第2話・fighting

陽が昇り切り、空は真昼の青に染まっていた。しかし、その光景は希望を象徴するものではなく、むしろ戦場の恐怖をむき出しにしていた。第3防衛ラインはほぼ壊滅状態にあり、敵の艦載機が再び上空を旋回しては容赦なく銃撃を浴びせていた。


南は塹壕の中で息を潜め、必死に周囲の状況を確認していた。耳元で銃弾が風を切る音、そして近くで爆発が起きるたびに地面が揺れる。それと同時に、隣にいた杁中が突然呻き声を上げ、南の目の前に崩れ落ちた。


「杁中さん!」


南はとっさに駆け寄り、彼の状態を確認する。彼の太ももには銃弾が貫通しており、血が勢いよく流れ出している。


「俺は大丈夫だ…!」


杁中は苦痛に顔を歪めながらも言葉を吐き出すが、南には到底そうは思えなかった。周囲を見回すと、他の隊員たちも同様に足を負傷しているか、負傷者を運ぶ手助けをしている。敵の銃撃により、ほとんどの者が行動不能となっていた。


「こんな状況じゃ…動けるのは、私だけ…?」


南は自分の両脚に視線を落とした。血も出ていなければ、痛みもない。奇跡的に無傷だった。


「南…!」


杁中が手を伸ばし、彼女の肩を掴む。目は力強く、彼の決意がにじみ出ていた。


「俺たちはもう戦えねぇ。でも、お前だけがまだ動ける。この状況を変えられるのはお前しかいないんだ…!」


「そんな!一人で何ができるって言うんですか!」


南は必死に否定するが、杁中の目は揺るがない。


「敵の地上司令部は、この防衛ラインから南東約3キロにある。奴らはそこからこの攻撃を指揮しているはずだ。そこを叩けば、この地獄みたいな状況を変えられるかもしれない。」


「でも…!」

南の手は震えていた。たった一人で敵の陣地に突入し、司令部を破壊するなど、無謀にも思えた。


「俺たちはここで時間を稼ぐ。敵を引きつけるために全力を尽くす。だからお前は、奴らの目をかいくぐって進むんだ。」


杁中の声が厳しい口調に変わる。


「これは命令だ、南。俺たちを無駄死にさせるな」


その言葉に南の心は激しく揺れた。彼女は視線を落とし、震える手を見つめた。そして、ふと胸元に手を伸ばし、そこにしまってあった小さな写真を取り出す。そこには南がかつて大切にしていた家族の笑顔が映っていた。


「…分かりました。」


南は小さく頷き、写真をポケットにしまい直すと、銃を握り直した。


「行きます。必ず、成功させます」


杁中は苦痛に顔を歪めながらも、満足そうに頷いた。


「それでこそ大和の女だ。俺たちはお前を信じてる…」


南は立ち上がり、周囲を見渡した。敵の銃撃は続いており、隙間を見つけて動くのは命がけの賭けだった。しかし、迷っている時間はなかった。


彼女は深呼吸をし、自分に言い聞かせた。


「私は、やれる…やらなきゃ。」


次の瞬間、南は塹壕を飛び出し、敵の目を避けながら前進を開始した。焼け焦げた瓦礫の中を抜け、銃声が響く中を走り抜ける彼女の姿は、必死そのものだった。そして、その小さな体には、大勢の仲間たちの想いが託されていた。

目指すは敵の地上司令部。南は己の中に燃える覚悟を胸に、進み続けた。

南は息を整えながら、瓦礫の陰に身を潜めて次の行動を見定めた。爆撃で砕けた建物の隙間から見える敵兵たちは、散発的に移動しているものの、彼女が隠れるには十分な死角が存在した。


「3キロ先…南東…そこまでどうにかたどり着けば…」


彼女は小さくつぶやき、手に握った銃の冷たい感触を確かめた。


敵地に一人で突入するという考えは恐怖そのものだったが、仲間たちの顔が頭をよぎる。杁中の痛みに耐える表情、負傷した隊員たちが彼女にかけた期待の目。それを思い出すたび、心の中の迷いは少しずつ消えていった。

南は一気に駆け出した。

敵の銃弾が周囲に降り注ぐ音を感じながらも、足を止めなかった。建物の陰から陰へと素早く移動し、ついに敵の哨戒兵の背後にたどり着いた。


――ドン!


拳銃の音は鋭く、哨戒兵は一瞬で地面に崩れ落ちた。


「ごめんなさい…」


南は低くつぶやきながら、敵の持っていた手榴弾を奪い取り、再び先へ進んだ。

30分以上走り続けた南の目に、ついに敵の司令部と思われる建物が映った。それは地上に低く構えたコンクリート製の要塞で、周囲には迷彩を施した車両が何台も駐車していた。


「これが…敵の司令部…」


南は一瞬、その圧倒的な規模に恐怖を感じたが、次に浮かんだのは、仲間たちの期待と、今自分がここでやらなければならないという責任だった。

彼女は小さく深呼吸し、建物の隙間から近づけるポイントを探した。司令部の周囲には、少なくとも十人以上の兵士が巡回していたが、その動きには隙があった。

南は奪った手榴弾を確認し、残りの弾薬の数を数えた。十分とは言えなかったが、彼女には作戦があった。


「まず混乱を作って…その間に入り込めば...」


南は敵兵の視線が一瞬外れるタイミングを見計らい、手榴弾をピンを引き抜いて投げ込んだ。次の瞬間、大きな爆発音が鳴り響き、敵兵たちは慌てて爆発の方向へ向かって走り出した。その隙に南は司令部の入口へと向かった。


司令部内部は意外にも静かだったが、その緊張感は増していた。敵の指揮官たちが議論を交わしている声が奥の部屋から聞こえてくる。南は震える手を押さえながら、音の方向へ慎重に進んだ。


「ここで終わらせる…!」


彼女は最後の手榴弾を手に持ち、全身の力を込めて部屋の中へと投げ込んだ。

爆発音と共に、敵指揮官たちの声が掻き消えた。その瞬間、彼女は反撃を恐れず部屋へと突入した。散らばる書類や倒れた敵兵士を確認しながら、指揮系統を破壊するための更なる行動を決意する。

しかし、南が目の前の機器を破壊しようとした瞬間、背後に重い足音が響いた。彼女は振り返り、そこに立つ巨大な影を見て目を見開いた。


「…誰だ、お前は。」


現れたのは、司令部を指揮していたらしい一人の男――その目は冷徹で、手には拳銃が握られていた。南は再び銃を構え直し、決死の覚悟で相手に向き合った。


「あなた達に名乗る名前はありません!」


その声には、彼女自身をも驚かせるほどの力が込められていた。彼女の戦いは、いよいよ最終局面を迎えようとしていた――。


「名乗る名前はない、だと?」


男は南を睨みつけながら冷笑を浮かべた。その態度からは余裕さえ感じられる。


「なるほど、一人でここまで来るとは。だが、愚かだな。独裁政権の奴隷の女一人で何ができる?」


南は拳銃を構えたまま、一歩も引かずに男を見据えた。手は震えていたが、その目には強い決意が宿っていた。


「...」


南が黙りこくると、男は鼻で笑い、構えていた拳銃を下ろした。


「面白い。お前のような小娘がここで何をしようが、我々の大義は止まらん。平和を取り戻すのだよ、大和連邦を崩壊させることでな。」


「平和?あなたたちがやっているのはただの虐殺です!」


南の声が震えながらも力強く響く。

男はその言葉を聞き、表情を一瞬硬くしたが、すぐに冷笑に戻った。


「では、その覚悟、見せてもらおうか。」


次の瞬間、男が拳銃を再び構えるのと同時に、南は床に伏せ、咄嗟に引き金を引いた。銃声が室内に響き、火花が飛ぶ。南の放った弾丸は男の肩を掠めたが、致命傷には至らなかった。


「やるな、小娘…!」


男は痛みを堪えながら撃ち返してきた。南は機敏に動きながら机や装置を盾にし、反撃の隙を伺った。


ダガァン!ピチュゥン!カンッ!カンッ!ガキィン!


司令部内の機器が銃撃で破壊されていく中、南は最後の手榴弾がまだ残っていることを思い出した。彼女は素早く手榴弾を取り出し、安全ピンを引き抜いた。


「これで終わりですっ!」


南は叫びながら手榴弾を敵指揮官の足元に投げ込んだ。

轟音と共に室内が揺れ、煙が立ち込める。南は衝撃波に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。耳鳴りと激しい痛みが全身を駆け巡る中、彼女は必死に意識を保とうとした。

煙が晴れると、指揮官は倒れていた。動く気配はなく、室内の機器も完全に破壊されていた。


「…やった…」


南は肩で息をしながら立ち上がり、ふらつきながらもその場を離れようとした。

しかし、その時、倒れていたはずの指揮官の手が動き、彼女に銃口を向けた。


「甘いな…これで大義が終わりだと思うなよ…!」


その瞬間、再び銃声が響いた。しかし、それは敵のものではなかった。指揮官の前方から撃たれた弾丸が彼の胸を貫いたのだ。


「大丈夫か、南!」


南が振り向くと、そこには杁中が立っていた。片足を引きずりながらも彼は必死にここまでたどり着いたのだ。


「杁中さん!どうしてここに…!」


「俺たちも、お前一人に背負わせるわけにはいかないだろう。」


杁中は疲れた顔で微笑んだ。

敵の指揮官を失ったことで、敵の飛行船や部隊の攻撃は混乱に陥り、防衛ラインへの攻撃は次第に弱まっていった。

南と杁中は司令部を脱出しながらも、仲間たちが待つ防衛ラインへと戻っていった。傷だらけになりながらも、南の心には一つの希望が灯っていた。自分たちの戦いが、仲間と未来を守るための一歩になったことを確信していたからだ。

だが、現実は厳しい。杁中の背負った負傷は思った以上に深刻だったのだ。二人が司令部から脱出しようとした矢先、杁中は足を取られ、膝から崩れ落ちた。


「杁中さん、大丈夫ですか!?」


南は慌てて駆け寄り、彼を支えようとする。だが、その手を杁中が静かに振り払った。


「...なんだったか。お前らみたいな学生が言っていただろう。そうだ。

ダイジョバナイ、というやつだな。いくら精神力があっても、手羽先みたく肉が避けてちゃ俺は動けん」


「そんなこと言わないでください!一緒に行きましょう!」


杁中は南の目を見据えた。血に濡れた彼の顔は青ざめていたが、その瞳にはまだ強い意志が宿っていた。


「南…これ以上、俺を足手まといにするな。お前がやるべきことがあるだろう。」


南は言葉を失い、杁中の手を握った。その瞬間、彼が腰の無線機を差し出した。


「これを持って行け。俺はここから指示を出す。お前が俺の足となり、目となるんだ」


数時間後、杁中は無線を通じて南に指示を送り、次の目標を伝えた。


『敵の飛行船がそこのビルの隣の立体駐車場に停泊している。それがこのエリアを空から攻撃している主力だ。もしあれを無力化できれば、この地区は救われる』


南は無線機を握りしめながら、心の中で覚悟を決めた。


「わかりました。絶対にやり遂げてみせます。」


『そうだ。それでいい』


杁中は息を整えながら続けた。


『駐車場の隅に停めてあるバイクが使えるはずだ。お前がここを突破するにはそれしかない。あとは現地で臨機応変にやれ』


南は杁中の隠れ場所を確認し、見つからないことを祈りながら現場を目指した。

駐車場に到着した南は、杁中が言っていたバイクを見つけた。それは古めかしいが頑丈そうな軍用バイクだった。エンジンをかけると、低い唸り声を上げて力強く動き出した。


『南、気を付けろ。敵の警備が強化されている。だが、お前なら突破できる。』


無線越しの杁中の声が南の耳に響く。

南はバイクを駐車場内の敵兵の間を縫うように走らせた。銃撃が次々とバイクをかすめるが、彼女の操縦は素早く正確だった。


『右側の通路を抜ければ飛行船のタラップに接続できるはずだ!』


無線の指示に従い、南は最後のコーナーを曲がると、視界に巨大な飛行船が現れた。その横腹には開放されたハッチが見える。駐車場の壁を背にして停泊している飛行船のハッチまでは、急なジャンプ台のようなスロープがあった。


『今だ、南!アクセルを踏み込め!』


南は心臓が跳ねるのを感じながら、バイクのスロットルを全開にした。タイヤが火花を散らし、バイクはスロープを駆け上がる。空中に投げ出された南とバイクは、そのまま飛行船のハッチ内へと突入した。


着地の衝撃でバイクは大きく揺れたが、なんとか体勢を整えた南は無事に飛行船内に到着した。


「杁中大尉、乗り込めました!」


無線越しに報告する南の声には、決意と緊張が入り混じっていた。


『よくやった南。ここから先は電波妨害で話せん。お前一人だ。必ず成功させろ』


ノイズ交じりの杁中の言葉に深く頷き、南は拳銃を握り直しながら、飛行船の奥へと進んでいった。


――――――――――――――――——————――――――――――

杁中かっこいい。個人情報さらしてるだけあってかっこええ。

因みに内部戦闘は少し進化しています。




★と♡、ぜひよろしくお願いいたします!


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