第9話


 高層ビルからの落下。

 着地の際の衝撃は当然凄まじく、着地点周辺の破壊と当人は原型を留めないであろう。


『――ブースト』


 着地より早く、落下する朝日の体が宙で1度止まり、再度緩やかな落下を開始する。

 その際に掛かる衝撃を全てアリスが緩和し、再度の着地は虎狼会の豪邸の屋根に降り立つ。

 その際の衝撃もまた全てアリスが吸収し、微かな音だけを立てて朝日は屋根の上に立っていた。


『二階部分に十四人、一階に八人。怪人はいないですね。ただ、地下は

「妨害対策……地下が本命だな」


 朝日の目的はここの殲滅ではなく、隠密に如何にして虎狼会が協会を介さない怪人を手に入れたか、だ。

 騒ぎになれば情報を消される可能性もある。

 ただでさえ、狐面が怪人を倒した事を知られているのだから。


『不用意に手を出すからですよ』


 言葉にしていないはずの考えを読まれ、朝日はドキリとする。

 正しく一体となった今、アリスにとって朝日の考えなど手に取るように分かっていた。


「と、とにかく。地下へのルートを出してくれ」


 朝日の視界に、豪邸の見取り図が現れる。

 その図には赤い点と、緑の線が描かれていた。

 赤い点が豪邸の中にいる人間、そして緑の線が人間と遭遇しない最適なルートだ。


『予測を外れ会敵する可能性もありますのでご注意を』

「了解」


 朝日が手早く動き、豪邸の中に侵入する。

 アリスの予想通りに進めば、人の気配はすれど一切の遭遇なく地下への道に辿り着いた。

 だが地下へ行く方法は、エレベーターだった。


「ここから先はバレずに行くのは難しそうだな」


 エレベーターを使えばほぼ間違いなくバレる。

 だがまだなんの情報も得てないので帰る訳には行かない。


『四十秒後、こちらに誰か来ます』


 迷ってる暇もない。

 朝日はエレベーターの中に入り込んだ。


「認証キーが必要なのか」

『二秒お待ちください』


 二秒後、解読を済ませたアリスによってエレベーターは動き出した。







 軽快な音とともにエレベーターが開いた時、朝日の眼前に広がっていたのは軽機関銃を所持していた男たちだった。


『どうやら待ち伏せされてたみたいですね』


 呑気なアリスの声。

 それを掻き消すように、男の声が響く。


「侵入者だ! 撃てェェェ!!」


 一斉に引き金を引かれ、数百の弾丸が降り注ぐ。

 対象を粉々に砕いても尚足りないとばかりに、弾丸が放たれ続ける。


「止め!」


 凄まじい音の中、男の声に従い弾丸は止んだ。

 朝日どころかエレベーターをも破壊するその弾丸の雨の後には何も残っていなかった。


「――狐野郎がいねぇぞ!」


 弾幕の晴れたあと、男たちが見つめる先に朝日の姿はなかった。


「――ここだよ」


 男たちは一斉に振り返る。

 そこにいるはずのかった、朝日の姿があった。


「うっ、撃――」


 それ以上の言葉を男が発することは無かった。

 手刀を一つ振り下ろす。

 それだけで男の体が斜めに両断される。


「一人」


 瞬間、一斉に再度の弾幕が張られる。

 だがやはり朝日を捉えることはなく、彼らの視界から朝日が消え、再度姿を見せた時にはまた一人命を落とす事となった。


『どうしてバレたんでしょうね』


 音が静まり返った時、そこに生きている人間は朝日一人になった。


「さぁな。協会経由ではないだろうから、俺たちを監視でもしていたんじゃないか」

『余計な事をするからですね』


 今更愚痴っても仕方ないと、朝日は惨殺現場となったこの場を後にし先へ進む。

 一つ気がかりなことがあるとすれば、エレベーターも壊れたが上に戻れるだろうか、という事だった。








 虎狼会のアジト、その地下。

 最初の襲撃から間もなく継続的に襲われるが相手は銃器を持っているだけだった。

 朝日の予想ではもっと怪人が守っているものだと思っていたのだ。

 幸いではあるが、不気味という印象を受ける。


『待ち伏せている割に戦力を小出しにしていますね』


 アリスも同じ違和感を感じていた。

 建物の外から内部を見通せるを持つアリスも、今は妨害され何も見えないのだという。

 それでも危機感と呼べるほどのものがないのは、朝日の実力が銃器程度ならば問題なく対処出来るレベルにあるからだった。


「どうにも誘導されている感が否めないな」


 地下の内部は幾つかの道があり、朝日は敵がいる方に向かっている。

 その途中に見つけたのは何かの研究所のようなもので、広さの割に収穫と呼べるものがない。


『それは間違いないかと』

「面倒な仕事だな」


 前を立ち塞がる虎狼会の人間を始末し、更に進む。

 幾つかの分岐の後、朝日は大きく開けた場所に出た。


「――初めまして、というべきかな」


 その場所へ出た瞬間、朝日が目にしたのは数十人からなる虎狼会の人間が銃を構える姿と、一人の男の両脇に佇む二体の異形――怪人の姿だった。


『熱烈な歓迎ですね』

「あんたは?」

「わたしは虎狼会の総統という立場を預かっている金山という。以後――はないですけどね」


 瞬間、一斉に朝日に向かって弾丸が放たれる。


「――霞燈籠」


 無数の弾丸が朝日の体を貫く。

 だがその弾丸は朝日の体を傷つけることなく、通り過ぎた。


「――やはりこの程度では効きませんか」


 男が片手を上げると、弾丸の雨が止む。

 周囲には朝日の体をすり抜け地面を抉る弾丸の後だけが残っていた。


『科学の叡智の結晶である私としてはあまり認めたくない現象ですけどね』


 アリスの呟きは朝日以外に聞こえず答える者はいなかった。


「流石は白狐会――の生き残りと言ったところですか」

「うちの事を知っているのか?」

「えぇ、あなた方は有名でしたからね」


 生き残りがいるとは思いませんでしたが、と男は続けた。


「大人しく出て来なければ滅びる事もなかったでしょうに。よりにもよってあのお方からお預かりした怪人に手を出すとは」

「あのお方?」


 朝日の質問に金山は答えなかった。


「あなたのお相手はこちらのお二人が相手してくださりますよ」


 金山の言葉に、両脇にいた怪人が動き出す。

 両腕を交差させて自らを抱きしめるような姿勢の、顔を布で覆った背の高い怪人が二体。

 ふわりと浮かびあがり、朝日に近づく。


「ではさようなら」


 金山は部下を連れてこの場を去り、更に奥へと戻っていった。


『私の予測は使えませんよ』

「分かった」


 二体の怪人が朝日との距離を詰め、その腕を開く。


『オォオオオオオオ!!』


 怪人の叫びが響き、顔を塞ぐ布が揺れる。

 その顔の下は酷く爛れていた。


『よほどの自信があるのでしょうね。逃げないとは』

「手っ取り早く済ませる。聞きたい事もあるしな」


 朝日も身構える。


 怪人二体と朝日の戦いが始まった。


 

 

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