第5話 歓迎

昔から、僕はチャンバラをする前のこのピリついた空気が好きだ。


 高山地帯に属しているため、

日中も冷涼かつ乾燥している故郷の空気とは違うけど、

ここは都市の中心部から馬車を20分走らせた郊外に位置しており、

辺りはのどかな田園風景が拝める。それに季節が冬だからであろうか?


 畑には小麦が植えられており冬小麦の若葉が顔を覗かせている。

僕は畦道(あぜみち)を行き交う人々に視線を送りながら、

やがて目の前で帯刀するゼラニムと対峙した。


 気配も、呼吸の揺らぎも感じさせない。

いかにも実戦慣れしているであろう彼女だ。隙がまるでと言って良いほどなかった。


「では、私が『始め』と言ったら試合を開始しろ」


 僕は神託の力で、

開始の号令と共に、裁判所で団長に見せたあの技を彼女に仕掛けよう。


「始め!!」


 試合は始まった。さぁ、、今こそ僕の本領発揮だ!


「くらえ!!」


 と言って剣を振りかざし

ゼラニムの方に飛びかかったものの、彼女は寸手の所でこれを回避するため

身体を斜め後方にずらした。丁度当たるか当たらないかのギリギリの距離感だ。


 僕の剣先は彼女の白装束を僅かに掠め取り、チリっという音が鳴る。


 そこから先も、ずっと同じ事の繰り返しだった。必死で攻撃を当て続けようと

する僕と、回避行動を取り続けるゼラニムーー


 そしてこうなってくると、段々とイライラが蓄積されていく。

いつまでも経っても、あと一歩のところまで届きそうで届かない。


 故に攻撃は徐々に単調になっていき、足取りも当然覚束なくなる。

当たり前だ。僕が今動きを真似ているのは国内最強の剣の使い手とされる団長の動きで、そう何度も連発できるほど自分には体力が無い。


 どれだけ完璧に型をインプットしても、

それをアウトプット出来るだけの肉体強度が、自分にはまだ無い。


 バシッ


 そうして、木剣が次から次へと僕の身体を打ち続けるたび、

もう嫌になってきた。


 徐々に動きの質の落ちていく自分に対し、

剣術の精度を上げていくゼラニムとの差はもう

誰の目から見ても明らかだ。素直に負けましたと言って投げ出してしまいたい。


 どうせ勝てないのなんて分かってた。ゼラニムに打たれた手も、肩も足も、

きっと明日にはアザになってるだろうなーーとか、今日は初日で疲れたから早く寝たいなとか、

雑念が脳内を埋め尽くすごとに、僕の剣術は精細さを欠き、木剣は鉛のように重くなった。


「ランス! あと一回で君の負けだよ!」


 なんだ、、もうそんな叩かれたんだ。今の一撃で、僕は頬をぶたれたらしい。

歯が軋んで、口の中からは血の味がした。痛いし、腫れた瞼から涙が出てくる


 無性に悔しくて堪らない。もう負ける。ゼラニムは今、剣を天高く

振り上げそれを僕の頭頂部に当てようとしていたーーだから、もう良いやー


「もう良い」


「え?」


「もう、あなたの動きは全部インプットしたから..。もう良い..」


 僕はゼラニムの攻撃を回避した。

さんざん繰り出し続けた自分の攻撃を流麗に受け流す彼女の動きはもうインプットした。


しかし僕が彼女から学んだのはなにもそれだけじゃない。

その後のカウンター含め、僕はインプットを続けた。


 ゼラニムの空いた胴を、真横から思い切り木剣で打ち込む算段だ。

当てればきっと致命傷になり得るだろうけど、自分にはもう体力が残っていないから、どのみち先に倒れるのは自分だし負けはほぼ確定的ーー


「それでも僕は、何もしないまま負けるのなんて嫌だ!!」


「あ..、、まずったかも..」


 その直後、僕の酷く脆弱な手に握られた木剣は、彼女の胴に当たった。

反動で腕にまで振動が生じると同時に僕は力尽きた。



「あ、起きた? ランス君?」


 どうやら、僕は随分と長い間気を失っていたらしい。


「ゼラニム..。畜生!! 負けた!!」


 まだ顔がズキズキと痛むので触れてみた。

軟膏(なんこう)が塗り込まれ、上から白いガーゼで抑えられているらしい。


「というより、ここはどこ..?」


 隣にはゼラニムしかいないこの空間内には、

ふかふかのソファ以外には何もないし、良い匂いがそこかしこから漂ってくる。

まるで森林浴をしているみたいで、いるだけで自然と心身がリラックスしていくのを感じた。


「屯所の二階の奥にある、メディテーションルーム。

もう団長から一日のスケジュールは教わったでしょ? 

隊員は16時から17時までの間に

鍛錬で疲れた身体を回復させるための休息を取るの」


「じゃあ、ゼラニムは今何してたの?」


「ヨガよヨガ。ランス君もやってみる? って、、その怪我じゃ今日は無理そうね..」


「別に、こんなの全然痛くないけど?

それよりゼラニムの方こそ大丈夫なの? 僕に最後打たれた脇腹」


「ぜ、全然だし! 痛くないから、ほら、こーんな動きだって出来ちゃうし!」


 そう言って、

ゼラニムはわざと脇に負担のかけるようなポーズを決めてみせた。


「ちぇ..。その防護服、衝撃緩衝材でも入ってるんじゃない?」


「入ってるわけないでしょ。単純に、君の攻撃が雑魚かっただけだよ」


 ゼラニムは、僕のおでこに人差し指で触れた。


「でも、僕は君に攻撃を当てたんだ。何もせず負けたわけじゃない!」


「ふん。でも負けは負けでしょ」


「そうだけど、、次は絶対負けないからな! ボッコボコにしてやる!」


「はぁ!? やれるものならやってみなさいよ! 今回は油断しただけ..。

次は一回も攻撃を当てられずにこっちがボコボコにしてやるんだから!」


「そっかよ..。あの、ゼラニムさんさーー」


「ゼラニムで良いよ」


「うん..。ゼラニム、ってさーーどんな神託を持ってるわけ?」


 もしかすると、

彼女は神託のおかげで僕の攻撃が効いていないだけなのだと思った。


 例えば『ダメージ無効化』とか、

中央騎士団の隊員だし全然あり得そうなものだったから聞いた。

でも、それに対しての彼女の返答は予想外すぎた。


「私の神託は、一回だけ死んだ人を蘇らす事ができる。

だからこの能力は、団長のために使うって決めてるし、君の為に使う事はない」


「別に使ってくれってお願いしてないよ。あ、ちなみに僕の神託は..」


「良い。興味無いから」


「あっそう」


「うん..」


 ゼラニムは僕に対して冷たい人だった。

初対面で感じた印象とはまるで別物だ。

それとも団長の前だったから、

わざと演技して優しく接してきただけなのかな....。


「でもさ、、不思議よね」


「何が?」


「さっきの君の戦いみるに、どうせ大した神託も授かって無いんでしょ?

それなのに団長はどうしてかな? 物好きって言うの..?」


「..。そうだね、

団長は物好きかもしれない。じゃなきゃ君みたいな人を上辺だけで

判断して勝手にこうだと決めつける奴なんかは、絶対仲間にしたくないしね」


「は?」


「それに気味が悪いよ。

その白装束と十字架。吸血鬼族だかなんだか知らないけど、

僕知ってるよ。だって父さんがよく言ってたから、『忌血(いみち)』だー」


 避けようと思えば避けれたゼラニムの張り手は、さっき木剣でしばかれた

頬の刺すような痛みを上書きした。


「さいてー、、その蔑称(べっしょう)、、子供でも分かるんだ....」


 あれだけ罵倒され、ぶたれたのに、

罪悪感で言い返す言葉が見つからない中、

ゼラニムは静かに立ち上がりこう告げた。


「もうここから出るけど、、君は好きにしていれば..?

ランス君。ようこそ国立中央騎士団へ。私は貴方を歓迎するわ」






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