second・first fighting
ちょうど12時間後、東高士孤児収容所へ続く山道に、陸軍と陸上憲兵隊の合同部隊が展開していた。大量の足音と電気モーターの音が夜の静寂を破り、兵士たちが規律正しく進む。指揮官は山川隆明陸軍少佐で、彼の隣には憲兵隊少尉、桐生拓真が陣取っていた。二人の間には、作戦の進行を巡る緊張感が漂っている。
「目標施設は23キロ先だ。このまま強行突破するぞ。準備はいいな?」
そう山川が言うと、桐生が賛成しつつ、質問をする。
「了解です。大尉。しかし、航空軍からの情報では、施設付近に能力を持つ保護対象がうろついているとのことです。それを無視して突撃するのは愚策でしょう」
「馬鹿、そのためにお前たちがいるんだろう。対異能力部隊がいなければこの作戦はそもそも計画されてもいない」
桐生の質問に対してそう答えた桐生は肩をすくめながら部下たちに指示を出した。憲兵たちは急遽工廠で製造された対異能力・魔力遮断ゴーグルや携帯型魔力・電気信号妨害装置を装備し、未知の敵に対して常に警戒をしている。
その後、合同部隊が目標より丁度15キロ離れたアルファ地点に30分ほどで到達した瞬間、突然視界が歪んだ。空間が奇妙に揺らぎ、風の流れさえも静止する。予算不足でゴーグルが行き渡っていなかった憲兵以外の通常兵士たちは声を上げる間もなく、彼らは一瞬でその場に凍りついたように動かなくなった。
「恐らく保護対象が能力を行使したのだ!直ちにヲ番司令部に情報を伝達し、対応に当たれ!」
山川がそう命令すると、それぞれの班長が部下に命令を下し始めた。
「目標は付近にいるぞ。総員、捜索を開始しろ!」
それぞれの班長に命令された憲兵たちが周囲をサーマル機能を使って周囲を捜索すると、数分後、恐らく「物体の動きを停止させる能力」を行使したのであろう中学生くらいの少女が2キロ離れたの大木の上に仁王立ちをしてこちらの様子をうかがっている様子が確認された。
指揮装甲車に搭載された望遠カメラが指定された方角に指向すると、能力者の姿がはっきりとわかるようになった。
目標は黒い髪を腰まで伸ばした小柄な少女で、オレンジの病服のようなものをまとっていた。瞳は能力行使能力の付与の影響か、真紅の光を放つように変異している。
桐生がゴーグル越しにその光景を捉えると、こうつぶやいた。
「あれが時間停止能力者か……厄介だな。」
「くそが!特殊班を前に!」
山川が命令すると憲兵隊の班の中の一つが前に出て、妨害装置を作動させた。高周波音と電波が空間を震わせると、少女の赤い目が一瞬驚きに見開かれる。周囲二キロメーターの歪みが微かに正常に戻りかけ、、能力が力を弱めたことが確認された。
だが、次の瞬間、彼女は装置の動作範囲外に浮上し、能力行使妨害から脱した。
『……帰れ!……誰もここに近づくな!』
指向性遠距離用マイクから聞こえる彼女の声は幼いが、憎悪と恐怖に満ちていた。その叫びと共に、再び彼女の周囲の時間が止まったように感じられる。だが、それをも上回る出力を持った妨害装置の効果がじわじわと彼女の能力を侵食し始め、ついに能力を無効化した。
無効化を確認したという意味の合図を送ると、事前に目標の視界外に回り込んでいた通常部隊の二人が麻酔弾をYS-37狙撃銃から発射しようと準備をし始めていた。
彼は部隊内で最も狙撃を得意とする軍歴36年のエリート兵士であり、今回の作戦でもその特技を活かすべく、時間停止能力を持つ少女の背後に回り込んでいた。まるで真夜中に獲物を狙う獣のように二人は忍び寄り、観測手は少女の動きを双眼鏡で追いながら狙撃手に風向き等の情報を伝える。
一方狙撃手である彼は引き金を右手に掛け、左手で三脚を支えていた。YS-37狙撃銃は、長距離狙撃のための長めの全長と7.6粍の大口径弾を発射できる静穏性に優れた狙撃銃で、制圧用麻酔弾などの繊細な特殊弾薬の装填が可能となっている。
そして今、彼が装填しているのは7.62×63粍 .30-06スピリットフィールド弾をコピー・改良した素式30-89制圧用麻酔弾だ。この弾薬は高精度な上、10糎離れたところから聴音してもほぼ聞こえないという圧倒的に隠密性に優れた銃撃が可能で、異常能力者への対策として最適とされている。
そして数秒後、少女が手を振り上げ、再び能力を行使しようとする瞬間にできた僅かな隙間を見逃さなかった。彼は標準器の中心に少女が僅かに背を向けた瞬間を捉えると、その瞬間、彼はYA-89自動小銃の引き金に指をかけた。
銃口は一瞬にして標的である少女の肩口に狙い定める。田辺の指が引き金を引くと、銃は全く反動と射撃音を感じさせないほどスムーズに発射された。
パシッ!
射撃音は驚くほど静かで、まるで紙飛行機を少し早く投げるような軽い音だ。発射された弾は、標的に向かって一直線に飛翔し、空気を切り裂くように進んでいく。その弾を能力で停止させることは、向かってくる弾丸に気が付いていない少女には不可能だった。
麻酔弾は、途中で空気を高速で切り裂くが、それでも弾丸はほとんど音を立てずに進み、目標へと着弾する。少女の肩に弾丸のノーズがピタリと命中した瞬間、麻酔弾のゴム製ノーズの中に仕込んであった針に塗られた成分が瞬時に身体に浸透し、彼女の神経系統に作用し始める。
少女は驚愕し、肩の痛みで顔を歪ませる。そして、すぐに彼女の体が震え、次第に足元が揺らぎ始める。麻酔の効力がじわじわと浸透していくと、彼女はついにフラフラとバランスを崩し、膝から崩れ落ちた。
その瞬間、時間停止能力の歪みが一瞬で完全に解ける。周囲の空間が元に戻り、物体が再び動き出す。
狙撃手と観測手が戻ると、注射器に収められた鎮静剤が、少女の腕に刺される。少女は叫び声を上げ、体を震わせた。数秒後、瞳の色が黒に戻ったことを確認されると、少女は看護婦の手で担架の上に乗せられた。
「確保完了。記憶処理剤を投与しろ」
桐生が命令すると、部隊は銃口を向け続け警戒態勢を続行しながらも、後ろからついてきていた救急車から降りてきた医師が速やかに記憶処理剤を投与した。
「これでようやく前進できるな」
山川はそう言うと、全部隊に再度の整列と前進を命じた。が、その瞬間獣に似た何かの狂気じみた叫び声が夜空に響き渡り、濃い霧が立ち込め始めた
兵士たちは声が聞こえた方向に各個射撃を開始するが、一向に倒れる音が聞こえる気配はなく、霧の中から鋭い爪を高速で飛ばす攻撃によって負傷者が増えるばかりだった。
ビシュッ!シュン!シュン!
「ぎゃあっ!肩がっ...」
「畜生、大丈夫か鹿田!」
「ゴハッ...うぐ...」
通常部隊の兵士が三人ほど倒れると、霧の中から熊のようなチョコレート色の巨体が現れた。しかし、その熊は勿論只の熊などではなく、顔に高校生くらいの少年と思われる面影が残った正真正銘の人面動物であった。
やはりもともと人間だったのであろう獣は、勝利に近しい状況を理解して雄たけびを上げ、更に追い打ちをかけようとした。だが、それは山川の命令で向かって来た味方の戦車の重い走行音でかき消される。山川は自分の無言の命令で戦車が獣に向かって加速していくのを、ただ何も思わずに見つめていた。
山川は目を閉じ、一瞬だけ息を呑んだ。心の中で、もともと人間だったであろう少年がどのような過程で獣の姿にされたのか、どうして人間の優れた点である理性を失わせたのか、等という様々な思いが駆け巡る。しかし、そんな思考はすぐに無意味だと感じるようになった。
この状況において、感情を挟む余地などない。制圧するための麻酔銃が効果をなさない元少年が暴れ続け、周囲の兵士の命を脅かしている以上、選択肢は一つしかなかった。理性を失い、獣と化した少年が再び急造の薬ごときで人間らしさを取り戻すことは不可能だと判断し、処分することだ。
「これは…仕方ないことだ」
山川は心の中で、少年の痛みを悼みながらも、冷静に指示を出していた。戦車が加速し、少年に近づく。目の前で、その熊のような巨体が重い音を立てて接近してくるのを見て、戦車兵が再び無線を通じて確認する。
『こちらケー213号車、こちらケー213号車、目標を処分する』
言葉に感情はない。無情な命令確認が、ひときわ冷徹に響き渡った。
数秒後、重い金属の轟音と共に、人面熊が最後の痙攣を見せた。
「ダァァァァァズゥゥゥゥゥケェェェェテェェェェェ!イダァァァァァァイ」
少年の体がその巨大な車輪に押しつぶされ、無残に地面に押しつけられる。その瞬間、山川は目を背けたが、その心の中で一つだけ確信していた。この決断は、彼ら全員が生き延びるために必要だったことを。
「殺ったか...」
山川は呟くように言った。心に重く響く断末魔が、一つの生命を終わらせたことを実感させる。
だが、その後の静寂は、どこかに空虚さと冷たさを残していた。
その後も無事に部隊は前進し、目標が目と鼻の先まで迫った時、部隊の士気を高めるために山川が先頭に立ち、部隊全員に命令を下した。彼の声は冷徹でありながら、厳格に響き渡る。
「目標施設はすぐそこだ。全員、無駄な動きはするな。素早く、確実に突入する。田中元厚生労働局長の私兵たちはすでに命令を受けて待機している可能性が高いため、戦闘は避けられない。だが、此れは国家の為になる事だという自覚を持ち、それを成就するためには同胞を殺してでも全力を尽くすという覚悟を持つのだ。分かったな⁉」
「「「「「「「「「「ハッ!」」」」」」」」」」
山川が演説を終えると、桐生が一歩前に進み出て、無言で部隊を引き連れる。先程とは違い彼の目は殺意そのもので、無駄な感情が一切見えなかった。
目の前に広がる施設の門が、いよいよ迫ってきた。建物は真新しく、周囲には無数の監視カメラと鉄条網が張り巡らされている。田中の私兵たちはその背後に隠れているのが明らかだった。
敵の兵士たちは全員、防弾チョッキを着込み、手には自分たちとは違い実弾が装填された火器を握っているであろう。彼らはおそらくこの施設の防衛を最優先しており、侵入者を即座に排除する覚悟を決めている。
山川は無線で指示を出した。
『総員、突入準備。初動を合わせろ』
そう無線で命令された部隊が突入準備を開始した直後、突然、施設の向こう側から発砲音が響く。数発の銃弾が空気を切り裂くと、すぐに煙幕が放たれ、周囲は一瞬で視界を遮られた。桐生は冷徹な表情を崩さず、部隊に指示を出す。
「煙幕に放水した後、突入しろ!」
命令を受けると兵士たちは装甲車からの放水で煙幕が薄くなった瞬間、一斉に動き出し、それぞれ進行方向を定めて突入を開始した。
さらに、増援の装甲車の側面が開き、部隊が次々と降り立つ。隠密行動の達人である先程の狙撃手も建物の裏側から姿を現し、施設の壁に沿って素早く移動する。
その時、不意に施設内から銃声が鳴り響く。それに続いて、数名の私兵たちが視界に現れ、部隊に向かって銃を乱射した。瞬時に対応した桐生は、周囲の兵士たちに指示を出す。
「敵は正面に数名。各個方角を決めて射撃開始!」
銃撃音が空気が震わせて響き渡る。部隊員たちは射撃を加えながら、素早く遮蔽物に身を隠し、前進を続ける。次々に私兵たちが倒れていくが、施設内にはまだ多数の敵が潜んでいることが明らかだった。
「左側に敵の増援だ!障害物を利用して攻撃しろ!」
桐生が叫び、部隊員たちは左右に分かれ、敵の攻撃をかわしながら攻撃する。再び銃撃が飛び交い、兵士たちは何度も身をかわしながら進む。その中で、田辺は壁を使って素早く移動し、私兵たちの後ろを取る。
「気が付かないでくれよ...」
田辺は低い声で呟きながら、最適なタイミングを見計らって敵を排除していく。彼の動きはまさに影のように素早く、音も立てず、次々に私兵たちを背後から射殺していった。
一方、桐生と山川は正面から突入を続けていた。彼らの前に立ちはだかるのは、重武装の私兵たち。だが、桐生は一切の迷いなく部隊員を指揮し、手加減無く攻撃を加える。
「前進!奴らを一気に叩け!」
兵士たちは一斉に火力を集中し、私兵たちの動きを封じる。山川は周囲を警戒しながら、進行の指示を出す。
「敵の数が減ったが、まだ建物内にいる可能性が高い。進むぞ!」
施設内での戦闘は続く。兵士たちは屋内に進入し、慎重に構内を制圧していく。だが、田中の私兵たちも必死に抵抗していた。彼らは施設の奥へと引き込み、最後の防衛戦を展開していた。
「こっちだ。田中の私兵は奥にいるぞ!」
桐生の声が響き、部隊は一気に施設の奥へと突入した。
――東高士孤児収容所内部
そのころ、「遅視」の能力を手に入れたD-2034を含んだ、とりわけ優秀だとされた能力持ちの少年少女たち40人が地下のミーティングルームに集められていた。
「君たちも警報を聞いていただろうが、今この孤児院は我々の功績を横取りしようとする悪魔のような集団に襲撃されている」
「...だ、だったら何なんですか?何をすればいいんですか?」
「そうか、わからないのか...こっちに来てごらん。D-2132」
手を挙げて質問をした一人の少女が湯川に呼ばれ、演説台の近くまで行くと、唐突に後ろから忍び寄った研究員に腕輪を装着された。
腕輪が光り、しっかりと装着され、起動したことを確認すると湯川が手元のスイッチを押す。
その瞬間だ。
ビリリリリリッ!バチィン!
「きゃぁぁぁぁっ!」
その少女の身体に電流が走り、一瞬で黒焦げになって死んだ。
「え...なんで?」
「なんであんなことをするんですか!」
「あの子は質問をしただけなのに!」
ガガッ!ダダダン!ダァン!
そう言って声を上げた者も3人居たが、全員瞬時に私兵に射殺されてしまった。その後30秒ほどの沈黙の後、湯川はD-2132の死体を踏みつけながら唐突に口を開いた。
「君たちは平和のためにここを守らなければいけないんだよ。さあ、これを付けて戦うんだ。苦しんで死にたくなければ」
その湯川の言葉に恐怖を感じたD-2034を含む残りの36名は、おとなしく配られた腕輪を装着し、それぞれ渡されたナイフや銃、能力増幅装置を持ってうつろな目で部屋から出て行ったのであった。
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