第10話 団長の能力
僕は団長に、
庭を渡って少し離れた場所に位置する訓練場へ訪れるよう促された。
カレーライス? とかいう、田舎村では食べた事のない
うんこ色をした美味しいご飯を食べ終えたが、少し辛すぎたようだ。
折角団長と対戦出来るというのに、腹が痛くてどうにもならない。
胃からキュルキュルと変な音がするーー
「ランス君、今朝出された料理なんだが、もしかすると
私のと入れ違いになってたかもしれん。いつもより甘かったのでな..」
思い返せば、確かに団長のカレーは色が薄く食べやすそうだった。
「そうかも..。僕のはとても辛かった..」
「だろうな。辛口は子供にはキツいか。どうだい? お腹が痛くなったりは?」
「痛いです..」
「そうか? じゃあ治癒魔法を使って直してあげる」
と、少し得意げな顔をした団長は、
治癒魔法? と呼ばれるおかしな術を僕にかけてくれた。
お腹に緑色のポワッとした発光があった後、腹痛が嘘のようにおさまった。
「凄いや!」
「そうだね。でも、治癒魔法は通常の魔法と比べマナの消費が激しい上に、
効力は個人差があって、実戦ではほとんど使い物にならないーー
私でも自分の切断された四肢くらいはかろうじて繋げられるが、
他人にまでそうさせてやる事は不可能といった具合にな」
何の事かさっぱりだけど、団長はその魔法って奴を使えるらしい。
学校でも教わらなかった故、彼女しか持たない特別な能力なのだろう..。
♢
正方形の訓練場の中はくり抜かれていて、芝生の地面に日当たりも良い。
日中は主にここで各々が個人練習だったり、隊員同士の練習試合ー
月一でやってくる別の騎士団の人達とも稽古を積むようだ。
「さて、じゃあルールは昨日のゼラニムと同様、10本先取といこうか。
ただしランス君、今回君には私が指定したある戦術の通りに戦って欲しい」
「は、はい..」
コホンと一息ついた団長は続けた。
「その名も、私の動きを真似して動け大作戦だ!
ルールは簡単。ランス君は対戦中、
私の動きを常に真似しながら動くだけで良い」
「え、それだけですか? 僕の神託を使えば..」
「あぁ、だからこれは最高に君に適した作戦だろう。
私が今から見せる動きは基礎戦術の中でも初歩の初歩の動きーー
それを見て覚えるのではなく、動きで覚えるんだ」
「分かりました」
僕の神託は基本、無意識下でも常時発動している。
「じゃあ、早速始めようか!」
そうして、
芝生の上を雷光の如く駆けて行った団長は木剣を僕目掛けて振るった。
その動きを、タイミングを、瞬間に見てから動くのはかなり大変だ。
しかも真似出来るとはいえ、
そこには身体能力の差、体格の差が存在するし、
打ち合いになった際に最も影響を及ぼす問題は純粋な力の差である。
「ふーん..」
異次元だ。まるで息を切らす事なく、地面や壁を伝い、
空中に舞い上がっただけで、その最高到達点は訓練場の屋根に達する。
にも関わらず、僕はそんな団長の動きを寸分狂う事なく真似出来ていた
どころか、どれだけ激しい運動を重ねてもちっとも疲れなかった。
「ふふ、どうして? と疑問に思ってる頃合いだね」
と、団長は芝生の上を歩きながら語った。
「仮説だけど、ランス君の神託はただ動きを真似れるだけじゃなくって、
真似た動きは本来の君の身体能力を度外視に発揮されるんだよ」
「え? そうなんですか?」
「だって君が先日裁判所で見せた私の動きは、普通の10歳児が真似したら恐らく
筋繊維は断裂し、動けなくなってもおかしくは無かったのに、
君は動けないどころか息さえ切らしていなかったからね」
「あ..」
確かに、無我夢中で完全に盲点だったけど、僕はあの動きをした直後も、
特にこれといった心身の異常はきたしていなかった。
「だからランス君、君は相手の動きを真似して動く以上、
絶対に引き分けに抑える事が出来るんだ」
「す、すげぇ! それってつまり最強!!」
「そうだね」
こうも簡単に最強の称号が手に入り、有頂天になった時間はわずか3秒ー
話を切らす事なく、こう結んだ団長の一言に絶望した。
「ただ、弱点がいくつかある」
「じ、弱点??」
そう言うと、団長は木剣を地面に置き、背中辺りを弄ったので僕も
それに従ったが、文字通り弄るだけでおおよそ背中が痒いのだと断定した瞬間
団長が何かを投げると、それは僕の身体に当たった。
数センチ程度の、小型ナイフを模した木製の得物だった。
「まず一つは、ランス君と敵の所持する武器種の違い。
普段の練習試合みたいに木剣同士で打ち合うだけなら構わないけど、
魔族は勿論剣だけじゃなく、槍も使うし、弓も使う奴もいると想定した時、
恐らく君の真似の動作は役に立たないどころか、こうして不意打ちを喰らい
命を落とす危険性がある」
「あ..」
「そして二つ目は、もう大体察しはついているだろうが体格差だ。
私も先程から注意して戦うようにはしていたが、あまりに差がありすぎると、
どうなるかは一つ目と同じ。死に直結する愚行と言えよう」
「....」
「つまり私の言いたい事はこう。ランス君の戦い方はまず、
自身と極めて近い体格を持つ者かつ、剣を持ってる敵を探しーー
その敵と全く同じ動きを見せつけ撹乱、動揺させたタイミングで、
君自身のオリジナルの技を差し込むというものだ」
「なるほど分かりました。じゃあそのための動きのストックを増やすために、
日々の練習試合では団長の動きを見て真似をしつつ、覚えた動きは反射で
繰り出せるように反復し身体に馴染ませていくと..」
「その通りだ。要領を得たみたいで良かった」
「はい!! じゃあ早速試合再開しよう! もう負ける気がしないし、
団長もそろそろ神託の力を見せないと辛いんじゃない?」
と、何の気なしに煽りを入れた事を後悔する羽目になったのは、
彼女が10歳児の愚弄を間に受け、本当に神託の力を使うとは思わなかったから。
「良いよ」
団長が声を発したその次の瞬間だった。
彼女の透き通るような美しい青の髪色は瞬時に白髪へと変容すると同時に、
手にしていた木剣はまるでガラス細工のような、透明な輝きを放ち始めた。
神性という言葉は、まさに彼女の為に用意されたのだと悟った。
太陽神ラーの称号に相応しいその姿に、見惚れていたーー
音もしない、静謐な空間が支配し、目の前から団長は消え、
直後僕の身体に僅かながらも生じた連続する十回の衝撃と共に、
自身の後ろへと回り込んでいた彼女は呟いたのだった。
「これが私の神託。
能力を任意で解放させると同時に、肉体は強化される代償としてーー」
「発動中、敵にかすり傷一つでも負わされたら、私は死ぬ」
彼女の死という言葉が、重く僕の腹の中へ落ちていった。
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