第2話 騎士団生活初日

「君も、今日から国立中央騎士団隊員だ!」


「あ..」


 というわけで、僕の騎士団入りが決まった。


 それも数多ある騎士団のトップの『中央騎士』にである。


 現在僕を含めた隊員数はたったの5名で、団長曰く、正規の隊員ではないが

雑用をやらせている人がもう一人いるらしい。


「へぇ..。じゃあ、これから教会に向かうんですね?」


「あぁそうだ。君にくだった神託の仔細を知る必要があるのでな」


 10歳になると、この世界のあらゆる種族は神から神託を授かるものの、

中には自分の能力が上手く把握出来ずに困る人もいるそうだ。


 道中、団長が少し哀愁の漂う顔で僕にこう言った。


「最悪なのは..、例えば、一時的に肉体が強化されるものの

使用後の副次的効果が大きかったりするものだな」


 分かりやすく説明するとこうだ。


 例えば、虎よりも早く走れる神託を授かった人がいるとしよう。

これは神託の中でもかなり強い部類だから通常であれば各方面で重宝されるもののー


 トップスピードの維持は3秒が限界で、それ以上走り続けると

足がめちゃくちゃ痛くなり一日中動けなくなってしまうという副次的効果があったら?


 四回走っただけで、足が爆散するという制約があったら?


 しかしこれでもまだマシな方だという。酷い例でいくと、

一瞬で高度100mまで飛び上がれる神託を授かったものの、その後は

自由落下を続け転落死するなんてこともあるそうだ。



 街の中心部に位置する教会は、週一の礼拝の目的以外で訪れる人も多くいる。


 アトピーだから塗り薬が欲しいとか、

うつ病になったので抗うつ剤を処方しろだとかーー


 僕の父さんはアル中で二日酔いが酷く、母は精神的な病を患ってたから、

良く教会から睡眠導入剤を頂いてたっけ..。


 そんな教会にある特殊な鉱石が今回のお目当てだ。


 サファライア水晶と呼ばれる、不思議な力の宿るそれは教会の中でしか

効力を発揮しない。礼拝堂に訪れた人間が水晶に手をかざす事で何が身に生じるか?


 頭がぽわっとするような、

三半規管を刺激され、目眩を生じる時の感覚になるのは仕方がないとして、

その本質は水晶が神託の仔細を直接脳内に語りかけてくれるという事だ。


 案の定、僕の能力は他人の動きを高精度に読み取る力ー


 水晶は僕の神託に、『換骨奪胎(かんこつだったい)』という名を付けた。

よく分からないけど、武道でいうとこの”守破離”に近い意味合いらしい。


 水晶はその後も、丹念に説明をしてくれた。

嬉しい事に、さっき団長が説明してくれたような使用後の副次的効果も無い。


 僕は水晶に教えてもらった事を早速団長に伝えた。


「あの! 僕の能力はーー」


 そうして全てを語り終えた時、団長はいよいよ僕を正式なメンバーとして

向かい入れる決心をしたそうで、彼女に促されるままついに辿り着いた。


 

 国立中央騎士団の屯所だ。



 三階建てで、奥行きも深い。僕の生まれた田舎のどの建物よりも、

まして学校よりも大きいその建物に唖然としてしまったくらいだ。


「..? どうしたんだ? 入らないのか?」


「い、いいえ! 入ります!!」


 鉄格子の柵を潜り、僕は騎士団の一員としての第一歩を踏み出した。


「庭がある!

薔薇(ばら)が一面に植えられてて、噴水もある!

団長! この建物っていくらぐらいしたんですか? 一括ですか?

分割でローンを月々支払ってるんですか?

因みに僕のお母さんはリボ払いって

ゆうのを使って一定額を返済し続けてました。

母曰く、日々の買い物がお得になるそうです!」


「経費だ」


「え?」


 団長が言ってる事はまだよく理解出来なかったけど、

建物(事務所)自体も、庭の噴水の維持費も全部ケイヒって奴で落とされているらしい。


「経費は良いぞ。国に無駄な税金を払わなくて済む」


 薄汚い大人の匂いがした。



「さぁ、まずはここに座って」


 団長にそう言われた僕は、屯所の一階に位置する執務室の席についた。

丸太を繋ぎ合わせただけの田舎のそれとは全然違くて、

背もたれの部分が柔らかい椅子だ。

団長曰く、これもケイヒで落としているらしい。


「まずはこれを」


 一枚の紙と万年筆を差し出された。


「そこに君の個人情報を記入して。

ほらっ..、一応うちだって騎士団とはいえ法人扱いだし、

未成年就労なんて、労基に訴えられたらたまったもんじゃ無いから..」


 団長曰く、この紙に僕の氏名、住所、血液型を細かく記載するだけで、

法律の”抜け穴”というのが出来るらしい。


「でも、、僕自分の住所とかよく分からないです..」


「そっか。じゃあ、このカードに書いてある情報をパクればいいから。

あと、年齢のところは実年齢じゃなくて、20って数字にしておいてね。

学校でもう、書き方は教わったでしょ?」


「は、はい..」


 団長は、団長じゃ無い人の個人情報を沢山知っていた。


 ここに来るまで気になる点は多かったけど、ひとまず用紙は書き終えたので

僕はそれを団長に手渡しした。


 最後は隊員一人につき一部屋割りふられる自室決めだ。


 希望する階や

間取りはないかと尋ねられたので、とりあえず角部屋以外でと頼むと、

団長は屯所内にある大理石の階段を登り、三階(最上階)の一室に僕を案内してくれた。


「ここからは見晴らしも良いし。二階にある厨房までも近い。問題ない?」


「あ、はい」


 二つ返事で了承すると、団長はにっこりと笑顔で頷き、


「じゃあ12時になったら二階にあるダイニングルームに来るように」


 と一言だけ残し、

その場を後にして行ってしまった。


 心細かった。一人になるのは

山脈を越えるため中継スポットで野営した時以来だったから。でも

やっぱり、親元を離れた僕の決断は果たして正解だったのか、今でもたまに思い悩む。


「はぁ..」


 と、深いため息をついた。


 ここに来ても数日は生活していくのに必要なある程度の日用品とお金

は使い古しのリュックに詰め込んだのに、

今朝それは全部、妖精族(ニーフ)のフェアラに盗られてしまった。

善良そうな顔をして近づいてくる人が一番怖いのだと学校で教わったのに、

僕は命を救ってくれた彼女に情を絆ほだされすっかり騙されたというわけだ。


「畜生!」


 むしゃくしゃして、無性に身体を動かしたい衝動に駆られた。


 辺りを見回すと、部屋の扉の近くに木刀が置いてあるのが目に映る。


 僕はそこに近づいて、例の木刀を手にした。


 柄(つか)に布は巻かれているものの、

血まみれになっており、刀身はボロボロだ。それに良く見ると名前が彫られてある..


 ”ラベンダ” とーー


 団長の名前だった。団長の私物..。


 だとしたらここは、昔団長がまだ団長じゃない時に使っていた部屋??


 確証はないが、一度そう考えると僕の気分は晴れやかになった。

憧れの人と同じ空気を共有しているような、妙な一体感が生まれた。


「えっへへ..。やっぱこれ、団長の、、使って良いかな..」


「別に構わないよ」


「??」


 団長は音もなく背後にいたから僕はびっくりした。


「寧ろ、遠慮せずどんどん使い込んでいってくれ!

そうだ! ちょうどお昼まで後15分ある事だし..。ランス君。

これが私から君への、最初の指令ーー」


「はい!! 何ですか!?」



「そうだねぇ..。まずは軽く、それ使って一万本素振りしてみよっか?」



 僕の、波瀾万丈な騎士としての生活が、始まろうとしていた。

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