第5話
企業に所属するヒーロー、魔法少女ブルーが死んだ。
その見た目と街を守るヒーローとしての実績から愛されていた彼女の死は大々的に報じされ、その死を悼まれる事となった。
彼女の本名は伏せられたが、同時期に死亡した少女を知る者には彼女が魔法少女ブルーであった事が知れ渡る事となった。
その死を最も悲しんでいたのは彼女と同じ企業所属のヒーローであり、魔法少女ブルーの相棒として名の知れた魔法少女ピンクであった。
魔法少女ブルーその葬儀は身内でのみ行われることとなった。
『ヒーローを庇ったかと思えば、今度は死体泥棒ですか?』
ブルーのお通夜が済んだ夜。
彼女の亡骸が納められた棺の前に朝日の姿があった。
隣にはいつものように小言の多い球体――アリスが付き添っている。
「生きてる人間を素材にするのはあれだが、死んでるならいいだろ」
『どういう理屈ですか?』
呆れを全開にするアリスに、朝日もその説明はちょっと無理やり感が強かったかと反省した。
『言っておきますが、死者を利用しても本人の自我が残っている可能性は皆無ですよ』
「……」
アリスには朝日が何を考えているかはお見通しだった。
朝日が行おうとしているのは、ブルーの死体を利用した怪人作り。
朝日の部屋にある怪人の作成機は、その素材に生きている素材を必要としない。
極論その辺にある石ころでさえも怪人にすることが出来るほどの、現代の科学では解明できない未知の技術が使われている。
だがその反面、生きている人間を素材にした場合、本人の自我が残っている事が多く、それゆえに暴走の危険性を多く秘めている。
魔法少女と朝日が戦う事になった怪人も、おそらくは元を辿れば死んでいる人間と複数の動物を混ぜて怪人にしたのだろうとアリスは予測していた。
その素材となった死体の意思は欠片もなく、新しい人格が発生していただろう。
『仮に彼女の意思が残っていたとして、彼女がそれを望むとも思えません』
「あまりやる気を削ぐこと言わないでくれよ」
アリスの小言に、げんなりとする朝日。
それでも、と朝日は言葉をつづけた。
「万が一にでも、
『まぁ死体泥棒に死体損壊。悉く死者の尊厳を害するような行為は確かに悪党らしいですけどね。しかも美少女の魔法少女を相手にそれをするんですから大犯罪者ですよ」
それを聞けば朝日は自分がとんでもない下種な小悪党に思えてきた。
これ以上聞いていてもメンタルを削がれるだけなので、朝日は棺からブルーの死体を取り出す。
見た目は綺麗に整えられ、腐食処理がされているのが分かった。
ただ死体を奪うだけだと大騒ぎになってしまうので、ここで用意していたものが役に立つ。
魔法少女ブルー、その本来の顔である天羽鈴の姿を模した人形。
超高性能AIを自称するアリスが一晩で作ったものだ。
質感も人間と相違なく、彼女のデーターは以前に基地に連れ込んだ時にアリスが取り込んでいた。
『急いだ方がいいですよ。誰か来ます』
アリスが反応する。
朝日は手早く行うが、動かない死体というのは存外に重く動かしにくい。
多少手間取る合間に、足音が朝日に聞こえる程に近づいてきた。
「――誰かそこにいるの? きゃっ!」
やってきた人物が部屋を覗こうとした瞬間、風が通り過ぎる。
それは高速で移動した朝日であったが、気付かれはしなかったようだ。
『こんなことの為に変身するのもどうかと思うんですけど』
「騒ぎになるよりいいだろ」
狐面の怪しい男の姿は、闇に消えていった。
その翌日、葬儀はつつがなく執り行われ魔法少女ブルー――天羽鈴は火葬にされた。
――微睡みから目を覚ます。
「こ……こは……」
声を出してみて、自分の声が酷く枯れている事に気づいた。
視界もぼやけており、前がよく見えない。
自分は何をしていたのか、ここはどこなのか。
「――――」
声が聞こえた。
いや、聞こえた気がするだけで、それは言葉として届いておらず、ただの音としか認識出来なかった。
それでも、と視線を声の主の方を見る。
視界がぼやけ判然としないが、おそらくだが男が立っていた。
「だ…………れ……」
「――――」
声に反応しているようだが、やはり言葉として認識できない。
何かが自分の身に起きている。
だがそれが何なのか分からない。
男も自分の声が届いていない事に気づいたのか、手振りで何かを伝えようとする。
その横を、丸い何かが飛んでいる。
――見覚えがある。
それが何だったのか分からないが、既視感のようなものがあった。
記憶を探ろうとして、酷く痛む頭にも気づいた。
「っ」
その時、顔に何かを押し付けられてのけ反る。
咄嗟に外そうとするが、くっついているのか外す事が出来ない。
手触りでそれが仮面のようなものだということに気づいた。
「俺の声が理解できるか?」
聞こえてきた声に驚く。
今度は紛れもなく、言葉として理解する事が出来た。
「あなた、は……」
『記憶の混濁が起きているようですね。無理もないです。生まれ変わりのようなものですから』
女の人の声も聞こえた。
だが周囲にその姿がなく、声の主を探そうとする。
「今の声はこの丸いのだ」
それに気づいたのか、男が球体を指さす。
球体はそれ呼ばわりに不満そうに揺れた。
――似たような光景を見た気がする。
それは何だったか。
そう昔の話しでもない。
つい最近のことだ。
「それで、自分が誰か分かるか?」
もちろん、と頷いた。
それだけは忘れるはずもない。
「わ……たし、は……」
男も球体も、続きを待った。
「わたしは……」
声を出すだけで喉が痛む。
「私の名前は……天羽鈴」
無理やりにでも声を絞り出した。
「――魔法少女ブルーよ」
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