儀式

 彼を探し続けて日が暮れた。公園は漆黒の影に沈み、自動車のヘッドライトが道路を照らす。凍てつく空気が肌に沁み、手袋をしてこればよかったと後悔しつつ、厚い裾の内側に指を引っ込んだ。

 全く、どこに行っちゃったんだろう……。

 そもそもなんで探してるんだっけ。あんなやつとはもう関係ないし、構う義理もないのに。

 やっぱり腐れ縁か。


 癪ながら認めようとしたとき急に雷撃のようなものが閃き、ハッとなって顔を上げる。裏手の森からだ。藍色の空に光の柱が放たれ、粒子となって溶ける。

 なんだろう? 分からないけれど、なにかが起きたのは明白だ。行こう。拳をグッと握りしめ、吹き付ける風に背を押され、私は地を蹴った。


 狭い坂を駆け上り、針葉樹の林をかき分け、先へ進む。開けた場所――昔、秘密基地とした活用した覚えがある――は、光に包まれていた。夜が深まりつつあるのに昼間のように明るい。草花がイルミネーションのように輝き、青く浮き出る。まるで異世界に足を踏み入れたように幻想的だ。思わず立ち止まりぽかんと口を開けて、見入ってしまう。

 走り出した理由すら忘れかけたとき、中央に立ち尽くす影が視界に入る。虚空を見つめた金髪の男。足元から魔法陣のような光の幕が立ち上っていた。

 息を呑み、凍りつく。

 儀式の現場だとすぐに分かった。

「待って。早まらないで!」

 身を乗り出し、声を張り上げた。

 彼は無言で振り向く。虹彩は黒い闇に染まり、なにもないかのようだった。

「今更俺になんの用だよ?」

 冷たく言い放つ。

 まるで別人になったかのような違和感に心が波立ち、頬を汗が流れていった。

「俺なんかこの世にいる意味もねぇんだ。間違った道へ進んだ自分、そいつを正そうとしてなにが悪い!?」

 目をカッと見開き、主張する。月光の下で血走った目が亡霊を見るように恐ろしく、身震いした。

「過去を変える力があるなら、救えるものは救わなけりゃならねぇだろ。なあ、お前は救われたいとか思わねぇのか?」

 同意を求める問い掛け。懇願するようだった。

 確かに現在を変えたいと願う気持ちはある。今だって制服を着て学校に通う夢を何度も見ていた。

 あのころに戻りたい。切実に思いながらも、「でも」と首をひねる自分もいる。

『私』を消してまで欲しいものなんてない。正しいか否かではなく単に『今』を消したくないだけ。彼に、ここにいてほしいだけ。

 眉尻を垂らし、硬い目つきで彼を見澄ます。

「なんにせよ、俺はもう準備は整った」

 男は片眉をひそめさらに悪い目つきとなり、口を曲げた。

「お前じゃ止められねぇ」

「それはどうかしら」

 口元が弧を描くと同時に、手のひらを解く。

 今なお夜を彩る輝きを背景に、堂々と水晶玉を掲げた。ほんのりと淡い光が全身を染める。まるで魔法を使ったかのようだった。

「待て。やめろ。そんな一方的なこと」

 いきなり血相を変え、焦って身を乗り出す。

 儀式すら止めてまで、駆け寄ろうとする構え。

 残念。もう間に合わない。

 クリアなベールが空気を包み、光はピタッと止まる。あたりは暗黒色の闇に閉ざされ、沈黙が降りた。

「なんで、こんな無駄なことを」

 真っ白な顔で吐き捨てるようにつぶやく。

 次に彼はキッと眉をつり上げ、鋭い目で睨んだ。

「分かってるのか? お前は一生で一度のチャンスを無駄にしたんだよ」

「そんなチャンス、私はいらない。あなただって、消えたくはなかったでしょ」

 毅然とした態度で言い返すと、相手は目をそらした。

「俺はただ、後悔したくなかっただけだ」

 ポツリとこぼし、目線を落とす。

「心のどこかには迷いがあった。いっそ、第三者の手で遮られたら納得できる。だから待っていたんじゃないの?」

 代弁するつもりで指摘する。

 彼は答えない。

 私は続ける。

「ボタン一つで簡単に世界が塗り替わるようなこと、あり得ない。そんな甘い現実なんて、最初からなかったのよ」

 バッサリと切り捨てる。

 これが私の答えだった。

「そもそも、あきらめるには早いんじゃない? 私たちにはまだ続きがあるもの」

「たちって、今更仲間振るつもりかよ」

 あきれたように目を丸くする。

「だいたい、ここからやり直せるとでも思ってんのか?」

 逆に聞き返された。

 確かに、一度離れたものをくっつき直すのは難しい。二人の関係性は変わらないと分かっていながら、私は口を開く。

「それでも私にはあなた、あなたには私しかいないでしょう」

 そう、やっていくしかない。

 私たちはもう、二人ぼっちなのだから。

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