断罪の神力
seventh・Purge of the guilty
―――大和連邦第三軍事裁判所
冷たい静寂が、法廷全体を包んでいる。天井から差し込む淡い光は、厳粛さを際立たせ、裁判所の空間を冷たく鋭いものに変えていた。
ここは、大和連邦において最も厳格かつ権威ある裁きが下される場である、第三軍事裁判所。国家の存続を揺るがしかねない重犯罪者たちが裁かれるこの場には、容赦も情けも存在しない。
法廷の最上段には、大和連邦総統・霧島零が鎮座していた。その顔は冷酷そのものだ。彼の目には、被告人たちへの哀れみや怒りといった感情は一切映っていない。ただ、最終裁定者としての無感情な冷徹さだけが宿っていた。
その隣には、国家最高の人工知能「オモイカネ」に接続されたコンピューターが、無機質な輝きを放ちながら設置されている。電子的な音を微かに発し、裁判の進行を監視するそれは、まるで神の代理人のような存在感を放っていた。
裁判席の両脇には、連邦各軍事局の局長たちが並び、冷ややかな視線で法廷を見下ろしている。その厳格な視線は、被告人たちに圧倒的な重圧を与えていた。
中央には、憲兵隊の兵士たちが整然と並び、銃を構えた姿勢で待機している。その銃口は300人もの被告人に向けられていた。被告人たちは、中央に集められ、鉄製の枷に繋がれていた。彼らの目には恐怖と絶望が宿っており、冷え切った空気の中、震える肩を隠すこともできない。
その先頭には、この事件の首謀者とされる田中厚生労働局長の姿があった。彼は以前の堂々とした態度を失い、疲れ切った様子で顔を青白くしていた。その背後には、厚生労働局の高官や、この事件に関与した研究者たちが列を成している。
用意が終了すると、霧島が席を立ち、冷たい声を響かせた。その声には一切の情けも、赦しも含まれていなかった。
「田中厚生労働局長以下被告304名。貴様らは重大な罪を犯した。その罪状を細部まで明確にし、この場で裁きを下す」
霧島は一拍置き、続ける。
「罪状の詳細は、オモイカネより提示される。被告人らは、自らの行いに対する正当性を述べる機会が与えられるが、それが貴様らの運命を変えることはない」
田中は震えながらも、勇気を振り絞って前に進み出た。その動きはぎこちなく、彼の中にある恐怖が全身に伝わるようだった。
「総統閣下...」
田中の声は掠れていた。
「この計画は、国家の利益のために...連邦の未来のために必要だったのです。能力者の力を軍事的に活用することで、我々は世界の覇権を握れると...それが正しい道だと信じておりました...!」
「信じておりました、だと?」
霧島の声は冷たく響いた。その目には一片の同情もない。
「貴様が信じていたものとは、カプセルの中で呻き叫ぶ能力者たちの姿か?あるいは、薬漬けにされ、無残に命を散らせた孤児たちの姿か?貴様の信念とやらが我が国にもたらしたものは何だ?!」
田中は口を開こうとしたが、その言葉は喉の奥で詰まり、何も出てこなかった。他の被告人たちも、霧島の視線に射すくめられるようにうつむき、沈黙するしかない。
「証拠映像の公示を開始します」
沈黙した被告人たちに追い打ちをかけるように、霧島の隣に座るオモイカネが電子的な声を発した。直後、法廷の巨大スクリーンに、地下施設で行われた残虐な実験の映像が映し出される。
そこには、カプセルに閉じ込められ、苦痛に喘ぐ能力者たち。無理やり薬物を注射され、戦闘兵器として改造される姿。そして、実験の失敗により発生した無造作に積み上げられた死体の山等、克明に記録されていたすべてが映し出された。
それと同時に、法廷内には息を呑むような静寂が訪れる。映像が進むにつれ、被告人たちの顔色はさらに悪くなり、明らかな動揺を見せ始める。傍聴席に座る軍高官たちでさえ、無表情を装いながらも、どこかその惨状に目を背けたくなるような様子を見せていた。
「これが貴様ら言う『国家の利益』だというのか」
霧島の声は鋭く、法廷の静けさを切り裂いた。
「少年少女たちの命を弄び、人権を踏みにじり、国家の名誉を汚した貴様らの行いが正当化されるとでも思うのか?!」
田中は必死に弁解を試みる。
「違います!私たちは命令に従っただけなのです!この計画は上層部からの指示で!」
「上層部とは誰だ?」
霧島が問い詰めると、田中は一瞬躊躇した。視線を彷徨わせながら、何かを言いかけたが、結局は言葉を飲み込み、口を閉ざ
霧島は小さく息を吐き、オモイカネに目を向けた。
「罪状を告げろ」
霧島がそう命令すると、オモイカネの機械音が響き渡り、冷たく無機質な声で罪状が告げられはじめた。
『被告人、田中厚生労働局長を含む全被告人に対し、以下の13件の罪状が認定されました』
オモイカネはカメラを動かし、総統の表情を確認、分析した後、続けた。
『第一の罪状――人体実験の実施およびその指示。対象は未成年を含む、合計3,012名。内、生存者は167名、生存者全員が身体的および精神的に回復不可能な後遺症を負っております』
オモイカネの冷たい声が法廷を支配する。スクリーンに映し出されるのは、施設内で行われた人体実験の数々だ。悲鳴を上げる子供たち、薬物投与で失神する若者、改造された能力者たちが兵器として命令に従わされる姿――観る者の心を凍りつかせる映像だった。
『第二の罪状、未成年及び成年の不法拉致及び拘束。主に爆撃被害地から無断で移送された児童たちが対象』
映像が切り替わり、憲兵隊が収容所の記録から押収した資料が映し出される。行方不明となった児童たちのリスト、無造作に捨てられた元の衣服、そして、親を失い収容所に送られた直後に姿を消した孤児たちの数々。
『第三の罪状、違法薬物の開発および使用。これにより対象者に耐え難い苦痛を与え、多数が命を失いました』
スクリーンに再び移される映像には、実験台の上で薬物を注入された被験者が苦しむ様子が映し出されていた。悲鳴がスピーカーを通じて再生され、法廷の空気をさらに重くする。
『第四の罪状、施設内での大量殺人および死体の隠密処理による隠蔽』
映像には施設の廃棄室が映し出され、そこには袋に詰められた死体が山積みにされていた。映像に映る被告人たちが、命令の下、遺体を焼却炉へと雑に送り込む姿も克明に記録されている。
『第五の罪状、兵器としての児童の違法使用およびその開発』
オモイカネの声に続けて、戦闘用能力者の記録映像が再生される。薬物で戦闘能力を強化された被験者たちが、制御を失い、研究者たちを襲撃する映像に、傍聴席からはざわめきが漏れる。
『第六の罪状...』
オモイカネの声が続くたびに、スクリーンに映し出される惨状はより悲惨なものとなり、それを観る者の心に暗い影を落とす。
総統の顔が暗くなる度、被告人たちの間に緊張が走る。耐え切れずに顔を手で覆う者、涙を流す者、震える者、互いに何かを囁き合う者も居た。しかし、それらは彼らと彼女らの運命に一切の意味を成さない。法廷を支配するのは圧倒的な静寂と、総統の冷徹な視線だった。
「異議がございます!」
突然、田中が声を上げた。憲兵隊の銃口が彼に向けられるが、彼は怯むことなく叫び続けた。
「これは私だけの責任ではないのです!この計画は世界全体の...上層部の同意のもとに進められたのです!私を処罰するだけで、この問題が解決するという其のお考えは大間違いですぞ!」
霧島はその発言に微塵の表情も変えず、冷静に返答した。
「田中厚生労働局長。貴様は責任転嫁によって罪を分散しようとしているようだが、それは無駄だ。この場において裁かれるのは貴様自身の罪だ。貴様にとっての上層部への追及は又別の場で行われる。貴様がそれを知っていようが知っていまいが、関係はない」
再び場が静まり返る。田中の口は引きつり、視線を彷徨わせた。
その時、霧島が裁判長に軽くうなずき、裁判長が場を仕切る最後の声を発した。
「全被告人に対し、弁明の機会はこれを以って終了する」
傍聴席にいる観覧者たちの間に緊張が走る。処刑が現実のものとなる瞬間が近づいているのだ。処刑を恐れる被告人たちのうめき声が響く中、霧島零が立ち上がり、再び冷徹な声を響かせた。
「我々には、理性が存在する。国内の平和的秩序を保つための法もある。しかし、貴様らの行為はその全てを踏みにじった。大和連邦の名誉を、国民の信頼を、其れでも飽き足らず人間の尊厳をも冒涜した罪は、断固裁かれなければならない」
その言葉を聞き、田中の顔が蒼白になった。他の被告人たちも同様だ。それぞれの罪に向き合いながら、彼らの表情は絶望に染まっていき、静寂へと変わる。
少しの間を開け、裁判長の冷徹な声が法廷内の静寂を破り響いた。
「田中 大輔以下被告人304名に対し、以下の罪を言い渡す。」
裁判長はメモ用紙を一度、裁判台の上で点検し、総統に目配せした後、言葉を続けた。
「第一、違法な人体実験とその結果としての無数の命の喪失、またそれに関与した罪」
「第二、国家の安全保障を脅かす恐ろしい実験を行い、その結果を隠蔽した罪」
「第三、無辜の市民を実験材料として犠牲にし、甚大な被害を与えた罪」
「第四、違法な遺伝子改造及び人道に反する人体操作を行い、苦痛を与えた罪」
「第五、国家権力を乱用し、自らの利益のために数多の命を弄んだ罪」
「第六、能力者を人間として扱わず、兵器として操作し、理性と感情を奪った罪」
「第七、証拠隠滅と関係者の口封じを行い、その行為を隠蔽した罪」
「第八、国家の枠組みを乱し、私的な政治的野心のために社会構造を破壊した罪」
「第九、無辜の子どもたちを巻き込み、非人道的な虐待行為を行った罪」
「第十、他国との人道的外交支援関係を裏切り、連邦の名誉を汚した罪」
「第十一、軍事的機密を漏洩し、国家の安全を危険に晒した罪」
「第十二、無駄な争いを引き起こし、その結果として数万人の命を犠牲にした罪」
「第十三、連邦政府及び国民に対する反逆行為、及びその意図的な計画的遂行の罪」
裁判長の声は、ますます冷徹に響き、最後の言葉を吐き出すように言い放った。
「よって、被告に轢処刑を言い渡す。」
―――五番軍事処刑場
大和連邦三番軍事裁判所での判決が下された後、数時間が経過し、裁判所の外では重々しい静けさが支配していた。しかし、その静寂の中で、田中をはじめとする被告人たちは、処刑場に向かうための準備を進めていた。
装甲車の重い金属音が響き、判決を受けた者たちは手足を縛られ、押し込まれるようにその中に入っていく。全員が顔を伏せ、誰一人としてその視線を民衆の正面に向けようとはしなかった。無言のまま、装甲車は車輪を地面に響かせながら、処刑場へと向かっていく。
「連邦の名のもとに、ここで断罪を下すのだ」
霧島零の声が、耳に残る。
その声に続くように、田中たちはもはや自分が歩み寄るべき運命の最期が、着実に近づいていることを悟っていた。無言で縛られた手足が、車内で不安げに動くたびに、その確信は深まっていく。
装甲車が処刑場の一角に到着すると、待機していた兵士たちが一斉に出迎えた。被告たちは引きずられるようにして車両から降ろされ、一人ひとりが手足をしっかりと縛られ、地面に無理矢理押し倒された。冷徹な軍の指導の下、彼らは無理に並ばされ、何も言わずにその運命を受け入れるしかなかった。
「枕木状にこいつらを並べろ」
命令一つで、兵士たちは被告人たちをまるで物のように並べていく。各々がきつく縛られたまま、縦に並ばされ、顔を地面に向け、じっとその時を待つ。彼らの顔には恐怖と絶望が渦巻いていたが、それでもどこか虚無的な空虚さが漂っていた。だが、静かに待つ時間の中に、運命の足音が迫っていた。
そして、目の前に戦車が現れる。その巨大な金属の塊は、まるで彼らを飲み込むかのように、ゆっくりと進んでくる。戦車の足音が、地面を揺るがすように響き渡り、その響きと共に、被告たちの心臓が高鳴り、震え始める。
戦車の駆動モーターが静かに回転し、兵士たちは指示を待ちながら、冷酷に任務を遂行しようとしていた。田中をはじめとする被告たちは、縛られた手足が動かせないまま、戦車の姿をただ見つめるしかなかった。目の前に迫る死の影が、彼らの命を絶つ瞬間を待つ。それのみなのだ。
そして、ついにその瞬間は訪れる。
「執行せよ」
兵士の冷徹な声が響き、戦車のモーターが力強く唸りを上げると、巨大な履帯が地面を掴み、戦車が動き出した。速度を上げ、加速する戦車は、無抵抗な被告たちの上を直線的に進んでいく。その進行を止めるものは何もない。
まず最初に戦車の履帯が、田中の身体を踏みつける。その瞬間、彼の身体が圧倒的な力で地面に押し潰され、骨が砕け、肉が裂ける音が、無情に周囲に響いた。他の被告たちはその光景を目の当たりにし、恐怖に震える。だが、すでに彼らは動けない。そして完全に無防備な体勢で、戦車に次々と踏みつけられていく。
田中をはじめとする他の被告たちは、戦車の履帯の下で命を落としていった。鋼鉄の巨体がその上を駆け抜けるたびに、命が奪われ、身体が潰れていく。戦車の履帯は無情に踏み続け、何度も何度も彼らを引き裂いていった。その一瞬で、命は無に帰し、肉体は粉々に砕け散った。
しかし、戦車は無情にも進みつづけ、残る被告たちも同じ運命を迎えることになる。身体が圧迫され、血しぶきが跳ねる音が、ひとしきりの激しい轟音と共に響く。戦車が進み続けるその中で、もはや彼らの意識は完全に消え去っていった。
だが、その様子を見守っていたのは、単なる無感情の兵士たちだけではなかった。総統が近くに立っていたのだ。しかし、その顔には一切の感情が見えなかった。ただ静かに、その瞬間を見届けていた。
「...馬鹿な反逆者どもめが」
霧島は冷徹な目でその光景を見つめ、そして静かにその場を去った。
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