第10話


 ナノテクノロジーが発達した現代、医療だけに留まらず戦闘スーツにも用いられるその技術がありながら、アリスに使われている形状記憶合金は現代の科学でも解明できない未知の金属を用いられている。

 誰が作ったかを知る者はおらず、朝日が生まれる以前、白狐会という組織を立ち上げた朝日の祖父の時代から存在している。


 目の前の怪人が二体同時にその腕を振るう。

 朝日は受け止める事無く避けるが、怪人の腕が床に触れた瞬間に足場が揺れる衝撃と轟音がし、地面がくぼむ程に爆ぜた。


「火薬でも仕込んでいるのか?」


 顔を布で覆っている怪人の顔が、避けた朝日に向く。

 視力が機能しているようにも見えないが、何かしら朝日の動きを捉える方法があるのだろう。


「アリス、までなら抑える事が出来る」


 次々と攻撃を繰り出す怪人。

 それでも速度に勝る朝日は回避に専念する事で避け続ける事が出来ていた。

 しかし避ける度に足場がくぼみ、不安定になっていく。

 どこかでバランスを崩す可能性は高かった。


『……三本までです』


 朝日の言葉に、アリスが躊躇いがちに答えた。

 朝日はその回答に満足げに笑みを浮かべる。


「十分だ」


 突然朝日が足を止める。

 その隙を怪人が見逃すはずがなく、地面を爆ぜる一撃が朝日に向けられた。


『オオォ……?』


 しかしその攻撃は、朝日の体をすり抜ける。

 明確な混乱を怪人が示す。

 一度ならず二度、三度と怪人は腕を振るった。

 だがそのすべてが、朝日の体をすり抜けた。


「――霞燈篭」


 朝日の声が響き、怪人が後ろへ飛んだ。

 朝日から反撃の予兆があったわけではない。

 直観的に、あるいは本能的にそうするべきだと判断したからだ。


「それは正しい。だが正解は、逃げるべきだった」


 怪人は

 布で覆われた視界から、朝日の体、その背中越しに見える二本の

 黒い姿に揃った、巨大な黒い尾がある事を。


「――狐火」


 朝日の周囲に、青い炎が二つ揺らめく。


『オオォォォォォ!!』


 その炎を見た瞬間、怪人が雄たけびを上げた。

 今すぐに、この男を殺さなくてはいけない。

 憤りにも似た感情に支配され、二体の怪人は一斉に襲い掛かる。


「もう遅い」


 飛びかかってきた怪人二体の体が突然、空中で青い炎に包まれる。

 怪人の体は朝日に触れる事無く後方へそのまま突っ込んでいき、青い炎に包まれたまま動く事はなかった。


『状態はどうですか』


 息をつく朝日に、アリスが声をかける。


「何とかってとこだな。俺だけでは無理だろう」


 体力的というより、精神的な消耗を感じながらも、朝日は金本の元へ向かった。












「まさかまさかまさか! あいつらが負けるなんて!」


 虎狼会アジト、その最深部。

 金本は複数の部下に身を守らせながら、朝日と怪人の戦いを映像で見守っていた。

 虎狼会が所持している怪人は五体。

 内一体はヒーローを一体殺した所で殺され、二体はアジト周辺の守りをさせて動かせない。

 残り二体しかいないが、その二体は凡百の怪人では相手にもならない特別品だ。


 普通に購入すれば何億という金でも手にする事が出来ない。

 それほどに特別な怪人だった。


 そんな怪人を与えてくださったのだから、自分はよほど信頼されているのだと思っていた。


「ど、どうすればいい……? あのお方になんとお伝えすれば……」


 狼狽する金本の様子に、部下たちも困惑していた。

 その時、金本の携帯が鳴りだした。

 その発信者の名前を見た時、金本の顔が絶望に染まる。

 しかし金本には、出ないという選択肢はなかった。


「は、はい……」

『随分と大変な目に合ってるみたいだねぇ』


 電話越しに聞こえてきたのは、愉快そうな声音の男の声だった。

 どうやら金本の現状はすでに把握されているらしく、誤魔化す事は出来ない。

 弁明するしかないと思った。


『あぁ別にいいよ。今回の件、君じゃどうにもできないようなのが相手だしね。というか、狐面って聞いてまさかと思ったら本当にあそこがまた出張ってくるなんて、君も運がないねぇ』


 弁明をする機会を与えられる事無く、男は会話を続ける。

 朝日が来る事を知らせたのもこの男だった。

 

「あの男が、誰か知っておられるのですか……?」


 不信感を含ませながら、金本は男に問う。


『白狐会っていう古い遺物さ。なんてたって、組織だからね』

「怪人をっ!?」


 これには金本も驚くしかない。

 怪人を最初に生み出した組織など、誰も知らないからだ。

 それが事実かどうかは金本には判断出来なかったが、この話に金本とは笑みを浮かべる。


「と、ということはっ。あいつが、アレを持っているのですか?」

『そうだよ。最初の怪人を生み出した組織が持っているとされる、ことの出来る機械を所持している。僕や協会が持っている偽物じゃない、本物だよ』

「で、ではっ。必ず、必ず私がそれを手に入れて見せます! ですので今回の件は――」


 金本の言葉はそれ以上続く事はなかった。


「ぎ、ぐ、ぉ、ぉぉ……」


 金本の頭部が、粘土をこねる様に何重にもとぐろを巻いて変形する。

 血と脳漿が入り混じった液体が周囲に飛散するが、その光景に悲鳴を上げるものも、逃げ出す者もいなかった。

 なぜなら、そこにいる全員がそうなっていたからだ。


『あれは別にいいんだよ。それほど使い勝手がいいものじゃないからねぇ。って、もう聞いてないか』


 電話が切れるまで、男の愉快そうな笑いが響いていた。


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