Eighth・Vivid torture
戦闘の激化と共に、施設内の空気は一層張り詰め、緊迫した状況に突入していた。羽坂たち憲兵隊は、暴れ回る能力者たちと戦いながら、その動きに合わせて後退し、戦術的な撤退を図っていた。研究者は冷徹な視線を送り、無情にも命令を下す。
「諸君、侵入者を強制停止させるのだ! 人類の進化と利益の為に!」
その声が響くと、襲いかかる能力者たちはさらに狂暴さを増し、羽坂たちに向かって全力で突進してきた。
「チィッ!雑魚から撃ち殺せ!実弾射撃!」
羽坂は恐怖を感じながらも、瞬時に突撃銃を構え、反応速度を極限まで高め、攻撃を開始する。弾丸は能力者の肉体を貫通し、次々に倒れていく。しかし、無情にもそれは能力者たちが生まれる速度よりも遅い。彼らが倒れる間にも、次々に新たな能力者たちが目を覚まし、無慈悲に襲いかかってくる。
「クソ...!まだ止まらないのかよ!」
浅井が機関銃で猛撃を浴びせながら叫ぶ。だが、その顔には不安と焦りが見え隠れしていた。薬物で異常をきたした能力者たちの凶暴さは尋常ではない。力は増大し、知性は完全に失われている。まるで機械のように、反応速度が増し、物理的な攻撃力も増した能力者は、羽坂たちの攻撃を一切無視して突進してくる。
「駄目だ、数的不利が大きすぎる!」
羽坂は何とかその場を凌いでいるものの、次々と湧き出てくる能力者たちに圧倒されつつあった。西籤が焦りきった表情で周囲を見渡し、戦況を見極めると、直ぐに羽坂に助言をした。
「これ以上は無理だ、撤退した方がいいぞ!」
西籤は冷静に羽坂に声をかけた。羽坂は一瞬の間に判断を下し、隊員たちに撤退の合図を送った。だが、その瞬間、研究者が冷笑を浮かべて声を上げた。
「逃げることは許されない。ここで貴様らも進化の一部になれ」
その言葉と共に、研究者の背後から無数のモニターが点灯し、制御システムが活性化し始めた。急速にカプセルが開く速度が上がり、次々と大量の能力者たちがカプセルから出て動き出し、羽坂たちの撤退路を完全に塞いでいく。
「これが奴の切り札かッ!」
羽坂は短く呟き、隊員たちと共に再び前線に立つ準備をした。彼の表情は、戦闘の激しさに疲れが見え隠れしていたが、決して諦めることはなかった。
「全員、一点突破で押し切れ!本丸をやるぞ!」
だが、その時、突如として羽坂たちの目の前に現れたのは、羽坂たちが見たことのない姿の能力者だった。彼は身体全体が膨張し、皮膚が裂ける寸前にまで成長していた。顔は不気味に歪み、凶暴な目が輝いている。
「このままでは全員殺されるぞ!」
西籤が呟きつつも能力を発動しようとして構えるが、その瞬間、能力者が前方にジャンプし、驚異的な速度で西籤に襲いかかる。西籤が振り返る間もなく、彼の目の前に巨大な拳が振り下ろされようとした。しかし。
「くっ!」
タンッ!
西籤はすんでのところで身体をねじり回避した。だが、その余波で壁に叩きつけられ、立ち上がることができなくなる。周囲の隊員たちも混乱し、完全に包囲される寸前となり、戦況はますます絶望的な状況に陥っていった。
「不味い。どうする?!」
羽坂は手にした八九式歩兵銃が弾切れになる前に、もう一度周囲を確認し、命令を出す準備をする。だが、その時、再び研究者の冷たい声が響いた。
「無駄だ。君たちの手には負えない。進化した能力者たちが、我々の計画を、そして新人類を支えるのだ」
その言葉と共に、研究者はにやりと笑いながら、さらに複数のモニターに指示を出した。新たに開放されたカプセルからは、さらに能力者たちが姿を現し、羽坂たちの前に立ちはだかった。
状況は絶望的だった。戦いは続き、羽坂たち憲兵隊が全力で戦い続けても、圧倒的な数の敵には逆転の余地が見当たらない。
羽坂は周囲の戦況が悪化していくのを感じ取っていた。隊員たちはそれぞれ必死に戦っていたが、能力者たちの凶暴さとその数の多さに圧倒されつつあった。銃撃戦が激しさを増し、羽坂は一瞬の隙間を突いて後ろに目を向ける。
「ん?」
そのとき、羽坂の目に飛び込んできたのは、部屋の壁の一角に設置された赤い光を点滅させる小型の機械だった。周囲の能力者たちが無意識か意識的かは分からないが、まるでその機械を身を挺して守るかのようにその周囲に集まっていくのが見て取れた。おそらく、この機械が能力者たちを制御している装置だろう。きっと、研究者が指示を出すことができているのは、この機械を通して能力者たちに命令を送っているからなのだ。
「すまん、ここは任せたっ!」
羽坂は深呼吸をし、心の中で冷静さを取り戻し、仲間に守備を頼むと、手に持っていた手榴弾の数を確認した。すぐに計算を始め、機械の配置と爆発の範囲を頭の中で割り出す。数秒後、彼の目が鋭くなり、決断が下された。
「あそこか」
羽坂は突如として駆け出し、機械に向かって一直線に進んだ。激しい味方の銃撃、敵の魔法及び能力攻撃が飛び交う中、彼は身をひるがえし、回避しながらも必死の思いで手榴弾を取り出す。敵の動きが目の前に急激に迫るが、羽坂はそのまま無視して走り続けた。
手榴弾を投げるタイミングを計りながら、羽坂は機械まであと数歩の距離に迫った。そして、ついに。
ヒュンッ!ドッグワァァァン!
手榴弾は正確に機械に命中し、爆発を引き起こす。激しい音とともに、機械は火花を散らしながら破裂し、その破片が周囲に飛び散った。それに呼応するように能力者たちが次々に倒れると、彼らの身体からはどす黒く、赤みがかった液体のようなものが漏れ出し、泡のように広がる。それは、制御が効かなくなった能力者たちが内蔵していた異常物質が暴走して行き場を失い、あふれ出したものだった。
倒れた能力者たちは、血肉がもろに液体として散り、その体は膨張し、最終的に内容物をまき散らしながら崩れ落ちる。絶叫とも言える音を上げながら、次々と命の灯を消していく能力者たちは、まるで原爆にさらされた被爆者たちのようでもあった。羽坂は思わず目を伏せたが、異様な光景が繰り広げられ、恐ろしい光景は容赦なく広がっていく。
だが、羽坂は一瞬の安堵もなく、視線を前に戻した。そこには、死屍累々の中、ひとり残った研究者の姿があった。彼の顔には、ひどく歪んだ笑みが浮かんでいる。
羽坂が息を切らしながら呟くと、研究者は無表情のまま、冷ややかに答える。
「いや、これは始まりに過ぎないのだよ」
研究者の言葉は、まるで羽坂を挑発するかのような冷笑を含んでいた。その表情には恐怖も悲しみもなく、ただひたすらに笑みが浮かんでいる。その顔には、どこか無慈悲な狂気が滲み出ていた。
「これが終わっても、次が待っている。君たちに解るのかは分からないが、兎も角生物の進化は止まらないんだ」
羽坂は目の前の研究者に銃口を向けながら、その言葉に反応しなかった。だが、心の中では何かが引っかかっていた。どうして彼はこんなにも冷静でいられるのか? 自分たちの目の前であれだけの惨劇を引き起こしておきながら、なぜ彼は笑みを浮かべているのか。
「貴様、現地判断処刑案件だぞ。これは」
羽坂はその問いを口に出すことなく、ただ冷たく告げた。だが、研究者はその答えを返さず、ただ目を閉じて深く笑みを浮かべていた。
研究者は、羽坂の冷徹な視線を受けながらも、あくまで余裕を見せ続け、やがて口を開いた。
「...どうやらこれは私の最後の瞬間なのかもしれないね。しかし、君たちにはまだ分かっていないことがある」
羽坂が銃を向けたまま一歩前に出ると、研究者はにやりと笑って言葉を続けた。
「君たちは私を包囲し、無力化したつもりかもしれないが、私一人がこの施設を支配しているわけではないんだよ。実は、私たちは...」
その瞬間、羽坂は目を細め、反応することなく冷静に待っていた。研究者は周りを警戒することもなく、どこか得意げな様子で話しを続ける。
「私の名前は岡田俊一、『新興技術開発機構』の上層部に属している。あの田中のような馬鹿な連中に指示を出していたのは、他でもない私たちだ」
「新興技術開発機構?」
羽坂はその名前に一瞬疑念を抱いた。聞き覚えはなかったが、その組織名が意味するものは容易に想像できた。おそらくは、政府の裏で暗躍している何らかの非合法な研究機関、もしくは秘密組織だろう。
「そうだ。私たちは新しい技術を用いて、次の時代を切り拓こうとしている。能力者たちの研究を続け、さらなる進化を目指すために、どんな犠牲も厭わない。そして、君たちのような小さな存在は、この計画の中でただの障害に過ぎなかったというわけだ」
岡田は自らの理念に酔いしれたような、虚ろな表情で語り続けた。だが、その横顔には、どこか狂気を感じさせるものがあった。
「要するに、君たちがここに来たこと自体が、私たちの計画の一部が少しばかり狂ったに過ぎないのだよ。君たちが…それも全くの偶然でここまで辿り着くとは思わなかったが、これもまた進化分岐の一環だ」
羽坂はその言葉に深い違和感を覚えたが、心の中で冷静に状況を整理する。研究者がこうして長々と話している間に、何かが起きることを察知し始めていた。
その時、佐藤が静かに足音を立てずに動き出した。羽坂の視界の端に、佐藤が背後から静かに近づいてくるのが見えた。研究者の注意が完全に羽坂に向いている今、佐藤には一瞬の猶予ができていた。
「何を言っても無駄だ、岡田...」
羽坂がそう言った。すると、まさにその瞬間。
「岡田 俊一、あんたを心神無断拘束禁止法違反及び遺体不法利用の容疑で現行犯逮捕する」
佐藤の声が低く響き、研究者が振り返る暇もなく鋭い動きで岡田に飛びつき、押し倒す。岡田は驚き、抵抗しようとしたが、佐藤は瞬時に彼の身体に圧し掛かり固定した。
「クソがッ!離せ!離せっ!」
岡田はとても佐藤には敵わない微弱な筋力を振り絞りながら、佐藤の手から逃れようとしたが、その力はすぐに制御されあっという間に頭まで地面にひれ伏した。
「お前、何が『進化』の為、だ?その愚かな理想のせいで、どれだけの命が犠牲になったと思ってる?」
佐藤の声には、いつものやんちゃな感じは全くなく、ただ強い怒りが込められていた。しかし、岡田はその怒りに対しまるで動じることなく、再びにやりと笑みを浮かべ、、話始めた。
「進化...そうだ、君たちには理解できないだろうな。だが、我々は進化を求めている。君たちがどんなに苦しんでも、それは何も変わらない」
その笑みは、ますます不気味で、狂気的に見えた。だが、佐藤は一切動じることなく、岡田の手首を締め上げ、制服のポケットから手錠を取り出した。
「お前のその言葉、全部取り調べ室で聞かせてもらうからな」
羽坂もそのやり取りをじっと見守りながら、静かに一歩後ろに下がった。佐藤が岡田の手を拘束し、羽坂もようやく深いため息をついた。
「手こずらせやがって」
岡田は、両手を拘束されて完全に動けなくなっていたが、その顔には相変わらずあの不気味な笑みが浮かんでいた。だが、その笑みにはもはや力が感じられなかった。彼は負けを認めたわけではない、むしろ彼自身が信じていた自分が存在する進化した人類の未来が崩れ去る瞬間を迎えていたのだ。
佐藤が岡田を引き立て、羽坂がその背後に続く。研究施設は完全に沈黙し、外界の音だけが微かに響く中、羽坂たちはその場を後にした。
―――憲兵事務所 地下捜査室
その空間は静寂に包まれ、どこか息苦しいほどに冷たかった。天井に据えられた暗い電灯が、ぼんやりとした黄色い光を放っている。部屋の中央には、鉄製の椅子に縛り付けられた岡田俊一の姿があった。彼の額には冷や汗が滲み、目は周囲を彷徨いながらも恐怖に見開かれている。
「おい、岡田」
羽坂がゆっくりとした足取りで彼に近づく。その手には無造作にバーナーが握られていた。青白い炎が時折「ボッ」という音を立てながら揺れ、岡田の顔を照らしている。
「俺たちは忙しいんだ。さっさと口を割れ。組織の指示系統、計画の全貌、全ての研究所の所在地、そして上層部の名前…全部だ」
羽坂の声は静かだったが、その冷たさがかえって岡田の恐怖を煽った。岡田は喉を鳴らしながら、必死に平静を装おうとする。
「く…くだらない脅しだ。お前らが何をしようが、私が話すわけがない…!」
だが、その声には既に震えが混じり、岡田自身もその虚勢が崩れるのを感じていた。
「そうか」
羽坂は微笑すら見せず、バーナーを机の上に置くと、代わりにそこに並べられた金属バットを手に取った。浅井と佐藤も無言で立ち上がり、岡田を取り囲む。その目は残酷で、容赦の欠片もなかった。
「くだらない脅しかどうかは、これから決まるさ」
浅井が机からペンチを拾い上げ、軽く試すように何度か握り込んだ。その金属音が耳に届くたび、岡田の体が小さく震えた。
「待て…待て、冗談だろう?これは違法だ、憲兵のやることではない!」
岡田は声を張り上げたが、その懇願には彼自身でも滑稽さを感じざるを得なかった。彼が率いていた研究施設で行われていた行為、要は能力者たちへの拷問に近しい非人道的な実験。それらと比べれば、この状況はまだマシと言えるだろう。
浅井は薄く笑みを浮かべ、椅子のひじ掛けに固定されている岡田の左手の小指をペンチで挟んだ。
「違法かどうかはお前にとってどうでもいいだろう。俺たちが知りたいのはただ一つ、お前が守ろうとしているその機密事項だ」
「やめろ…!話すわけにはいかない、私は…」
岡田の言葉が終わる前に、浅井が無造作に力を込めた。ペンチが小指の骨を砕き、鈍い音が部屋に響く。
バキッ!パキッ!
「ぐぎゃぁぁあああっ!」
岡田の絶叫が静かな部屋に反響する。彼は拘束された体をもがきながら椅子を揺らしたが、逃れることはできない。痛みの波が指先から全身に広がり、呼吸すらままならない。
「まだ余裕があるようだな」
浅井は冷静に言いながら、今度は左手の薬指をペンチで挟んだ。
「待て!待ってくれ!分かった、話す!話すから...!」
岡田は肩で息をしながら叫んだ。
「組織の名前は先程言った通り『新興技術開発機構』。政府のワクチン研究機関として偽装されているが、実態は能力者の研究と奴隷的使用を研究しているんだ」
浅井は手を止めたが、ペンチを放さないまま冷たい目で岡田を見下ろした。
「続けるんだ。早く!」
岡田は震える声でさらに続けた。
「私たちは、上層部の指示で田中や、他の研究者たちを動かしていたんだ。実験を繰り返し、能力者達に無賃金で、様々なことをさせられるように...」
彼の言葉は断片的で、所々で息が詰まるように途切れた。だが、内容は次第に核心に近づいていく。そのたびに羽坂たちの目が鋭さを増し、岡田の恐怖を際立たせていった。
数時間後、岡田はついに組織の全貌を明らかにした。だが、それが彼の命を救うことにはならなかった。
「これで全部だ。だから、だから命だけは…!」
岡田は涙を流しながら懇願した。
羽坂は静かに立ち上がり、机の上に置かれたP-51-YNを手に取った。その目には一片の感情も浮かんでいない。
「今更命乞いか。お前が実験場で、あのカプセルに囚われていた能力者たちにそのような機会を与えていたかせいぜい地獄で思い出すんだな」
岡田は青ざめた顔で首を振った。
「違う、違うんだ!私は命令に従っていただけだ!あれは私の意思じゃない...!」
「それは知っている。だが、命令に従うだけでも罪になる場合があるんだぞ?その理屈が通るなら、我々は今総統府の直接命令を受けた上で貴様らの様な者の尋問及び処刑を行っているから、お前を非人道的に扱っても俺たちに罪はないことになる」
羽坂は銃口を岡田の額に向けた。岡田は必死に身をよじり、この場から逃れようとしたが、椅子の拘束がそれを許さない。
「待て、やめろ!お前らは正義を守る立場じゃないのか!」
「正義とは、時に犠牲の上に成り立つものなのさ」
羽坂の引き金が引かれ、銃声が部屋に轟いた。岡田の体が崩れ落ち、部屋には静寂が戻った。
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