第1話

第一話 国立中央騎士団


「ようこそ! 国立中央騎士団へ!」


「へ..」


 どうして、こんな事になった..。



「それでは裁判を始めよう」


 裁判所内で、裁判員長のガベルを打ちつける音がこだました。


「ランス! かのものには、不法入国の疑いがかかっておる!」


「..」


 僕は大勢の大人に囲まれて、すっかり萎縮してしまった。

けむくじゃらの裁判長、その周りを取り囲むようにして座る裁判員ー

前列に座る商会のお偉いさんと、独立行政法人のトップの人達ーー


 学校で教わったばっかだ。悪い事をした人間は、それを裁かれる。

なのに、僕は何したって言うんだ。僕はここに来るために、三日かけて山を越えたんだ。

大人だって酸欠でぶっ倒れるような山を子供の僕が登ったんだ。


「僕は、ただ人より肺が強かっただけです! でも、肺が強い事は、

悪い事じゃないと僕は思います!!」


 思ったままを、僕は伝えた。なのに裁判長の顔は暗いままで、彼はこう言った。


「ランス君。君の歳は?」


「9歳です。今日で10歳になります!」


「..そうか? じゃあ君は、自分が何をしでかしたか分かるか?」


「いいえ! だから、人より肺が強いのは」


「ええい!! そんなのもう分かっとるわ!

アンドレア山脈を越えたのじゃろう? あの山は大の大人でも苦戦するからのう..」


「苦戦? 裁判長も、登山は好きなんですか?」


「おっほっほ! 好きじゃ好きじゃ! ワシなんか若い時は

エベレストもキリマンジャロも良く登ったもんじゃわい..。それに比べて最近の

若者は、すっかり堕落しおって..、こんなんだから魔族に良いようにしてやられるのだ..」


 この裁判所内で恐らく一番高齢かつ権力者であろう彼がそうぼやくと、

周りの人間も同調し頷く光景が、僕には不快で堪らなかった。


「裁判長! お言葉だけど、若者は貴方が思うより堕落してないよ!

僕はこんな大国とは比べ物になんない辺境の田舎村出身だけど、僕より一個上の

子はみんな凄いんだ! 僕が一日かけて釣る魚の倍を釣るんだよ!」


「..」


 裁判長は押し黙った。するとそれに続くかのように前列の一番右に座る

南商会の会長が口を開いた。


「けっ..。田舎モンのガキも、年寄りも、自分の見た世界の中でしか語らない。

井の中の蛙大海を知らずだな。なぁ? ランスとかいうガキ。

お前も大人になったら、社会の厳しさってもんがよーく分かるし、

今自分がしでかした過ちにも気づくだろう?ただな、ここはお前みたいな

若者に気付きを与える学校じゃなくて、悪人を法で裁く裁判所だ。

いくらお前が無知だろうと、それが法を犯して良い理由にはなんねーし、

もし特例の一つでも出してみろ? 監獄にぶち込まれてるクズどもは皆、俺だって

無罪だと騒ぎ出しちまいかねねぇ..。だからーー」


 彼の続きの言葉を静止し、今度は東商会の会長が言った。


「はぁ、さっさと話を纏まとめろ。南商会の会長さん。

つまりアンタが言いたいのはこうだろ? ランス君。君にどんな

情状酌量の余地があるにせよここは公平に..。そうだな、炭田での強制労働

辺りが今までの事例から考えて妥当だろう?」


「けっ。その通りだよ」


 僕はその瞬間、目の前が凍りつくかのように思えた。


「メーリャ炭田の強制労働か..。口減らしに出されたスラムの子供を使い、

飲食すらまともに与えず日夜ピッケルを振るわされ続ける..。9歳の子供には、

酷すぎる話じゃろうて、、」


 西商会の会長は僕を擁護してくれた。凍りついた視界が、少しだけ晴れた。


「わ、私も反対です! 児童を使った強制労働は、大した利益も望めませんし、

何より未来ある若者の芽を潰しかねない!」


 北商会の会長さんもだ。自分に味方してくれる人は、自分だけじゃないと

気づけて少し安心出来た。


「うむ..。商会連中の意見は出揃ったみたいじゃなぁ..。まだ他に何かあるものは?」


 するとその時、その場で誰よりも先に手を上げた一人の女性に僕は視線を奪われた。


 立ち居姿だけで分かる圧倒的な騎士としての風格。

そう、彼女は国立中央騎士団ーー通称『中央騎士』の若き団長、その名もラベンダ。

確か僕よりも8歳年上の彼女は一昨年、王都にて神の代行者”ラー”の称号を授かったと

僕の住んでいた田舎村にも風の噂で伝わってきた。


 憧れの人だ。僕は将来、彼女みたいな立派な騎士になりたくて、

一人家を飛び出してここまで来たんだ。そしてその人は今、僕の目の前にいる。

 

 緊張と興奮で、胸が張り裂けそうになった。


「あ、あの..」


「ランス君」


「はい..」


 初めて彼女の声を聞いた。風格に見合う、威厳と深みのある美しい声音だった。


「君、剣を握った事はあるかな?」


「は、はいあります! 村の友達と、毎日よく遊んでました!」


「..。そうか。君の事情はあらかじめ聞いてある。

身寄りのいないこの街に、騎士団への入隊を志願して単身飛び込んできたそうじゃないか?

その決断の潔さと胆力、9歳の身でありながらアンドレア山脈を踏破した身体能力には、

この私も舌を巻いた。しかし、今の私の質問に対する答えには少しガッカリだ」


「え..」


「裁判長、抜刀の許可を」


「な、何をするつもりじゃ!」


 僕の目の前で、直後何が生じたのかちっとも理解出来なかった。


 団長の言葉に慌てふためく裁判長と、冷や汗を額にためる商会の人達。

それに傍聴席に座る群衆の誰かが『わっ』と細い悲鳴を上げたかのように聞こえた瞬間ー


 僕はさっきまで、静かに席に腰を下ろしていたはずの団長がいなくなっていた

事に気が付いた。それだけじゃない。僕の額まで後数cmの所に、木剣じゃない

本物の剣先が向いていた。


「ランス君。騎士団のふるう剣は、友達と遊ぶものじゃない。

魔族を、殺す為のものだ。そこを履き違えた奴は、初戦で死ぬ」


「いや..」


「なんだ?」


 確かに、団長の吐く台詞は尤もだった。

誰よりも実直に剣一つに対し打ち込んできた事の証明である事は想像つく。


 けどーー


「僕は、騎士になりたい。それに剣は楽しいから振るものだ!

誰かを殺す為の剣じゃない、僕は、僕が楽しくありたいから剣を振るんだ!」


「ふふっ..。子供だからか、なかなか利己的な答えだな。

じゃあ、お前のその気持ちを、私に何か行動で示してみろ」


 ゴーン


 王都の中心部に位置する教会から、正午を告げる鐘の音がなった。


「双方、やめるんじゃ!」


 裁判官が僕たちを静止させようとする声も、耳には届かなくなっていた。


 僕はただ、目の前のこの憧れの女性に行動で示したい。


 僕は今、10歳の誕生日を迎えた。



「先生! 神託ってなんですかー?」


「フォッフォッフォッ。そうじゃな、お前らも後4年で神託を授かる年じゃし、

そろそろ、説明しておこうかのう..」


 そう言って、先生は目の前の黒板に文字を一つ一つ丁寧に書いていった。


「ラー(太陽神)、ヌト(天空神)、

トト(知恵の神)、ハトホル(愛と美の女神)、

そして、オシリス(死者の神)..。これらの神々が、私ら人間に特殊な力を与えて

下さるのじゃ。それが10歳の生誕日、神託という形で身に降ってくる..」


「へぇ。じゃあ先生も凄い力を持ってるの?」


 先生は首を横に振った。


「そうでもない..。大体の人はそんな大層な力は頂けないんじゃよ。

例えば、焚き火の勢いを強めたり、茶碗一杯の水を凍らせたりと..。

因みにわしは、並の人より記憶能力が上がった。故に教師をしておる」


「ふーんそーなんだ。でもさでもさ! 王都にはスッゲー能力を

持った奴らがうじゃうじゃいるって聞いたぜ!! 全魔族の居場所を

把握してる奴とか、死んだ人間を蘇らす事が出来る奴とか!!」


「うむ。そ奴らは国立中央騎士団の騎士様方のお力じゃな。

彼らは別格じゃよ。神託の中でも最上位の力を承った方々じゃ。

神の代行者ーー神の名称が冠せられたまさに逸材..。ただ、凡人は凡人なりに..」


「あぁまた始まったよ! 先生お得意の凡人の闘い方。

でも安心しなよ。俺たちみんな、その神の代行者ってのになれるくらい、

すっごい神託授かってみせるからさ!!」


 僕の一個上のお兄ちゃんが、そう宣誓するのを間近で聞いた。


 でも、彼らは誰一人として特別な力を授からなかった。

そしてそれはすなわち、一生この村で天寿をまっとうする事を意味した。


 だから僕が一人で生まれた地を去ると決めた時、恐らく村の中で一番

長い交際があり両親同士の付き合いも盛んだった靴屋の長男が言った。


「なぁ..。ランス。俺は、多分一生ここから出らんないけど、

お前は違うだろ?」


「別に、兄ちゃんだって今から剣を目一杯練習すれば..」


 それが同情にも慰めにもならない事は分かってたし

案の定、彼は僕を見下すような感じで、皮肉めいた事を言った。


「ああそうかもな。先生も言ってたけど、凡人の闘い方があるらしいもんな。

でもお前は良いよな。まだ、才能があるかないかも分かんなくて、俺たち置いて、

自由に行動の幅きかせられるんだからな」


 結局、これが決め手になったのかもしれない。


 僕には才能があるかないか分からない。けど、仮に才能がなくったって、

才能がない者同士で一生才あるものを妬み、何もしない自分を正当化したくは無かった。


「神の代行者は、生まれも育ちも、良かっただけよ」


 これは、両親の口癖だ。



「私は元の場所に座るから、君は今渡した剣で好きなように仕掛けろ」


「....」


 僕は今、団長の剣を握っていた。

見かけは軽そうなのに、木剣と違って本物の剣がこんなに重いだなんて知らなかった。


 ズシリとした重量感が腕全体を痺れさせる。十回も振ったら筋肉痛になりそうだ。


「どうした? 何も、しないのか?」


「ふぅ..」


 軽く、深呼吸をした。


 どうやって仕掛けようかと考えた時、

真っ先に思い至ったのは、先程の団長の動きを真似する事だったが、あんなの

素人の自分には出来っこなーーー


「え..?」


 視界が、爆ぜた。身体全体に稲妻が駆け巡るような感覚が生じた。

頭が急激に冴えていくのを感じる。裁判席に座る一人一人の軽い身のこなし

その一つ一つ動作の連続が、酷く明瞭な形で脳内にインプットされていくようだった。


 例えば、ハンカチで汗を拭う。


 一見同じような動作に見えても、それぞれ観察してみるとまるで違う。

手首を固定したまま肩を動かして拭く人、手首のスナップをきかせて拭く人。

逆に、汗をかきやすい人は呼吸が荒く、肺と横隔膜の収縮が過剰だとか、、


 一連の動作に、論理的な解釈が足されていくと、さっきの団長の、

あの異次元の身のこなしにも大体説明がついた。


 から、僕はただ、彼女の動きの跡を追うように自分の身体を動かしてみた。


 ビュッ


 風を切る音がした。


「な....」


 唖然とする裁判長、冷や汗をかく商会連中ーー悲鳴を上げる群衆


 さっきと全く同じだった。


 だって、僕の剣先は、王国最強騎士と呼ばれる彼女の額の上数cmに

微塵も気配を悟られる事なく達していたのだから。


 しかし彼女はそんな僕をしばらく観察した後に、”うん”と言って、

手を軽く叩いた。


「ランス君。まずは、剣返して!」


「あ、はい! ありがとうございます..」


「うん..。じゃあえっと、今の君の一連の動作。

あれはさっき見せた私の動きと完全に一致してたよね。

どうやったの?」


 返答に困る質問だったが、さっきまでの硬さが取れた

団長のあくまで自然体な姿に接し、僕は余計に困惑してしまった。


「え、えっとえっと..。なんか、急にわかるようになったっていうか..。

団長が見せてくれた細かい動きの一つ一つが、論理的に解釈出来て、、」


「ほう? 例えばどんな?」


「えっと..。飛び出し様に、団長が剣を持つ手首を曲げる角度42.5度、

一歩目を踏み出してから二歩目に達するまでに進む距離は1m56cm....」


「もう分かった。それで、”それ”は、いつから出来るようになった?」


「あ、、本当にさっき団長の動きを見てからで..」


「なるほど、そういえば君、今日で10歳になるんだったね」


「はい。そうですが..」


 この時、団長はいつになく穏やかな笑みを僕に向けた気がした。


 まるで何か凄いものを発見した子供のような、

天真爛漫という言葉がピッタリだ。


 団長はやがて、座っていた椅子から立ち上がり、

どういうわけか僕の手を包み込むようにキュッと握り締めてこう言った。


「ようこそ。国立中央騎士団へ」 とーー

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変人ばかりの騎士団に所属する僕は、今日も団長の日課である素振り1万本に付き合わされる。 @kamokira

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