14話


「それで、一体何があったんですか?」


 黒岩が去り、お茶を飲みながら落ち着いてきた頃に鈴は話を切り出した。

 彼女は今なにもわかっていない。

 朝日が何をしたのか、話にあった闇人とは何か。

 それを知らないといけないと思った。


 朝日は沈黙の後、言葉を選びながら話始めた。


「今都市として機能している場所を知っているか?」

「はい。大阪、東京、山口、高知、福島、北海道です。学校で習いました。昔はと呼ばれていたここも、今は東京の一部として組み込まれたと」


 かつては47の都道府県からなる日本という国は、怪人による度重なる被害の結果、県としての形を残すことが出来たのはたったの6つだった。

 それほどまでに怪人の力は凄まじく、一時期は日本という国の崩壊の危機であったとされている。


「怪人とヒーローによる戦いの歴史、その黎明期に被害が拡大した理由の1つとして、闇人やみうどという組織の関与があったとされている」

「そんなの、学校で習ったことないです」

「当然だ。俺も祖父から聞かなければ知る事はなかっただろう。闇人が歴史に名前を残す事はない。そもそも、闇人という名前も正しいかどうかは分からない。分かるのは、闇人は複数の人間によって構成されていること。歴史の節目に現れ、混乱をより広めようとすること。何かしらの目的があることだけだ」

「マスターは会った事があるんですか? その闇人っていうのに」


 鈴の質問に、朝日は難しい顔をする。

 

「あるといえば、ある。俺は昔、闇人の赤を名乗る男と出会った事がある」

「赤……?」

「奴らは色を名前として名乗っている。もちろん偽名だな。そもそも、日本人ですらなかったし。ともかく以前、祖父が生きている頃に一度、赤がうちにやってきた。何かを求めてやって来た、はずだが詳しくは覚えていない。祖父と話、恐らく交渉は決裂したのだろう。祖父と赤は争いに発展し、その時に俺は――」


 朝日の言葉が詰まる。

 上手く言葉が出てこないのか、朝日から続きが出てこない。

 焦ったような表情のまま、朝日は無理やり言葉を吐き出した。


「と、とにかく。闇人というのは危険な連中だが、以前に祖父と他の組織が行動で壊滅させたと俺は聞いていた」

「そ、そうなんですか? マスターのおじい様ってすごいんですね」


 明確にヒーローの敵だけどな、と朝日はなんだか感心した様子の元ヒーローに言おうとして、やめておいた。


「だがその闇人が虎狼会に干渉していたのは間違いない。なんの為かは分からないがな」


 偶然虎狼会に手を出した可能性もある。

 だが赤は間違いなく、ここにかつての白狐会があった事を知っているはずだ。

 あるいは、壊滅したからと気にしていなかっただけの可能性もある。


「それより金が入ったからな。今日はパーッと行こう」


 朝日の手に、分厚い封筒がある。

 今回の報酬400万に加え、特別報酬で300万。

 合計700万もの大金が手元にあった。


「私、こんな大金見たの初めてです」

「そうなのか? てっきり企業からもっと貰ってるものだと」

「一応、凄いお金を貰ってはいたんですけど、お母さんが管理してたので、幾らあるかもわからないんです」


 お金に困った事がないので、と鈴が言う。

 もちろん自慢とかではなく、事実なのだろう。

 だがこの家を維持するのに必死でバイトを続けていた朝日からすれば、羨ましいを通り越して憎たらしい感じがした。


「ヒーローって儲かるのか……」


 朝日の小さな声は鈴には聞こえなかった。










 かつては千葉と呼ばれた、第三東京と呼ばれるこの地を根城としていた組織、虎狼会。

 その顛末は構成員数十名が刃物のようなもので斬死、他虎狼会の総統含む数十名が頭部がとぐろを巻くように変形した変死を遂げた事で壊滅する事となった。

 第三東京の治安維持を担っているのは企業が支援するヒーローである魔法少女であったが、一般人による被害や怪人による被害の後始末を請け負うのは警察の仕事であった。

 

「酷いなこりゃ……」


 壮年の刑事が情報のあった虎狼会のアジトに踏み入り、目にしたのは惨死した死体だった。

 明らかに普通の人間の手によるものではない。

 それも一人や二人じゃなく数十人ともなれば普通ではない人間にも不可能だ。


「エレベーターの修復、完了しました」


 何かしらの原因で使えなくなった、屋敷の地下へと通じる唯一のエレベーターが破壊されていたので、その修復に時間を取られてしまった。

 それが済み、地下へ降りた刑事が見たのは屋敷にいた死体とは別の、斬殺死体。


「組織同士の抗争だな」


 虎狼会が相手したのは、よほどの怪物であったのだろうと刑事は予測をつける。

 地下は複雑に入り組んでおり、その中には快楽目的だけの拷問部屋や、何かの実験室のような場所があった。

 何を目的にこんな場所を作ったのか。

 

「だめですね。ほとんど情報が取れません」


 部下からの報告に刑事はため息をつく。

 実験室には血液の飛沫があり、ここで何かが起きたのは間違いなかった。

 だがその実験が何だったのかは、意図的に消されており判別できない。

 よほど周到に証拠隠滅を図ったらしい。


「こりゃ怪人か?」


 更に奥へ進み、広い場所へ出た刑事が見たのは怪人と思われる黒焦げの死体が二つあった。

 激しい戦闘の跡も残っており、地面がぼこぼこになっている。

 強力な怪人であろうことは想像に難くない。


「黒焦げ……炎――」


 刑事は何か思い当たる節があったが、それが何かまでは思い出せなかった。

 地下の検分の為に多数の警察が派遣されているが、結局は何も分からないまま終わるだろう。

 普通の人間が理解出来ない何かがあったのだ。

 そしてそれは、今の時代珍しいことではない。


 警察は何かを掴もうと必死に証拠の一つでも見つけようとする。

 だが結局、何も見つかる事はなかった。

 いるとされた複数の誘拐された人間も、謎の怪人の手がかりも、虎狼会を壊滅させた相手の情報も。


 

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