11話:竜と歩むもの①


 休日の朝。

 街を歩くとある少年の姿があった。

 髪をツンと尖らせ、金髪に染め上げたその少年の名は東堂遊馬とうどうあすま

 やや目つきの悪さが目立つその少年は、どこか雰囲気の暗い街の中を特に理由もなく歩いている。


 街が暗い理由は明白だ。

 この街では名の知れたヒーローであった魔法少女、その片割れが先日怪人の手によって殺された。

 ヒーローが怪人に殺されるというのは、実はそれほど珍しいものではない。

 過去百年を遡っても多くのヒーローが命を落としている。

 それでも、身近なヒーローが死に、それがまだ遊馬と変わらない年齢の子どもであったと知れば暗くもなるというものだ。


「今怪人が出ればどうなるんだろうな」


 都心や人口の多い街には、国が支援する国家公認のヒーローが街を守っている。

 そうではないところは、企業が支援する企業所属のヒーローが街を守る事になっている。

 魔法少女は後者だった。

 幸いな事に、ブルーの死後に怪人が現れる事はなかった。

 だが怪人の都合など知る由もない街の住民にとっては魔法少女ピンクが残っていても、不安になってしまうのだ。


「――あははは」


 いつもより人気の少ない商店街に入った所で、笑い声が遊馬の耳に届いた。

 惹かれるように遊馬は声の方へ近づく。

 今も笑い声の続く場所へ行くと、複数の小学生だと思われる子どもが壁際で集まっていた。


「何してんだ?」


 昼間だといえ、ビルの陰になっているそこは見え辛い。

 だが子ども達が何かを蹴るような動作をしている事に気づき、遊馬は慌てて止めに入った。


「何してやがるんだ!!」


 遊馬はこの時、動物が小学生に虐められているのだと思った。

 遊馬の怒号に、子どもたちは一斉に散っていく。

 慌てて子どもが集まっていた場所に近づくと、そこにいたのは奇妙な生き物だった。


『お、おのれ下等な生物どもが! この至高の竜神に対してなんという扱いだ!』


 荒い息をする、犬や猫程度のその生き物は、不思議な事に遊馬に分かる言葉で呪いのように言葉を紡いでいた。

 

「か、怪人……?」


 近づいた足が止まり、遊馬は怖気づいてしまう。

 言葉を介する奇妙な生き物といえば、遊馬の中には怪人しか思いつかなかった。


『ん?』


 倒れていたそれが、起き上がるなり遊馬に気づく。

 ややゆっくりとした動作で、遊馬に近づいた。

 どこか足がもつれるような動きをしているのは、怪我でもしているのかもしれない。


『おい、貴様。もしや我の言葉が聞こえているのではないか?』


 尊大な態度の声が聞こえてくる。

 紛れもなくそれは、この奇妙な生き物から聞こえていた。

 あまりの出来事に、遊馬は思考が停止寸前だった。

 現代を生きる遊馬にとって、怪人が如何に脅威か知っていたからだ。

 ふいに出会えば命の保証はない。


『む、やはり聞こえていないのか。下等生物に我の言葉を理解できるはずもないか』

「お、お前は何なんだ……。怪人なの、か?」


 どうして語り掛けたのか、遊馬には分からなかった。

 反射的な物だったのかもしれない。


『お、おぉ! やはり貴様、我の言葉を理解できておるな』


 嬉しそうな、という様子でその生き物が更に遊馬に近づく。

 明かりの下にその姿を現した。


 犬や猫程度の大きさの、翼のある全身を鱗で覆った生き物。

 かなりデフォルメされているが、姿かたちはいわゆるに酷似していた。


『我は至高の竜神アルフォルト。訳あってこのような姿をしているが、とても偉いのだ』


 アルフォルトと名乗る竜モドキが胸を張る。

 大層な肩書のわりに、ボロボロのその姿はどこか哀愁を誘った。


「怪人じゃないのか?」


 怪人が自らを竜神などと名乗ることなどない。

 どこか警戒心が緩んだ遊馬は、アルフォルトに近づく。


『怪人、とやらは知らん。我は力を失い、追われてこの世界にやってきたのだ。ところがこの世界の下等生物どもは我の言葉を理解できぬばかりか、力を失った我に暴行を働いたのだ! 許さんぞ!』


 今度は憤慨するアルフォルト。

 その様子も、デフォルメされた姿からどこか可愛さのようなものがあった。


『ふむ。我の言葉を理解出来る者は少ないようだ。致し方あるまい。貴様、我に力を貸せ』

「――はぁ?」


 突然の提案に、遊馬は呆けた声を上げた。


『力を失ったとはいえ、我は竜神。そんな我の世話を出来るなど、下等生物にとっては至高の褒美であろう』


 尊大な態度は変わらない。

 遊馬はここで、これ以上関わるべきではないと判断した。

 デフォルメされた姿とはいえ、アルフォルトには鋭利な牙や角、爪がある。

 下手に手を出すべきではなく、警察に連絡するべきだろうと判断した。


「今、警察を呼んでやるから動くなよ」

『ケイサツ? なんだそれは。旨いのか?』


 呆れたように遊馬は携帯を取り出す。

 そして110を押そうとした瞬間、けたたましいサイレンの音が鳴り響いた。


「――怪人だ」


 今度は紛れもなく、怪人の襲撃を知らせるサイレンである。

 遊馬はすぐにこの場を去ろうとした。

 だがきょとんとしながら煩いサイレンの音に器用に眉を寄せるアルフォルトを見て、このままにしておけないと思った。


『むっ、なんだ。至高の我を持ち上げるとは不敬だぞ』

「黙ってろ!」


 アルフォルトは体を持ち上げるなり不満を漏らすが、遊馬はアルフォルトを抱えてこの場を去ろうとする。

 放っておいて怪人に殺されでもすれば、それはそれで目覚めが悪い。

 アルフォルトはデフォルメされた姿とはいえ、ずっしりと重さがあった。

 日頃運動をするわけではない遊馬にとってはその重みは十分な枷となった。


 ――走り出して間もなく、遊馬たちがいる商店街に爆音が響く。


「なんだっ?!」


 足を止め、そちらに視線を向ければ商店街の天井を突き破って何かが落下してきたようだった。

 何か、はこの場合考えるまでもない。

 怪人だ。


 遅れて、もう一つ商店街へ現れる姿があった。


「――ピンク」


 薄い赤のドレスのような恰好をした、派手な髪色の少女が現れる。

 安直なその髪色と同じ名前の少女はこの街のヒーローである、魔法少女ピンクだった。


「やはり貴様一人ではこの程度のようだったな。残念だ。噂の魔法少女とやらとやり合いたかったのだが」


 怪人の良く響く声が届く。

 遊馬はアルフォルトを抱えたまま、身を隠した。


『ふむ。何者だやつらは』


 アルフォルトが暢気な声を漏らすが、遊馬はそれどころではなかった。

 怪人の後に現れたピンクの姿はいつもの姿ではなく、ボロボロになっていた。

 よほど怪人が手ごわいのか、それとも


「まさか、また負けるのか」


 遊馬の脳裏に、ブルーが敗れた姿が思い浮かんだ。

 胸を抉られ、殺される姿はかなりの衝撃を遊馬にもたらした。


「――わたしは、負けない!」


 ボロボロのピンクが、それでも怪人と立ち向かう。

 

「ブルーの分までわたしがこの街を守るんだ!!」


 その後ろ姿を、遊馬は見ているしか出来なかった。


『あの下等生物の雌。死ぬぞ』


 ぽつりと、アルフォルトが呟いた。

 遊馬の視線が、胸に抱えたアルフォルトに向く。


「死、ぬ?」

『ふむ。何者か知らぬが、彼奴との戦力差は明白だ。我も昔よく見た、我に挑んできた愚者どもの顔つきによう似ておる』


 死ぬ、という言葉が遊馬の頭の中を巡った。

 だから、といって遊馬に出来る事はない。

 彼はただの高校生で、怪人と戦う力などないのだから。


 彼に出来る事は、と同じ狐面の謎の人物が助けに来る事を願うだけだ。


『――それでよいのか?』


 遊馬の心中を察したように、アルフォルトが言葉を紡いだ。

 重く、重圧のある言葉だった。


「いいって、俺にはどうしようも……」

「一つ、方法がある。我にとっても、貴様にとっても損のない方法だ。だが一度そうすれば貴様はもう、逃れられなくなる』

「なに、から?」

『――運命だ。遍く生き物を取り巻く、大いなる流れ。我と貴様が交わった時、貴様は我の運命に組み込まれる。終わりなき戦いの連鎖の中に飛び込む事になるのだ』

「戦いの連鎖……」

『それでも、あの下等生物の雌を救いたいと欲するのならば我の手を取るがいい』


 遊馬は一瞬、躊躇った。

 アルフォルトの言っている事を理解できた訳ではない。

 それでも、何か大きな事に巻き込まれる、そんな予感があったからだ。


 だが遊馬は、アルフォルトの手を握った。


『良かろう! 我の名は竜神アルフォルト。今この時を以って貴様を我が半身だ。さぁ、叫べ!』


 その言葉は、遊馬の中から自然と湧き出た。


『「――合体!」』


 光が遊馬とアルフォルトを包んだ。

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