第11話 竜族の家庭教師

 国立中央騎士団は、一日のルーティンが大まかに定まっており、

緊急の任務などに配属されない限りはそれに従って行動するのだが、

午前の稽古で団長にみっちりしごかれた僕は次に何をするかと言うと..


「勉強さ」

「え?」


 ほとんどの子供同様、僕は勉強というものが嫌いだし苦手だ。


 教科書の字面なんて追っているだけで疲れるし、

頭は使えば使うほど痛くなって、意識が朦朧としてくるからだ。


「嫌だ嫌だ!! まだ団長と剣術の練習したいよ!」

「こら。わがままは言わない事だ。

君の為に家庭教師まで雇ったんだからな」


 とんとん拍子で話が決まっていたらしく、

家庭教師なんかの世話になると知らされた僕は団長を睨んだ。


「..。言わなかったのは申し訳ないが、実は昨日、

ある種族の中でも”賢者”と呼ばれる女性に依頼したんだ」

「賢者??」


「要するに、頭が良い人って事だ。

普段は『100枚カルタ』の代表選手として活躍していてな、

人にモノを教える経験は初だそうだが、きっと君の力になってくれる」


「ふーん」


 イマイチ納得しきれず、僕はため息まじりにこう尋ねた。


「それで、ある種族って事は

その人、人間じゃないんですよね? 何族ですか?」


「竜族(ワイバーン)だ」

「え?」


 団長のその言葉を聞いて、僕は耳を疑った。


 あんな凶暴で知性のない怪物が、僕にモノを教える?

襲われるの間違いではないかと思い聞き返した所、団長は言った。


「とはいえ、ゼラニムと同じ忌血の..。いや、人間と竜族の

混血と言うべきか。だから君が今思い描いている竜族の外見とは

違って、どちらかと言えば人間よりさ」


「ゼラニムと、、同じ..」


「? どうしたんだ? 嫌にゼラニムという言葉に反応するじゃないか?」


「いえ、別に..」


 というのは嘘で、ゼラニムと同じ境遇に置かれた、

これから来るという家庭教師の事が少し気になった。



 それは、時計の針が10時を示した時だった。


 雲一つない晴れやかな大空に、一粒の黒点が見え始めたのだ。


 黒点は徐々に大きさを増していき、ようやく近距離でその全容を

把握しきれた時、僕の頭には先々日襲われた時のトラウマが蘇った。


「竜だ!!」


「ふふ、ようやく来たようだな..」


 と、そう呟く団長を嘘つきだと僕は罵った。


「ど、どうして..?」

「何が人間寄りだよ! あんなのただの竜と同じじゃないか!」


「いや、多分あれは輸送用の竜だ。背中をよく見てみろ」

「見てみろったって、まだ大分遠くて見えないよ..」


 しかし、竜が屯所に降り立って初めて、

僕は団長の応接室の窓越しに、竜の背に乗る女性の存在に気が付いた。


「本日付けて、国立中央騎士団に所属する運びとなりました。

ランス君の家庭教師を務めさせて頂きます。

九頭龍露(くずりゅうつゆ)と申します」


 容姿端麗な、ゼラニム同様黒色の髪を持つ女性だ。


「変な名前ですね! 僕がランスです。よろしくお願いします」


 と言うと、露と名乗ったその女性の眉がピクリと動き、

猫のように細い瞳孔が更に細長くなった。


 そんな彼女の特徴的な眼はやはり、竜族との混血である所以なのだろうか?


「えっと、ランス君」


 彼女の声は、控えめだ。しかしそんな

か細い声量であっても、聞いただけで自然と僕の気分は落ち着いた。

耳元で5分くらい子守唄を囁かれれば、多分寝てしまう自身があった。


「はい!」


 一応名前を呼ばれたから、威勢よく答えると彼女はこう言った。


「えぇよろしく。じゃあ早速授業を始めたいと思うのだけれど、

その前にまずは簡単な質問を一つだけさせて」


「はい!」


 バカの一つ覚えのように、ハイハイ! とイェスマンに徹した僕を

軽くあしらいながら、こう尋ねた。


「貴方は、性差別があっても良いと思う?」

「....。思いません」


「そう。じゃあ、貴方はフェミニストね」

「..??」


 頭が良い人は、難しい単語ばかり使うから苦手だ。


 僕の田舎村にも文学者を名乗る人がたびたび授業しにきてくれたけど、

『アレゴリー』とか『レトリック』だとか『ジレンマ』なんて意味不明な

言葉を連呼しまくるような奴で、彼女はそれと同質の空気を纏っていた。


「....」


 まだ授業してもらった訳じゃないけど、僕はこの人の事、嫌いかもしれない。



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