水晶
次の日、午後三時。おやつの時間だ。
道路の脇を通ると商店が見えてきたので、こっそりと暖簾をくぐり、中に入る。
「おや、珍しい顔だね」
カウンターに目を向けると、内側に紫色の衣装をまとった老女が構えていた。ベールを被った姿は店番というより、占い師に近い風格。あからさまに妖しい。だから子どものころからお菓子を買いに行きたくなかったのだと、今更ながら思い出す。
「ひょっとしたら不老不死の魔女だったりしませんか?」
「さあね。魔女かはともかく、お客様の望みくらいは叶えられるよ」
三日月型の笑み。
私は眉を引き締め、相手と向き合う。
「どうだい? くじでも引いていくかい?」
目の前にポンッとマジックを行ったかのように、箱が現れる。紙で作られた正方形で景品が入っていそうな代物だった。少し緊張しながら腕を突っ込む。ゴソゴソと漁ると硬いものが触れた気がした。引っ張り出し、拳を開くと、手のひらの上で水晶玉が輝いた。無色透明。なにも映っていない。
まじまじと謎の小物を観察していると、声が掛かる。
「こういうのにはタイミングがある。その刻が来たら迷わず使いなさい」
「いりません。返します」
「宝石の類は好きだろう?」
確かにキラキラとしたものは好きだ。
小学校低学年のときに例の女友達からアメジストを預かったことがある。当時はあまりの美しさに魅入られずっと手元に置いておきたいと願い、レンタルを延長した。校庭に散らばる石英をかき集め宝石のように愛で、大切にしたことだってある。修学旅行では水晶の置物を意味もなく買いまくっていたっけ。
「でも、なんでこんなものを?」
「私は望みに応えただけだよ。これが効力を発揮するときは必ず来る」
確かな口調で告げる。ベール越しに二対の目が光った。
「後悔したくはないだろう?」
言葉は鋭く、核心を突いていた。
私は黙り込む。表情が固まり、張り詰めた頬を汗の雫が伝った。
結局、水晶玉をがっしりと握りしめて、商店を後にする。ついでに買った商品のパッケージを開けて、口に含んだ。パサパサとした安っぽい菓子パン。ホイップクリームのベタベタとした質感を歯の裏に感じながら、淡々と足を動かし続けた。
家に戻り部屋にこもると、買ってきた小物を台に置く。照明を消した薄暗い部屋にはうっすらと影が広がり、灰色がかっていた。手前の水晶は曇り、なにも映らない。
いつか効力を発揮する刻がくると言うけれど、本当だろうか?
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