のキャパなんてそんなものよ。
だから何度も何度も繰り返して、パッと出せるレベルまで
高める必要があるのよ」
「えぇ..。面倒臭いよそんなの! パパッと楽して覚えて
剣術の練習したいー!! 覚えるのは嫌だ!!」
昔から忍耐力がなく、おまけに癇癪持ちで、
少しでも気に障らない事があるとすぐに投げ出す癖がある僕は、
先生が時間をかけて用意してくれた算数の教科書を遠くに放り投げ言った。
「勉強はもう良いから鬼ごっこしようよ! 先生が鬼ね!!」
「チッ」
「へ..」
恐らく聞こえないようにしたつもりなのだろうが、
僕には先生のその舌打ちがはっきりと聞き取れたし、その後に続く
言葉に至っては、もはや隠す気さえもないようだった。
「こっちがわざわざ時間かけて授業用意してやったのにさ、
そこんとこの配慮無しに鬼ごっこって..。オスガキは本当に、
そうやってすぐ外で遊びたがるし、人様を追いかけ回すのを日常的に
行うから、将来女性を性的搾取する凶暴性の高い人間に育つんだろうね」
「性的搾取? 何言ってるのかよく分からないけど遊ぼうよ!」
「..。私は鬼ごっこなんてしません。
女性を衣服の上からでも触る事は、性的搾取に該当しますからね」
「チェ..。だから性的搾取って何なのさ」
そう尋ねたのに、先生は何も教えてくれなかった。
生徒の質問に答える事は、先生の持つ当然の義務だと思ってたのに。
「はい。動かないで席に座って。
オスガキはテストステロン(男性ホルモン)のせいで
そうなっちゃうのは分かるけど、本能と理性は別物だよね?
それともランス君は、理性で本能を抑える事も出来ないのかな?」
「....」
あまり好きになれないこの先生に、言い返す言葉も見つからないまま、
僕は彼女に提示された新たな問題に向き合い格闘する事一時間
「終わったぁ!」
「よく頑張ったね。ご褒美にヨシヨシしてあげる」
勉強の疲労でイライラが溜まっていたのもあり、
僕の髪を撫でようとする彼女に対し思わず言ってしまった。
「やめて下さい。僕の身体に触れる事は、性的搾取に該当しますからね。
あーごめんなさい! さっきの先生の発言真似しちゃいました!!」
「....」
物凄い形相で睨まれた気がするけど、まぁ、気のせいかな?
無言のまま僕が解いた教材を片付ける先生にお辞儀をして、
立ち去ろうとした時、背中に謎の衝撃が加わり、思わず前によろけた。
「何ですか?」
「おっはよーランス。昨日ぶりだね。
図書室で勉強なんて偉いじゃん。 あの人は先生??」
背後に立つ人の正体はゼラニムだった。
そんな彼女も僕同様、10時からお昼前まではここに来て勉強をするらしい。
「まぁ、そうだけど。僕あの先生の事、好きになれないんだ..」
直接聞こえないよう小声で囁く僕に対し、彼女は語った。
「分かる。少し授業風景覗いてたけど、なんか思想強い系っていうの?
触れただけで性的搾取がどうこうとか、あまり気にしなくて良いと思うよ」
「やっぱ、そうだよね」
「うん! 最後にランス君が言い返したのはスカッとしたなー。
あの先生も少しは反省しただろうし、それでも駄目なら団長にお願いして
また新しい先生に変えて貰えば良いよ」
「え? 先生ってそう簡単に変えられるものなの?」
「..?? 当たり前でしょ? 何せ普通の義務教育とは勝手が違うんだし、
所詮お金の契約でしか繋がってないからーー」
「お金..」
「まぁでもさ、団長が雇ったって事はきっと、
曲がりなりにも凄い人なんだとは思うからさ、石の上にも三年とは言わないけど、
一週間くらいはお試し感覚で見てもらうのもアリなんじゃないかな?」
♢
しかし事件は、一日遅れで執り行われた僕と先生の歓迎会の際、
他の隊員は外で何か作業をしているようでこの場にいない中ーー
田中部長が僕と先生の元へ
とびきり美味しそうなご飯を運んできてくれた時だった。
僕の右隣に座る先生のテーブルの上に料理の盛り付けられた
皿を置こうと田中部長が伸ばした手を叩いた先生は、
恐らくベルガモットの糞尿を肥やしにして作ったであろう
地面にぶちまけられたジャガイモのポタージュには目もくれずに言った。
「あら、ごめんなさい。ここの騎士様方は
かような醜男のお作りした料理を日頃から召し上がっているの?
肩に息がかかったもので、思わずはたいてしまいました」
「おい」
「『おい』じゃないでしょ? そんな乱暴な御言葉使いだから
異性にモテず、童貞として生涯を終えるのよね、弱者男性さん」
これらの会話の一部始終を見た僕は、先生に対し酷く憤慨した。
この場にはまだ、団長や他の隊員が居ないからといって
言いたい放題にさせておくわけにはいかなかった。
ガンー
僕は、生まれて初めて先生という生き物を殴った。
先生も突然の事態に驚いたようで、すぐに僕の方を向いて怒鳴った。
「何をするの? このーー」
言い合いになったら、僕より賢いこの女性に勝つ事は不可能故、
取る選択は、言わせる前に口を塞ぐという至極単純なものとなった。
「食えよ! 部長の何が気に食わなくってそう言ったのか知らないけど、
先生は部長の作った料理まで無下にして、よっぽどタチが悪いじゃないか!」
床に落ちたポタージュを掬い彼女の口に突っ込んだ。
「ゴホッ..」
するとその時だった。
「ランス君..。君は何をしているんだい..?」
部屋に入ってきた団長に事の顛末を見られた。
「団長さん! この人、不手際で床に溢してしまったポタージュを
無理に私の口に突っ込んできてーー」
「それは本当か? ランス君」
「....」
弁解のしようがなかった。
いや、あるにはあるのだろうがこの場で機転の利かせられるほど僕は賢くない。
それに唯一の頼みの綱である田中部長も、
先程から茫然自失とした様子で立っているだけだ。
「..。そうか..。ランス君、君のその行動は、
騎士道に反する極めて悪質な行為である事は理解しているかい?」
「はい..」
「..。そうだね、いくらこの女性が、私達の仲間を”侮辱”するような
発言をしたからといって、それに対する報復が、田中部長の作った
絶品ポタージュの試飲など、対価としてはあまりに釣り合っていない」
「え..?」
「ち、ちょっと待って下さい!!
私は決して侮辱のような行為はしておりません!!」
などと、化けの皮が剥がれてなお見苦しく弁明の続ける彼女に対し
団長とはまた別の、僕にとっては初めてとなるその声がした。
「おい」
と、先生を睨み付けながら、団長の背後から現れた男ーー
僕よりも年上で、団長と同じ歳くらいの彼は
こちらが見上げるほど大きく身長は190cmはありそうだった。
まるで人形のような非の打ちどころのなく、冷淡な顔付きに、
北欧出身者特有の真白い肌と光沢のあるブルーの瞳を持つ人物だ。
「僕の前で、いかなる嘘も通用すると思うなよ..」
「ひっ..」
などと先生が叫び飛び出していくのに目もくれず、彼は僕の前に立ち言った。
「あのものと違い、君の心は純粋で、とても澄んでいるね。ランス君」
自己紹介をしたつもりはないのに、彼は何故か僕の名前を知っていた。
「おっと。紹介が遅れてすまない。
僕は国立中央騎士団副団長ガルバナムだ。よろしくね!」
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