第6話
『まさか本当に上手くいくとは思いませんでした』
本当に驚いた、という様子で揺れるアリス。
逆になぜ驚くのかという様子の鈴。
どう説明しようかと頭を悩ます朝日。
朝日は咳ばらいをした。
「それで、何か他に覚えている事はあるか?」
「覚えていること……」
相変わらず声は枯れており、喋るのもしんどそうにしている。
だが今説明しないと後になればなるほど、混乱は酷くなってしまうと朝日は考えていた。
「あまり、覚えてないです」
自分が死ぬという、衝撃度でいえば類を見ないであろう衝撃をどうすれば緩和出来るのか。
いっそ正直に説明すべきではないか。
そうだ、そうしよう。
高速で頭を働かせ、朝日は言葉を選びながらも現状の説明を行う事にした。
「ブルー、あんたは怪人と戦い殺されたんだ」
「…………は?」
案の定、何を言っているんだという返事をされる。
隣のアリスからも呆れたような視線を感じた。
「どういう、ことですか」
「数日前、あんたとピンクが翼と角のある怪人と戦い、ブルー。あんただけが殺されたんだ」
ゆっくりと咀嚼するように、鈴は朝日の言葉を理解しようとする。
それでも理解しきる事は出来ない。
なぜなら殺されたはずなのに、今ここにいるからだ。
「死んだのに、どうして生きてるんですか?」
「俺が生き返らせた」
厳密には違うけど、という部分を聞こえないぐらいの声量で朝日は答える。
鈴の朝日を見る目が、怪しい男からとんでもなく怪しい男へと格上げする。
「――怪人の作り方を知っているか?」
「…………?」
突然言われるが、鈴に分かるはずがない。
怪人の存在が確認されたのは百年以上も昔だが、肝心の怪人については詳しい事は分かっていないのだ。
これまで数々の怪人を抱える組織がヒーローのおかげで壊滅しているが、その仕組みは不明な点が多い。
一説には、怪人を生み出す怪人がいるとか、怪人を売り出している組織がいるだとか。
鈴が知っているのはその程度の知識だった。
「怪人はあそこの機械に素材を入れる事で生まれる」
朝日が指をさす。
一目で普通ではない、まともではない雰囲気の巨大な機械がそこにあった。
朦朧としている意識の中でも、聡明な鈴には朝日が言わんとしている事がようやく分かった。
「わたしは、怪人になったのですか」
口にして、それは酷く絶望的な事だった。
鈴の意識の中では、彼女はまだ魔法少女ブルーなのだ。
怪人を倒す側のヒーローなのだ。
それが突然、怪人となったといわれて、納得できるものじゃない。
今すぐ暴れて、こんな場所を叩き壊したい気持ちに襲われる。
「――っ」
無意識に右耳に手が触れる。
そこにいつもあった、イヤリングがあった。
それを手に取る。
いつも触れると淡く光っていたクリスタルが、黒く染まっていた。
「――少し、一人にしてもらっていいですか」
朝日が何かを言おうとして、諦めたように去っていく。
ここに至っても、彼は鈴に何かを強要するわけでも、害しようとする気配がない。
「変な人ですね」
『マスターは確かに変ですね』
下を向いていた鈴の視線が上に上がる。
そこには変わらず、球体が浮かんでいた。
『私は人ではありませんので』
ぬけぬけと言い放つ球体に、鈴はなんだか毒気を抜かれた気分になった。
鈴が立ち上がり、朝日の前に姿を現したのは一時間以上後の事だった。
彼女の顔には現在、白い狐の面が被されている。
意味がなくつけているわけではなく、その面はアリスの子機のようなもので、乱れた脳波を正したり、気分を持ちつかせたりと様々な効果がある。
「落ち着いたのか?」
「えぇ。――私はあなたに、感謝しなければいけないのよね。ありがとうございます。生き返らせてくれて」
直接言われるとなんだか不思議な言葉だった。
「アリスさんが色々と教えてくださいました。あなたの事とか。ここの事とか」
「そうか」
多分余計な事を皮肉交じりに教えたんだろうなと想像がついた。
「教えてください。あなたはわたしを生き返らせて、それで一体何をさせるつもりなのですか?」
狐面の奥に、力強い瞳が宿っている。
朝日は今一度彼女の前で姿勢を正した。
今は誠実に対応しなければいけないと思ったからだ。
「俺の目的は、組織の再生だ」
「組織……」
「数年前、うちが今よりも大規模だったころにとあるヒーローに組織を壊滅させられた。生き残ったのは俺とアリスだけだ。いずれはもう一度組織を再結成し、あのヒーローを殺す。そしてゆくゆくは世界そのものを手に入れる」
「そのために、私を使うのですか?」
「いや、それは好きにすればいい」
思いがけない言葉に、鈴は驚いた表情をする。
この話の流れでそういわれるとは思わなかったからだ。
「あんたを怪人にしたのは俺だ。結果としてあんたの――天羽鈴としての自我が残ったのはあんた自身が掴んだ万に一つの奇跡だ。もう一度天羽鈴として生きるのも、違う誰かとして生きるのも好きにすればいい。力を使わなければ、怪人とばれる事もないだろう」
あぁ、と鈴は納得した。
この少年はきっと、バカなのだ。
怪人としての自分の力など知るはずもないが、弱いという事もないだろう。
鈴を使えば、目的である組織の再生に一気に繋がる事だろう。
だがそうしないのだという。
言うなれば無償で人を一人生き返らせたのだ。
そんな、
『私のマスターは本当に愚か者ですね。なんのためにこんなことをしたのか』
鈴の隣にいたアリスが呆れたようなため息を吐く。
「本当に、バカなんですね」
いきなりバカ呼ばわりされ、朝日がむっとする。
鈴は、自らの顔に張り付いた面に触れた。
今度は、抵抗もなく外れた。
「わたしが本当に死んだのなら、わたしの居場所はもうありません。悪いこと、はしませんけど、お世話ぐらいは、します。これから、よろしくお願いします」
後悔や無念、やりたい事はたくさんあった。
それでも、と鈴は微笑む。
ぼやけた視界が開け、鮮明になる。
「
呆けた顔の、
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