第4話
土曜日は朝から県立図書館に向かった。
加奈ちゃんの家は川向こうだとわかったので、そこから先が気になる。
川向こうで右折すると校区外になるので、多分左折したのだろう。そしてその先には山というかちょっとした丘陵があって、規模の小さい住宅地がいくつかある。あのへんのどこかに加奈ちゃんは住んでいるはずだ。
図書館ではまずハローページを探す。ハローページは2021年から2023年にかけて発行を終了したが、それ以前の固定電話契約者で掲載を承諾した人の名前・住所・電話番号が載っているらしい。
何冊かあるハローページの中から該当の地域分を探し、「のせ」のあるあたりを探してみる——けど、それらしい名前は見当たらない。
方針を転換して、今度は住宅地図を本棚から抜き取る。こちらはどの建物に誰が住んでいるか、表札等の情報を集約して載せてあるらしい。
川向こうのエリアのページに辿り着くと、「能勢」の文字を探す。
能勢、能勢、能勢、能勢、能勢、能勢、能勢、能勢……
口の中で唱えながら、建物の形を表す白い長方形の羅列を指でなぞっていく。
能勢、能勢、能勢、能勢、能勢、能勢、能勢、能勢……能勢!
あった。
同じぐらいの大きさの長方形がずらっと横並びになっている中に、「能勢」の文字を囲う長方形を見つける。
ハローページになかったことからもわかるように、能勢というのはそうある名字ではない。おそらくここが加奈ちゃんの家だ。住んでいるのは一軒家のようだ。幸いなことに、川沿いの道に面した家のようだ。
位置関係がわかるよう簡単にノートに書き写して、図書館を出る。
図書館のガラス張りのドアに、自分の顔が映った。誰に見せるわけでもないのに、自然と笑顔になっていた。
◆
加奈ちゃんの家をしげしげと眺めたい気持ちもあるが、それは鉢合わせしてしまう恐れがある。家の前を通るのも同様で、ただの住宅地を訪れている理由が説明しづらい。
そこで加奈ちゃんの家の対岸にあたる場所を探すと、7、8階建てのビルを見つけたのでそこに陣取る。
雨が染み込んで外壁が黒ずんでいるような古いコンクリートのビルで、内階段とエレベーターの他に外階段も備え付けられている。外階段は足下にも手すりにも鳥のフンが結構たまっていて、あまり人が通っていないように思えた。
2階と3階の間の踊り場から、ビデオカメラを構える。家の押し入れにあった家庭用ビデオカメラで、おもちゃみたいに軽いが一応4Kと書いていて、光学ズームに加えてデジタルズームも付いているという。
双眼鏡代わりのそれを川向こうの住宅地に向け、上に付いている平たいレバーを思い切り横に倒す。目一杯ズームして、ちょうど家全体が収まるかどうかぐらいの画角まで寄せることができた。手ブレが酷いけど、手すりに押し付けて何とか安定させる。
これが加奈ちゃんの家か。
築十数年くらいだろうか。クリーム色の外壁は周りの家より新しい雰囲気をまとっている。家の前の駐車スペースにはミニバンが駐まっていて、その脇に水色の自転車が窮屈そうに縮こまっている。さすがに表札は見えない倍率だけど、あの自転車は加奈ちゃんだとほぼ確信できた。
午前10時前。休日だし、加奈ちゃんはまだお布団の中だろうか。閉じたカーテンの向こうに思いを馳せる。
その数秒後だった。
カメラの液晶モニターの隅で、自転車の光沢がキラリと揺らめいた。
慎重に画角のセンターに寄せると、ちょうど加奈ちゃんが自転車を押して出てくるところだった。
何というタイミングのよさ。
思わず、RECボタンを押してしまう。
しかもその姿は、制服ではなかった。白いトップス……いや! ただのトップスじゃない。ひらひらと——お腹が見えるような短いシャツだ。クロップドTシャツとかいう、韓流アイドルが着るようなやつだ!
なんてことだろう。加奈ちゃんがこんなバリバリに決めたファッションをしているだなんて。
ボトムスはかすれた蒼で、どうやらデニムのようだ。
この格好で街に繰り出すの? 一体何のために?
見ながら、つばを飲み込む。内腿を汗がつたった。風が涼しい。
加奈ちゃんが自転車にまたがったのを見てから、急いで階段を駆け下りた。
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