商店にて
列車に乗って、故郷に戻る。
翌日、ロングスカートの地味めな私服を着て、ふらりと町に出た。
あの男を探してウロウロとしてみるも、なかなか見つからない。
はぁ……とため息。
せっかくひと心地つけるくらいの日差しが差していたのに、空が曇る。肩を落としながら方向転換。坂を下った先には商店が見える。果物や花を供え物のように置いた入口から、中に入った。
「君がここに来た理由は分かっているよ」
板のカウンターの内側で、老女がベール越しにこちらを見つめ、声をかける。シワのはいった口元はニヤリとゆるんでいた。
「あの者について気になっているんだろう?」
「どうしたらいいか、分からなくて」
声を控えめに抑えつつ、素直に伝える。
「好きなようにさせればいいさね。君たちの関係は途切れているだろう?」
「でも、このままじゃ彼はとんでもないことをしでかしちゃう」
たとえ気に食わない相手でも、悪い結果になれば、目覚めが悪い。なにより昔友達であったことは、確かだった。
「一つ尋ねよう。君は今のおのれを本物だと思うかい?」
「今ある私は一人だけよ」
おかしなことを切り出されて、困惑する。
「この世は無数に分岐するよ。今のおのれが誤った道を進んでいないとも限らない。やり直す権利は誰にでもある。どうだい、試してみないかい?」
半透明の幕を通して、二対の目が怪しく光った。
一瞬、心が揺らぐ。今の自分は間違った道を歩んでいるのかもしれない。本当だったらもっとうまくやれていたのではないか。
うっすらとした照明の下、肌がぬるりと汗ばむのを感じながら、ポケットに手を入れる。水晶玉を握りしめると、硬い感触がした。
「唱えてみるといいよ。それが君の願いだ」
試すような言葉がかかり、心がどよめく。
どうしよう、なにをすればいい?
ピントが合わず目を泳がせながらも、なんとかいままでの自分を振り返ってみる。
もしも本物の私ならもっといい未来を得られたかもしれない。
目の奥で火花が散り、加速する鼓動が、気持ちを急かした。
「でも、違う」
やっとのことで口を動かす。
「私は消えたくなんかない」
首を横に振る。
私はまっすぐに壁の真ん中を見据えた。
「そうかい? 望んだ未来を掴んだおのれを、君は信じないんだね」
相手はなんとも思っていない風だった。素顔を晒していたならば、無表情だと想像がつく。
「いつも夢に見る私は理想の私。魅力的な結果」
あらためてカウンターへと向き直し、答えをつむぐ。
「でも、何度やり直したところで、私は同じ場所へたどり着く。それに、全てが終わったわけじゃない」
目線は揺るがず、精神は落ち着いていた。
「好きにするといいさ。君は自由なのだからね」
老女は口元を引き結んだ。
なにも買わずに外に出る。
すっきりとした心地で顔を上げると、青い空が広がっていた。やわらかな風がさらりと肌を撫で、心地よい。冬の寒さも忘れ、胸がぽかぽかと温まってきた。
不意に思い出した、誰かさんの口が動くワンシーン。
『それでいい』と言ってくれた人のためにも、私はおのれの信じた道を進む。
足取りも軽やかに、長く伸びた坂を登り始めた。
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