first・meeting
この出来事から二年後、少年少女が残虐な実験に苦しむ中、桜義市に存在している総統府の会議室で総統会議が始まった。重苦しい雰囲気が漂う中、厚生労働局長、田中大輔が自信満々に計画を発表し、会議室のモニターにその計画の詳細が映し出される。
「私たちは、新たな戦争において、民間人の犠牲を最小限に抑えつつ、国の兵力を最大限に活用する為、能力を持つ者を訓練し前線に送り込むべきです。この能力者達を有効に活用できれば、敵の通常歩兵、回転翼機、固定翼機等に対して圧倒的な優位性を確保できます。これにより、地上戦局は完全に我が国の支配下に置けるはずです」
田中局長は情熱的に語りながら、計画の有効性を強調した。
しかし、彼の発言が終わると同時に、懐疑的な視線が集まり始める。
「厚生労働局長」
まず最初に憲兵局長の藤田平地が冷静に口を開いた。
「そのような兵器、いや、単なる人間を使った実験が、いかに危険であるか理解しているのか? 人間に無理矢理適応した能力を戦争に使うことは、倫理的にも、社会的にも受け入れられるものではない。君が提案しているのは、戦場での一時的な優位性、そしてプレゼンスを得るために、守る対象であるはずである無辜の一般市民を道具として使うことだ。私たちの国が、そのような残虐非道な実験を少年少女に対して行うことを許容すべきではない」
憲兵局長の声には、普段の冷徹さと冷静さに加えて、少しの怒りも込められている。彼は兵士や民間人を守る立場として、この計画に強く反対していた。
次に、陸軍局長の西村一郎が口を開く。彼は若年のころの軍事の最前線での経験が豊富で、常に兵士たちの命を第一に考えていた。
「田中局長、貴様の提案は、単なる兵力強化にすぎないのだぞ。これがどれほどのリスクを伴うかを考えてみろ。能力者を使った兵力強化が進めば、それを駆使する者たちが次第に精神的な負担に耐えられなくなるだろう。そのような兵士たちが戦場で戦った結果、何が起こるか想像するんだ。精神的に破綻した能力者が軍を離反し、我々に牙を向ける可能性がある。これは貴様がいつも突撃狂と呼んでいる私でも分かることだぞ!貴様がやっていることは鬼畜敵国と同等であるのだっ!」
西村は、戦争における能力持ち兵士の心身の健康と、その管理に対して深い懸念を抱いていた。彼は優秀な現実主義的戦術家であったが、兵士の扱いに関しては非常に慎重であった。
海軍局長の酒匂幸男もまた、この計画に反対していた。彼もまた能力者の話を聞き、はっきりと本人に希望することを確認した後、安全策をとって施術をし、睡眠が不要となった能力者による海上戦力の強化を考えていたが、今回の計画には賛同できなかった。
「田中、君が言う通り、能力は一時的な戦力向上にはなるかもしれない。しかし、長期的に見て、西村局長の言う通り、これは能力持ちではない兵士の精神的な崩壊を引き起こすことは明らかだ。これが全国的に広まれば、我が国の戦力が持つ本来の強さ、精神的余裕が失われる恐れがある」
そして酒匂の次に発言した宇宙軍局長の田島誠は、慎重に言葉を選んだ。
彼も五日前ほどに田中の計画を耳にし、宇宙でも活動できるように本人の同意のもと改良された兵士を使用した宇宙戦争の将来性を信じていたが、何の罪もない少年少女を強制的に兵器にするこの計画には異議を唱えるべきだと考えていた。
「強制的に能力を持たされた少年少女が戦場に出るということは、単に一時的な戦術の問題ではない。君の計画が実行されると、それは他の国家、とりわけ人道を重んじる重要なパートナーである日本との関係にも影響を与えるだろう。我々の国が非人道的な人間兵器を使用するというレッテルを貼られることが、外交上のどのような結果を生むかを考慮しなければならない」
田島局長は、国際的な影響と戦争の倫理に対して鋭い意見を述べた。
すると、突然その場に一台の巨大なモニターが光り、合成音声が響き渡る。
「恐縮ですが計画は誠に危険です。厚生労働局長」
オモイカネの冷静な合成音声が、会議室全体に響き渡る。
「能力は、戦術的には一時的な優位性をもたらすかもしれません。しかし、それは国家の未来にとって致命的なリスクを伴います。人間を道具として扱うことで、我々は道徳的な崩壊を招き、最終的には戦争を加速させる結果となりえます」
オモイカネは冷徹な論理で、計画の危険性を一刀両断にした。
そして、最後に最も重大な決定権を持つ人物が口を開いた。総統である霧島零だ。彼はその冷徹な眼差しで会議を見渡し、しばしの沈黙の後、声を上げた。
「私は反対派に同意する」
霧島総統の言葉は、会議室内の空気を一変させた。
「田中局長、君の提案には一つの問題がある。我が国の未来を考えたとき、兵力強化のために強制的に人民を道具として使うことは、我が国の倫理観を破壊し、発展を妨害する重大な反革命的思想に他ならない」
総統の言葉に、会議室内の反対派の顔には安堵の表情が広がった。総統の決断は、反対派の意見を支持し、計画を真っ向から否定するものであった。
この瞬間、田中大輔はその場に立ち尽くし、言葉を失った。彼の人生を賭けて精緻に練られた計画は、総統と反対派の意見によってあっけなく否定されたのであった。
ガシャリと椅子から立ち上がる音がすると、田中の顔が真っ赤に染まりはじめた。彼は歩いて行って会議室の扉を激しく開けると、会議室内の冷徹な目線から逃れるように、まるで物理的な圧力を感じるかのように、扉を乱暴に閉めた。その音が、静まり返った会議室に響いた。
カッカッカッ...
廊下に出た彼は、息を荒げながら足音を鳴らして歩き続けた。その足音は、彼の内面の動揺と怒りを反映していた。自分の計画が完全に否定されたことに対する激しい怒りが、彼の胸を締め付けていた。
「どうしてあんな下等な連中に…!」
田中は心の中で呟き、会議室での出来事を思い出しては激しく歯を食いしばった。オモイカネの冷徹な意見、総統の無情な言葉が、彼の頭の中を何度も繰り返し流れていく。
ようやく自室に戻ると、田中はドアを勢いよく閉め、体を壁に叩きつけるようにしてソファに座り込んだ。手は震えており、今にも何かを壊したい衝動に駆られていた。
「馬鹿げてる…あんな奴らに私の尊大なる計画を否定されたくはなかった!」
田中は、座ったまま両手で髪を掴み、顔を覆ってうめき声を上げた。そのまま、テーブルの上にあった資料を乱暴に振り払って床に散らかし、部屋中に散らばる紙の束を見て、さらに怒りがこみ上げた。
「どうしても…どうしても、この計画は成し遂げなければならないんだ!」
彼は声を荒げ、部屋の隅にあった椅子を蹴飛ばして倒した。椅子が床に叩きつけられ、その音が響いた。
「奴らはなぜこの革新的且つ素晴らしい計画を理解しないのだ!」
田中は手にした資料を再び握り締め、力任せにそれを押しつぶした。ビリビリと資料が引き裂け、紙片が床に飛び散った。その中に散らばる計画書が、彼の心の中の完全な崩壊を象徴しているかのようだった。
「こんなところで終わるわけにはいかん…私は絶対にこの案を通して見せる!たとえ総統に反逆してでも!」
彼は荒く息を吐き出し、震える手を力強く握りしめながら立ち上がった。机の上にある通信端末に手を伸ばし、誰かに連絡を取ろうとする。しかし、すぐにその手が止まり、しばし考え込むように頭を抱えた。
「もう一度だけチャンスがあるはずだ…必ず、あの連中を潰してこれを通す方法を見つけ出す」
その言葉は、彼の心の中で決意を固めるように響いた。そして、部屋の中の荒れ果てた状況を見つめながら、彼はしばらく動けずにいた。
盗聴器と小型カメラが彼を監視、会議室に中継していることも知らずに...
田中が出て行った後の総統会議室では、机の前には、総統が座り、ひときわ重い空気の中で慎重に思案していた。背後には、憲兵隊諜報課長である協力者呂‐129、そして陸、空、海、宇宙軍の各軍局長が集結している。
「総統、リアルタイムの現地中継を見ての通り、田中局長が独断で少女兵器を使用し、大和連邦政府転覆を目論んでいることが盗聴器及び小型カメラからの情報で判明しました。彼は既に、東高士孤児収容所に兵器として育てられた少年少女たちを動員し、勢力を拡大する準備を開始しています」
呂‐129は、詳しくその情報を告げた。言葉の一つ一つが重く、胸に響く。
霧島零は、背中をまっすぐに伸ばし、冷静にその報告を受け止めていた。彼の目は鋭く、すでに次の一手を考えている様子だった。
「あの馬鹿は愚かなことをしてくれる…だが、これは予想の範囲内だ。奴の野望を止めるためには迅速且つ厳密な対応が必要不可欠だ」
総統の声音には、自らが築き上げた国家を破壊しようとした者たちへの暗く、深い怒りが滲み出ていた。
「我々の調査によれば、東高士孤児収容所の地下には、数十名の能力持ちの少年少女が厳重に隠されており、厚生労働局長が彼らに総統府を襲撃させる準備をしているという情報もあります」
呂‐129はその一部始終を詳細に語り、計画の危険性を再確認した。
「私たち陸軍の精鋭部隊を派遣し、収容所を迅速に制圧することを提案します。兵器の数が限られているなら、我々の地上部隊で迅速に突破できます」
高田局長は、力強く進言した。彼の姿勢には不安の色は見えなかったが、依然として慎重に動かなければならないという意識はあった。
「空軍としては、まず上空からの偵察を強化し、収容所周辺の防衛線を突破するための空爆を行う準備が整っています。迅速に空から支援できるようにします」
黒澤局長も空軍の戦力を駆使する意向を示した。
「私たち海軍も夕張型巡洋艦一隻を回せます。精密な対地ミサイル及び艦砲射撃支援が可能です」
山本局長の冷静かつ冷徹な提案も、作戦の一部として検討された。
「我が宇宙軍の観測衛星を使えば、敵が地球上のどこにいても動向を監視することが可能です。大気圏外からのレーザー攻撃支援を行いつつ、収容所の情報をリアルタイムで取得し、陸空海各部隊に指示を出すことが可能です」
宇宙軍の局長である森川も、宇宙からの支援を提案し、その精密な攻撃・監視能力を強調した。
総統はしばらくの間、黙って各軍局長の意見を聞いていた。その鋭い眼差しは、彼らが一枚岩となって行動することを望んでいることを示していた。
「よろしい。速やかに行動を開始せよ」
総統が指示をする声は、ひときわ大きかった。
「無辜の幼い人民たちを救出し、田中...奴の陰謀を完全に潰す。それが最優先だ。だが、無駄な犠牲は出すな」
彼の声には揺るぎない決意が感じられた。
「田中の行為は許されるべきではない。この国の未来を脅かす反逆行為そのものだ。厚生労働局は一時的に解体し、田中を中心とする反逆者グループを徹底的に洗い出せ。呂‐129、君の部隊を中心に迅速な作戦行動を開始するよう命じる」
総統の言葉は鋭く、会議室の全員に緊張感を与えた。
「収容所にいる少年少女たちは、全員を救出し、保護せよ。彼らを戦争の道具にするのではなく、適切な治療とリハビリを行い、未来ある若者として更生の道を提供する。これが我々の国家の責任だ」
その決断に、反逆者への厳しさと同時に、能力者たちへの温情が垣間見えた。
「計画の実行は72時間以内に完了させよ。それまでに情報を漏らすことなく、全ての行動を慎重に進める。反逆者への制裁は国家の尊厳を守るために必要不可欠だが、我々の行動がこの国の理念に反しないよう細心の注意を払え」
霧島零は、最後に全員を見渡し、毅然と命令を下した。
「行動を開始せよ。田中大輔の計画を完全に阻止し、この国を内側から蝕むすべての危険を排除するのだ」
その命令と共に、会議室の緊張感は新たな覚悟へと変わり、各局長たちは即座に準備に取り掛かった。国家の未来を賭けた戦いが、静かに幕を開けた。
「了解しました。総統閣下。私たち憲兵隊の諜報部門も、作戦の進行を内部に侵入しているスパイからの情報を用いて支援します」
呂‐129は、既にその後の行動を指示し始めていた。
「我々が手を下さずとも、田中大輔は自分自身を破滅させるでしょう。しかし、我々は奴を決して苦しまずに終わらせてはなりません」
その言葉に続いて、総統は一瞬、強い決意を込めた表情を見せ、全員に目を向けた。
「私は今から放送室に行く」
「何故でしょうか」
「緊急事態宣言及び反革分子排斥宣言を発表する。直ちに必要な戦力を集め、血の党旗公園でプロバガンダのためのパレードを開始しろ。全世界に「我々は極めて人道的である」という認識を持たせるためにな」
――翌日、血の党旗公園
初夏の澄み切った空の下、血の党旗公園は異様な熱気に包まれていた。広場には数千人もの民衆が集まり、肩を寄せ合いながら歓声を上げていた。中心の石畳の通りには、陸軍と陸上憲兵隊が堂々たる姿で行進している。
ウィィィィン……シュルルル……
ガサッ、ジャリリッ、ザッザッザッザッザッザッ...
まず目を引いたのは、戦車の威容だ。陸軍の最新鋭MBTが二両、鈍い金属光を放ちながらゆっくりと広場を横切る。その無機質な森林迷彩で塗装された外観に刻まれた連邦の
そして次に、戦車の後ろを進むのは、陸軍の歩兵部隊だ。統一された深いベージュ色の軍服に身を包み、光を反射する鋭い銃剣が並ぶ。彼らの動きは寸分の狂いもなく、正確無比な歩調で進んでいた。後に続く陸上憲兵隊の隊列は、深紅の憲兵腕章をはためかせながら、漆黒の捜査服の整然としたラインが一層の威厳を醸し出している。
広場の周囲では、民衆が歓声を上げて手を振っている。母親に肩車された子供が戦車を指さしてはしゃぎ、小旗を振りながら立ち上がる若者たちの顔には興奮が隠せない。壮年の男性は胸を張り、時折、敬礼の姿勢をとる。年老いた女性たちでさえ、手を合わせるように祈る仕草をしながら、涙を浮かべて兵士たちの行進を見守っていた。
「これが我々の道徳の誇りだ!」
群衆の中から誰かが叫ぶと、それが波紋のように広がり、万雷の拍手と歓声が広場を覆った。人々の表情には、誇りと感謝の色が濃く浮かび、陸軍と憲兵隊の姿を目に焼き付けるように見つめていた。
突如、行進の合間に鼓笛隊の演奏が始まる。軍楽隊が奏でる「歩兵の本領」が響き渡ると、それに合わせて民衆も口ずさみ始めた。
『万朶の藤花か襟の色 花は吉野に嵐吹く 大和男子と生まれなば 散兵線の花と散れ』
『尺余の銃は武器ならず 寸余の刃何かせん 知らずや此処に三千年 鍛え鍛えし大和魂』
『軍旗を守る武士は 全て其の数かず二百万 八百余か所に屯して 武装は解かじ夢にだも...』
歌声と歓声、戦車のエンジン音、そして軍靴の規則的な音が一体となり、広場は完全に喝采の渦に飲み込まれた。
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