第3話 田中部長

 僕は村の子供達と良く木剣を使ったチャンバラゴッコをするのが好きだった。


 ルールは簡単で、相手より先に攻撃を当てれば勝ち、勝った方には1点が入る。


 3点先取で負けた人は抜け、勝った人は次の人と対戦するといった感じーー

学校終わりの放課後になると男子はこれ(チャンバラ)で女子は家で料理や裁縫をする。というのはほぼ固定化してたのもあって、僕は幼少期から


 男は外に出て戦うもの、女は家を守るものというふうな認識だったけど、

僕の憧れの人は女性の身でありながら剣の修練に励み今では国随一の使い手となった方だ。


 そんな団長が今、僕に剣の素振りをしろと命じた。


 一万本を15分間でこなすなんて、普通に考えて不可能だし、

そもそも僕は剣の素振りが嫌いだ。まず第一に、やっていてつまらない。


 だって僕は、自分が楽しむために剣を振っていたいから、それをただ闇雲に

振り続ける作業なんて論外だ。論外論外ーー


 意味はよくわかんないけど、論外って言葉を使うと知的に感じる。


 と、これは置いておくとして、本当に素振りをしたくなかった僕は、

なんとかバレないような言い訳を考えるのに必死だった。


 


「ランス君、素振りは終わった?」


「はい終わりました! 疲れました!」


「嘘だね。君、その感じだと一回も振ってないだろ?」


「え..。なんで分かるんですか?」


「..。そう、本当に振っていないんだね」


「え??」


 団長は僕にカマをかけた。


 お父さん曰く、汚い大人がよく使う手法らしい。


「反省、してる?」


「いや..だって、剣振るだけってつまんないし」


「うーん..。ランス君、剣の上達には基礎動作の反復が一番の近道なんだよ」


「何でですか..? 面白くない事をして、本当に団長みたいになれますか?」


 不安で、いっぱいいっぱいになった僕の胸に寄り添うように、

団長は穏やかな声で言ってくれた。


「なれるよランス君。私には二つの才能があったんだ。

その一つが努力をする才能。そしてその才能はきっと、

ランス君にもあるはずだ」


「そうかな..。努力する才能ーーじゃあ、団長の二つある才能の、

努力以外はなんなんですか??」


 気になった事を、僕は知的好奇心の赴くままに聞いてみただけだった。


 すると団長はその場で硬直し、いつになく取り乱した様相だった。

僕の質問が変だったのかもしれない。聞かなきゃよかったと後悔した。


 でも、団長はすぐに立ち去ろうとする僕を呼び止めた。


「ランス君」


「はい!」


「才能にはね、自分を魅せるものと、隠すものがある。

この言葉を忘れないで。そうしてくれれば、いつか話せるかもしれない」


「え? あ、、」


「これだけだよ。じゃあ早速お昼にしよっか」



 団長とダイニングルームに向かったが、

僕はそのあまりの広さに衝撃を受けた。


 数十人規模での会食を想定しているためか、

細長い長方形の机を囲うようにして椅子が30個も並んでいたからだ。


「席はどこでも好きなところに座っていいぞ」


「はーい!」


 僕は奥の方に座りたかったから、そこに向かって駆けていき、

一番上座に腰を据えた時、団長は少し難色を示した気がした。


ー『目上の人が、一番上座に座るのよ』


 母のセリフが脳裏をよぎった。忘れてた。偉い人、つまり本来ここに

座るに相応しい人は団長だ。僕みたいな新参者の座る場所じゃない。


 僕はすぐに立ち上がり、隣の席に腰を据えた。

どうせ上座以外の場所で食べるなら、せめて団長の隣が良かった。


「ふふっ..。すまないね。どこでも良いと言ったのは私のミスだ」


「団長でも間違えるんですね!」


 団長の眉が、ぴくりと動いた気がした。


「ゴホン! ところで君にまだうちの隊員達は紹介してなかったけど

その前に一つ、今からここに料理を運びに来てくれる人物にまつわる話をしようか」


「へぇ、それってさっき言ってた雑用係みたいな人ですか?」


「まぁ、そんなものだよ」


 そう言って語気を整えてから、団長は続けた。


 僕や団長が生まれる遥か昔の、騎士団にまつわる英雄譚(えいゆうたん)だ。


 曰く、王国内に複数存在する騎士団ーー

ここ国立中央騎士団に比肩しうるとされる西の名門

『暁星(ぎょうせい)騎士団』

を舞台に、この物語は紡ぎ出される。


 暁星騎士団、

その当時の団長の神託『森羅万召(しんらばんしょう)』は、

一度きりの能力だが、この世界に何かしらの異能を有する生命体を召喚するものであり、


 初めてこの神託により召喚された生命体は魔獣ヤマタノオロチ

  

 その次は神鳥フェニックス


 次は合成獣(キメラ)スフィンクス 


 と、他を寄せ付けない圧倒的な異能を有する化け物を召喚、使役し、

当時魔族によって奪われた領土のほぼ全てを奪還するという偉業を成し遂げたものの、、


 その『森羅万召』が四度目に神託としてくだった先、”前”暁星騎士団団長が

 召喚したものはーー


「聞くに及ばないってゆうか..。

一年前だけど、僕の住んでた村でも”あれ”は大事件でしたから」


「そうだな..。結局”あれ”を召喚してしまったせいで、暁星騎士団前団長は精神

を病んで引退、出家して今は人里離れた山奥でひっそりと隠居生活を営んでいるそうだ」


「で、分かったんですけど。それが今から来る人と何か関係あるんですか?」


「大いにあるよ..」


 するとその時、

ダイニングルームから小皿をカートに乗せて一人の男が入ってきた。


 年齢は、父さんよりも老けて見えるし、多分4、50代といった所か?

全体的にふくよかでだらしのない体型に、無精髭を蓄えながら、フケの多そうな

髪をぽりぽりかきながらこちらに近づいてきた。


「はい。これ今日の飯ーー」


 随分と粗雑な印象を受けた。皿の置き方といい、喋り方といい、

貧しくて碌な教育を受けていないのならこうなるのも分かるけど、この男からは

スラムの人特有の、ギラついた雰囲気を一切感じない。


 それよりももっと目が黒く澱んでいて覇気がない。

生命力が希薄というか、そのくせ無駄な太々しさを有している事、

皿に盛り付けられた料理がとても美味しそうなギャップがいちいち癇(かん)に障る。


 (多分)年上なのに、ここまで敬意を表そうと感じない人を見るのは

ある意味初めてで、僕は彼をじっと睨みつけるやいなや、男も僕を睨みつけてこう呟いた。


「チッ..。こういうので途中出場してくる奴って..、

大体エロ枠の巨乳ヒロインだろうが..。なんでよりによってまた野郎なんだよ..。

でもまぁいっか..。俺には本命、メインヒロインのラベンダがいるし」


 エロ枠、巨乳、ヒロインー


 聞いていても訳の分からない単語を羅列した挙句、

彼は最後団長の名を口にした。


 意味は分からない。なのに、こんなにも苛立つのは何故だろう..。

思わず膝を握り締める手の力が強まり、腕がブルブル震えて来たのを見かねてか、そっと僕の手を取ってくれた団長は、男といくつかやり取りした。


「今日もありがとう! 君のおかげで、午後からの鍛錬にも精が出る!」


「うっ..。むへへ..。そう言って貰えると、、嬉しいよラベンダ..」


 そう言って、彼はラベンダの頭を撫で回した。


 正直気持ちが悪いので早くやめて欲しい。でも男は構わず続けた。


「じゃあ今日も、引きこもりと、地下の奴のドアの前に飯置いとくんで..」


「あぁ! よろしく頼んだぞ。”田中部長”」


「ムフォフォ! じ、じゃあ..、あ、あれ、いつものたのみます..」


「はぁ..。またあれかい? 良いよ分かった..」


 男の要求と、少し嫌がるそぶりを見せながらも応じる団長ーー嫌な予感がーー


 直後団長は、胸の前でハートマークを作り言った。


 『萌え萌えキュン!! 元気になーれ!!』


「あぁ..。ラベンダたんの愛の力を注入されて元気でルゥ..」


 ????????


 気味の悪いリアクションをした彼は、

すぐに団長の近くから離れ僕の背後に周り耳打ちした。


「おいガキ..。俺のラベンダに手を出したらただじゃおかねぇかんな..」


「....」


「どうしたランスと、、部長..?」


「いや、なんでもないよラベンダ。じゃあ俺はこれで失礼するよ!」


 田中部長ーーそれが彼のフルネームなのだろうか?


「....」


「おい..。どうしたんだランス! 元気ないけど..」


「あの!!」


「あ、あぁ?」


「....」


 少しやり取りして、僕はあいつ(田中部長)の事が大嫌いになった。

あんな手も洗ってない、歯も磨いてない汚い身体で、

僕の憧れの人を触って欲しくない。


 でもーー


「あの..。さっきの、、僕にも..お願いしてもらえますか..?」


「え、わ、分かったよ..。萌え萌えキュン..。元気になーれ!」


 あいつが愛の力と呼んだ団長の謎の掛け声は、不思議と僕にも力を与えたし、

さっきから気になっていた事をついに話す決心もついた。


「で、結局あの人と召喚。なんの関係があるんですか?」


「それか? あの人なんだよ」


「え..?」


「だから、前暁星騎士団団長が召喚したのは彼さ。

”ニホン”という、東方の異国の地からの使いだそうで、

以前は大手企業でエリート部長だったらしいから、田中部長と呼んでいる」





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