third・encounter
部屋を出た後、それぞれの武器を手に取ったD-2034以下36名の被験体たちは、持ち歩いている通信機で連絡を取り合いながら慎重に行動していた。しかし、彼らの状況は一筋縄ではいかなかった。能力の行使だけは一流と言えるが、実践でその力を活かせる者はごく一部――D-2034を含む数名に限られていた。残りの者たちはほとんどが戦闘の素人だったのだ。
「……この銃ってどうやって撃つんだろう?」
「いやだ……ナイフで人を刺すなんて、そんなの無理だ……」
彼らの中には明らかに戦意を欠き、震える手で武器を握りしめる者や、戦うことを躊躇する者も少なくなかった。迷いと恐怖が仲間たちの足を引っ張り始め、隊の進行速度は著しく低下していた。そんな中、事態をさらに悪化させる出来事が突然訪れる。
ガガガガガガッ! ダダダダダン!
突如として真横から敵の襲撃を受けたのだ。整備されていない動きと不用意な集団行動が仇となり、一瞬で損害が発生する。敵の狙撃は正確無比で、圧倒的な射撃能力と火力に支えられた攻撃によって、約半数の者がたちまち倒れた。
彼らが使用する銃弾はどうやら殺傷目的ではなく、麻酔弾のようだ。撃たれた被験体はその場で体が痺れ、力を失い、最終的には意識を失って倒れ込んでいった。加えて、敵は航空支援や宇宙からの戦略的な砲撃まで動員しており、その火力差は圧倒的だった。状況は絶望的に思えた。
しかし、その時――
「ファイア・ドーム!」
力強い声と共に現れたのは、完全に能力を使いこなしている被験体たちだった。火属性の能力を持つD-4621が、手を前に突き出しながら叫ぶと、青白い炎の巨大なドームが一瞬で形成され、敵兵たちを包み込むように襲いかかる。
「くそ……熱いっ!」
「ぐわぁぁぁぁぁ!」
高温の炎に触れた敵兵士たちは逃げる間もなく焼かれ、二人がその場で力尽きた。炎は周囲の敵兵を後退させるのに十分すぎる効果を発揮し、戦場に一時的な混乱をもたらした。
続いて行動を起こしたのは、水属性の能力を操るD-1254だ。彼は大和連邦軍の兵士を視界にとらえた瞬間両手を掲げてこう叫んだ。
「スクリュー・ストーム!」
その声と共に、手から発生した高速回転する水流が一直線に敵を目指して突進する。その勢いは凄まじく、命中した敵兵士の一人は成す術もなく空高く吹き飛ばされ、視界から消えていった。
さらに、次々と能力者たちが行動を起こす。雷の能力、水流操作、物体操作、炎能力――それぞれが自分の力を最大限に発揮し、敵兵士たちを圧倒していく。
「サイコ・ガン!」
「シビア・フロール!」
「デス・ミュージック!」
「サンダー・クロール!」
多彩な能力が次々と発動され、敵陣は混乱の極みに陥る。閃光と音響、激しい衝撃が戦場を支配し、敵の兵士たちは次第に制圧されていった。それでも敵も必死の反撃を試み、麻酔弾を撃ち続けるが――
「ヒール・バリア!」
弾がD-2034に届く瞬間、D-1634とD-1635の姉妹による防御能力が発動。二人の手から展開された光のバリアは、全ての麻酔弾を弾き返し、仲間たちを麻酔弾から守った。この能力により、戦況は完全に逆転しつつあった。
敵は圧倒的な力を前に混乱を隠せず、もはや勝利の可能性を見出せない状態に追い込まれていく。
「くそっ! 強いぞ!」
「引くな! 撃ち続けるんだ!」
互いに叫び声を上げながら、戦場の熱はさらに激しさを増していった――。
戦況は一時的に有利に傾いたが、敵の必死の反撃は止まらなかった。麻酔弾を撃ち続ける兵士たちの中には、既に撤退の意思を示す者もあれば、最後まで抵抗し続ける者もいる。だが、彼らの射撃精度はどんどん落ち、弾が外れる回数が増えていった。
「まだだ!諦めるな!」
「絶対にケガだけは負わせるな!彼らは保護対象なのだぞ!」
敵の指揮官らしき人物が叫ぶ。指示を出すものの、焦りが見え隠れしていた。その指揮の乱れを逃さず、D-2034は冷静に次の行動を決める。彼女は通信機を手に取り、冷静な声で指示を出した。
「全員、周囲を包囲するのよ。火力支援はD-4621に任せて後の人は攻撃に回って。」
彼女の指示に従って、能力者たちはすぐに陣形を組み直し、再び攻勢をかけ始めた。D-4621は引き続き火の力を操り、炎の範囲を広げ、前進していく敵兵士たちを焼き払っていく。
その時、D-1254が再び動き出した。
「ウェーブ・ストーム!」
今度は一層強力な水流を生成し、複数の旋風を一度に放った。旋風は次々と敵の兵士を巻き込み、無力化していく。その中で数名は足元を取られ、転倒してしまい、水流の力が加わることで、彼らは水ですべり、まともに動けなくなる。
だが、連邦軍にもまだ隠し玉があった。突然、彼らが持っていた武器とは異なる装置が爆音を立てて作動し、大きな爆発音が響く。敵の最後の切り札だったのだろう、その爆発によって、周囲の壁や天井が崩れ落ち、瓦礫の山が現れた。
「うそでしょ!」
D-2034はすぐに指示を出す。
「みんな、爆発物を避けで!落ち着いて行動するのよ!」
その指示通り、仲間たちは素早く爆発範囲を避け、瓦礫が降り積もる中で互いに連携を取っていく。だが、爆発の衝撃でまた数名が倒れ、麻酔ガスに暴露した者たちは意識を失い、戦闘不能に陥っていった。
「ヒール・バリア!」
D-1634とD-1635はその瞬間、再び力強くバリアを展開し、周囲の仲間を守った。だが、時間が経つにつれて、麻酔ガスの効き目が強くなってきた。
「私たちも倒れる前に決着をつけないと……」
D-2034は思わずつぶやくが、すでに疲労が顔に表れていた。しかし、彼女の目には強い決意が光っている。状況は悪化していたが、まだ全員が倒されてはいなかった。それを信じて、彼女は仲間たちに声をかける。
「みんな、もう少しよ。ここを突破したら勝利が見える。力を貸して!」
その言葉に応えるように、D-4621は再び炎を燃え上がらせ、前進する。水流を操るD-1254も、それに続くように水の力を駆使して敵の進行を妨げ、後方支援をする姉妹もまたバリアを展開し、仲間を守りながら進む。
敵はすでに限界に近かった。彼らの補給線も寸断され、支援も途絶え、焦りからか、更なる過剰な攻撃に出る者も現れた。しかし、それが逆に敵の指揮を乱し、最終的には逃げ出す者も出てきた。
「よし、いまよ!全員前進して!」
D-2034の叫び声と共に、最後の一撃を加えるため、全員が一斉に前進を始めた。仲間たちがその後に続き、最後の局面へと突入していく。
だが、大和連邦軍はそう簡単には負けなかった。
――重巡洋艦「夕張」CIC
艦内の空気は張り詰めていた。艦橋から伝えられる命令が次々に指示となり、CIC内の各部が素早くその情報を処理する。艦内の監視モニターに映し出されたのは、目標となる建物の詳細な形状および位置情報と、周囲で突入準備を開始している憲兵隊の姿。夕張は、これから行なう精密な砲撃とミサイル攻撃に備え、そのすべての手順を完璧に整えていた。
「目標、東高士孤児収容所第三棟三階右外壁。目標内には味方の憲兵隊と保護対象の能力者が確認されている。ターゲットに直接的なダメージを与えず、最小限の衝撃で建物の壁を破壊する方法を選定し、厳重に注意を払え」
艦橋からの指示が艦内に響くと、CIC内の全員がその内容に即座に対応を始める。指揮官の前で、エンジニアと火器操作員がスクリーンに注目している。命令は、砲撃とミサイルの発射タイミングを決めるものだった。
「20.3センチ三連装砲射撃用意。目標を破壊する。砲撃の精度を最大限に引き出せるよう、距離調整を行え。失敗は許されん」
司令官の指示のもと、夕張の艦内は一層の緊張感に包まれる。目標となる建物の壁は、ただの建物ではない。強固で、内部にいる憲兵隊や保護対象を守るため、精密な攻撃が必要だった。過去の経験から、どんなに破壊力の小さい砲撃でも、的確に制御しなければ保護目標及び味方を巻き込む危険が高い。砲撃で破壊できないことが確認されれば、ミサイルの使用も必要だ。
数秒後、艦内のスピーカーが作動し、砲撃の準備が整ったことを告げる。目標地点の地形、角度、建物の構造が計算され、次の瞬間、砲雷長の号令と共に重巡洋艦「夕張」のAGS主砲から一発一発が精密に砲撃目標地点を捉えた砲弾が発射される。
「目標、右45°、主砲、撃ちぃかたぁ始めぇ!」
「了解!目標、右45°、主砲、撃ちぃかたぁ始めぇ!」
――グワァン!グワァン!グワァン!
砲撃音が響き、数十秒後建物の壁面に強烈な衝撃が走る。だが、砲弾は決して無駄に建物を崩すことはなく、目標となる壁の一層目を破壊し、周囲に対する影響を最小限に抑えた。モニターには、その詳細な破壊状況が映し出され、CICの担当者が即座に次の攻撃の準備に入る。
「ミサイル発射準備、指示通り進行中...調整完了。いつでも行けます」
「了解した。AM-23、攻撃はじめ!」
「AM-23、攻撃はじめ!」
ミサイル発射の合図が出ると、艦の中で振動が起き、VLSから発射されたミサイルが高く上空に飛び立つ。その飛行軌道は、目標建築物の壁の二層目のみをピンポイントで破壊するために最適化されていた。
「インターセプト秒読み!三、二、一...マーク、インターセプト!」
「命中!」
直後、爆音とともに建物の壁がさらに崩れ、その内部に圧力をかけるが、無事に目標としていた壁だけが破壊された。その後、モニターに表示されたデータでは、憲兵隊の進行に支障がないことが確認された。保護対象の能力者も無傷であることがチェックされ、艦内のスタッフが一息つく。
「目標、ロストコンタクト!」
「マークキル!」
「目標破壊。全火器納め」
指揮官の声が響き、艦内の緊張が一瞬で解ける。しかし、次なる行動に備え、CICの中は再び緊張で埋め尽くされる。帰投命令が下るまで、乗員は動き続けた。
―――東高士孤児収容第三棟三階
ヒュウゥゥゥゥ...ドゴォォォン!グワァァァン!
何かの飛翔音が聞こえると、突然交戦していた3番棟の三階廊下の東側の壁が粉々に崩れ落ち、瓦礫が散乱する。爆風が周囲の空気を振動させ、煙と塵が一瞬で視界を覆う。大破した壁から現れたのは、黒い捜査服に身を包んだ憲兵訓練生の精鋭たちだった。彼らの先頭に立つのは羽坂大祐、その鋭い目つきが煙越しにも強烈な存在感を放つ。
「突撃するぞ。全員、指定された目標を確認しろ!」
羽坂の低い声が部隊に響き渡る。だがその声にはどこか不器用さが混じり、部下たちは微かに苦笑しながらも迅速に行動を開始する。
その中で突然、浅井健司が機関銃を構え、叫び声を上げた。
「死n...ゴホン、楽園でねんねしなSHITな子猫ちゃん達!」
彼の指が引き金に触れると、機関銃からは大量の麻酔弾が飛んで来る。
ダダダダダダダ!
麻酔弾を放つ弾丸の雨がD-2034たちの方向へ降り注ぐ。音が施設内に反響し、壁を撃つ弾の音、床に跳ねる薬莢の音が響き渡る。能力を駆使する者たちは辛うじて攻撃を回避しようとするが、その弾幕からは逃れられない。
「散開して!」
D-2034が叫ぶが、彼の指示を聞く間もなく、仲間の一人が弾を受け、即座に意識を失って倒れ込む。
その時、羽坂が背後に控える西籤栄治を振り返る。
「西籤、やれ」
西籤は静かに頷き、札を張り付けた手のひらを天に向けて掲げる。静かな祈りの言葉を口にすると、その身体から柔らかい金色の光が広がり、生まれつきの彼の能力である加護の力が部隊全体に行き渡った。
弾丸の軌道はより正確になり、足元に転がる瓦礫さえ彼らの進軍を妨げることはなくなった。一方、D-2034たちは何か異様な不運に見舞われ始めた。能力の発動が遅れ、動きがぎこちなくなっていく。
相手にも能力者がいたことに驚愕し、D-2034達が少したじろいていた次の瞬間、佐藤啓二が施設の迂回路から姿を現した。
「あんなファンタジーな攻撃、まるでゲームみたいだな、ちょっと当たり判定がシビアだけど仕方ない」
彼はまるでゲームキャラクターを操作するように襲い来る炎や毒、旋風をも全く恐れずに能力者たちの背後から接近し、次々と麻酔弾を発射する。避ける間もなく、何人かの能力者がその場に倒れた。
「みんな!後ろから敵が!」
D-2034が叫んで注意を促すが、そのころには既に仲間の半数が眠らされていた。其の上、残りの者たちもパニックに陥り、まともな反撃すらできなくなっている。
そうして混乱しているうちに、彼らにとっては敵である大和連邦宇宙軍の指令センターでは宇宙軍の戦闘支援が進行していた。
――大和連邦宇宙軍紀伊区第二基地指令センター・波番セクター管理室
ヴィー!ヴィー!ヴィー!
『高軌道宇宙無人戦闘衛星「黒天」搭載の高精度レーザー兵器を使用した攻撃命令が総統府より発令された。総員、発射準備を開始せよ』
黒天開発主任及び運用主任の岡田 圭史中将が部下に見せられたタブレットの画面を見ると警報発令ボタンを押しながらインカムに向けてそう叫んだ。その瞬間、波番セクター管理室は一瞬にして緊張に包まれ、約120名の人員が一斉に指令コンピュータへの諸元入力を開始する。
カタカタカタカタ...タタタッ...
キーボードを高速でたたく音が周囲から聞こえ始め、数秒後にはその音が指令室全体を支配した。十数分後、岡田のもとに部下がやって来て、諸元入力の完了と、攻撃目標の状態を伝えた。
『これより攻撃を開始する。目標は固定目標、偏差不要。
『攻撃はじめ!』
サブオペレーターによる命令の複唱が完了し、岡田が二つの火器管制キーに鍵を刺して回すと、同時に発射ボタンが押され、付近に存在する波番管制センターが管理する六つのパラボアンテナから高軌道で周回している「黒天」に情報が送信された。
数秒後、命令を受信した黒天は被弾面積を縮小するため太陽光パネルを収納し、バッテリー駆動に移行。スラスターを全開にし、目標地点に急行した。
パシュゥゥゥイィィィィン...
目標直上に到達すると、宇宙空間に存在する
十二秒後に集積した
『目標の完全破壊を確認。全火器納め。念のためデコイ及びフレア射出。軌道調整を開始せよ』
火器管制官がそう言うと、軌道操作員以外の者は肩の力を抜き、安堵の表情を浮かべた。
「情報提供のために強硬偵察を敢行してくれた空軍に感謝を伝えておいてくれ。総員気を抜くなよ!」
「はっ!」
そのころ東高士孤児収容では高軌道の黒天から放たれたレーザーが電力予備発電施設及び送電線のみを精密に完全破壊し、能力者側は混乱に陥っていた。
「よし、これで保護対象の遅視能力と本丸が操作する電気処刑装置は停止したぞ!総員ナイトビジョンを起動しろ」
羽坂がインカムに向けて話すと、指揮下の三人も瞬時にゴーグルをナイトビジョンモードに切り替え、再び戦闘を開始した。元々数が少なくなっていた上、完全な暗闇に慣れていないD-2034以外はほぼ戦闘不能に陥り、次々と制圧されていった。
「そんな...今まで頑張ってきたのに...」
D-2034は絶望の表情を浮かべながら、周囲を見回した。もはや自分以外に動いている能力者は圧倒的な力を持った大和連邦軍の能力者しか存在しなかった。
しばしの沈黙ののち、動くことが恐怖のあまりできない彼女に対して連邦軍の兵士の中の一人、能力を使っていた男性が口を開いた。
「僕は西籤だ。初対面でこんなこと言うのはちょっとあれかもしれないけど、君の気持ちは痛いほどわかる。今まで口をきいていなかったとはいえ、苦楽を共にはしてきた仲間の仇を取りたいと思うのは当たり前だ。でも考えてみてほしい。君たちを改造した人間たちはさらに多くの人を傷つけるために君たちを使おうとしたんだ」
そういって最後に残った少女を西籤が諭そうとするが、西籤たちを睨む眼差しは強くなるばかりで、全く効果が表れていない。
「馬鹿、小学校の教師みたいなこと言っても思春期の女の子は動じんよ。俺に任せろ」
そういって浅井が少女の前に進み出た瞬間、少女がこう叫び、浅井の喉笛にナイフを突き刺そうとした。
「私はあなた達が嫌い。だから殺すんですッ!」
しかし、その勇敢な行動は完遂されることはなかった。
後方から間合いを詰めた羽坂が無言で刀を一閃き、その刃先は少女の身体を傷つけることなく、軽くみね打ちする形で首元を捉えたのだ。
「……おやすみだ。」
少女の身体はそのまま床に倒れ込んだ。戦いは終わり、静寂が戻った。
羽坂は刀を納め、部隊に指示を出した。
「保護対象と味方兵士全員を収容し、温かい食事を用意しろ。味方の遺体は保護バッグに入れて丁寧に輸送するんだ」
煙が晴れる中、羽坂たちの部隊は完全に制圧した施設内を歩き回り、無力化した能力者たちを次々と収容していく。戦いの終わりを告げる足音が、廃墟となった施設に響いていた。
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