運命の分岐点 全てを失った彼と、なにも得ていない私
白雪花房
赤茶色の玉
ダメだ、もう一歩も動けない。
冬なのに体が熱く、ダラダラと汗をかいていた。プールで溺れたかのように肺が痛い。ハーハーと息を吐きながらゆるやかに速度をゆるめる。
足を止めると橋の真ん中だった。足元に影がかかり暗い色に染まり、下は濁流。
ここまで走ってきたのは単に、ムシャクシャしたせい。
先ほどまで居間でテレビを見ていた。薄っぺらい液晶にセレモニーの場面が流れ、シックなドレスに着替えた女性が映る。背筋を伸ばした堂々と立ち姿、手には純金んのトロフィー。バッチリとメイクをきめた華やかな顔を見た瞬間、全身の毛が逆立ち、血が沸騰する感覚を抱いた。
対象が誰もが認める有名人――現人神のような存在なら別によかったのに、よりにもよって中学の同級生だなんて。しかも、昔から絶対に負けたくない相手。苦々しい感情が込み上げ、唇を噛む。
結局、あの子は女優として成功して、私はただのフリーターで終わるんだ。二〇歳の誕生日を過ぎても実家暮らし、田んぼばかりの環境に一人取り残される。みんな遠くへ行ってしまった。
山の向こうを見つめて、眉を寄せる。また切ない気持ちが込み上げてきた。
行く宛がないので公園に赴く。タバコ屋や紳士服店にまぎれて商店が建つ通りだ。反対側へと渡り、柵の向こう側に足を踏み入れる。奥には廃屋と林が広がり、人気のない場所にはポツンと遊具が置き去りになっていた。
私は一人、ブランコに腰掛け、ゆらゆらと揺れる。無表情でなにも考えずに雲の流れを見送っていると、突然手前に影がかかった。
「よう、ダメ人間が」
高圧的な声にふさわしい見た目の男だった。ボサボサの金髪にダメージジーンズ。開いた襟の上にある顔は強面で、耳には大量のピアスが空き、見るからに痛々しい。
「働いてない人に言われたくないんだけど」
「お前だって隣町からおめおめ逃げ帰ってきた癖に」
働いていないことは否定しないんだ。
落ちこぼれの女よりはマシと考えたのだろうが、彼だって大概だ。むしろあちらのほうが悪い。少しレベルの高い高校に入学しておきながら早々に退学し、ニートになった。これを失敗者と言わず、なんと表す。
「夢なんか目指さなけりゃ今頃まっとうに生きていられただろうによお」
彼は自分の状況が分かっていないようだ。
真正面から煽ってやりたいけど、私だってとやかく言える立場ではない。
「好き勝手に生きてられる分、俺のほうが勝ち組なんだよ。じゃあな」
適当にほざき背を向けると、彼は商店の中へ吸い込まれていった。
そっぽを向く。ブランコに揺られたまま。
私、なにやってるんだろう……。
曇り空の下、薄暗い影に沈む女を客観視し、現実に引き戻される。
いつまでこんな無益な生活を続けるつもりなのか。田舎に閉じこもる限り、未来は霧に閉ざされている。
彼と大して変わらないのに、もっと悪いやつを見て安心した振りをしてきた。なんて惨めなんだろう。
肩を上げ下げ、ため息を吐いたとき。
「ほらな、俺はやっぱり運がいい」
明るい声を出し、門の内側からやってくる金髪の男。骨ばった腕にポリ袋を下げ、手にはなにか硬いものを握り込んでいる。
「アタリだってよ」
見せつけてきたのは宝石というより飴細工に似たアイテムだった。赤茶色でつるりと光り、匂いはない。
「こいつを使えば過去をやり直せるんだって。お前も試してみろよ」
言いつつ、彼は私の向こう側の背景をギラついた目で見据えた。こちらも彼と目を合わせない。ただ、差し出されたものを食いつくように見る。
心に込み上げてきたのは幼少期の憧れ。なんでも願いが叶うアイテムがあればいいと、本気で祈っていた。
もしも過去をやり直せるなら。
試すだけなら
釣られかけて、いやいやと首を横に振る。髪が乱れて頬にかかった。
「そんな都合がいいもの、あるわけないじゃない」
強く言い捨て、立ち上がる。後ろでブランコの台が揺れた。
「なんだと?」
眉間にシワを寄せ、怒る。
私は彼を無視して大股で歩き出した。
「勝手にやってりゃいいのよ」
真ん中を突っ切り、柵の外へ出る。
「ああ、後で泣いてすがりついてきたって知らねぇからな」
罵る声を背で聞いた。
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