第4話


 AIを搭載した戦闘補助デバイス『アリス』。

 形状記憶合金によって形成されているのがアリスであり、球体状の姿はアリスの形態の一つでしかない。

 その本来の姿は、アリスを手にした状態でキーワードを唱える事で姿を現す。


 ――変身。


 朝日の言葉により、球体であったアリスの形が変わる。

 薄く大きく朝日の体を覆うように広がり、その体に密着するように縮まる。

 まるでスーツのように朝日の体と一つになる。


『これを使うのも久しぶりですね』


 朝日の耳にアリスの声が届く。

 骨伝導による声は朝日の耳にしか届かない。


「無駄話はなしだ。行くぞ」


 グラウンド側の窓を開き、朝日は身を乗り出す。

 そして跳躍した。


『着地による損傷はありません』


 校舎二階からグラウンドまでを飛んで着地すれば足に掛かる衝撃は凄まじいが、今の朝日の状態では何も問題はない。

 魔法少女ピンクと怪人の戦いの間を、朝日が降り立った。


「――何者だ」


 いち早く朝日に警戒を示したのは怪人の方だった。


「ヒーロー……?」


 ピンクの呆然とした声に、朝日は思わず笑ってしまいそうになる。

 確かに今の朝日は普段の姿とは異なっている。

 戦闘補助デバイスであるアリスの本来の姿を解放した今、朝日の姿はあるいは戦隊ヒーローに近い恰好をしている。

 ただしその色合いは黒を基調としており、所々が禍々しい紋様や形状になっている。

 その顔は黒い狐面で隠されており、お世辞にも正義の味方とは言えない恰好だ。


『全部の趣味であって私の趣味ではないですけどね』


 誰に弁明しているか分からないアリスの声が朝日に届くが、朝日は気にしない。

 このAIポンコツはたまにそういう所があるからだ。


「死にたくなければ下がっていろ」


 ぐぐもった判別のしにくい声がピンクの耳に届く。

 見るからに怪しい男を、しかしなぜかピンクは言われた通りにこくりと頷き、怪人が放り捨てたブルーの所へ向かった。


「なんなんだお前は! なぜ邪魔をする! 貴様もヒーローの仲間なのか!!」


 ピンクとの逢瀬を邪魔されたとばかりに、怪人が怒りを顕す。


「俺がヒーロー? お前まで馬鹿な事を言うなよ」


 狐面が怪人に向けられる。

 仮面の隙間から覗く、縦長の黄色い瞳孔の冷たい視線に、怪人は背筋をぞくりとさせた。


「俺もお前と同じ同業者だよ」

「ならば――ならばなぜ邪魔をする! もう少しでピンクを殺せたというのに!!」


 怪人としては至極まっとうな意見に『正論ですね。もっと言ってやってください』とアリスが同意した。

 黙ってろ、と朝日はアリスを黙らせる。


「理由は簡単だ。お前が気に食わない」

「な、に……?」


 怪人は混乱していた。

 ヒーローを倒す為に生まれた怪人は、その目的のために死力を決し、実際にブルーというヒーローを倒した。

 そこに現れた、得体の知れない同業者を名乗る不審人物の存在に頭を悩ませる。

 だが怪人として優れている彼は、その頭脳もまた優れていた。


 即座に朝日を敵として認定した。


「いいだろう。では貴様も殺し、そのあとにピンクを殺すとしよう」


 最初からそうすれば良かったと、怪人は頭を悩ませたことにすら憤りを感じる。

 その怒りを発散するように、力を解放させた。


「はぁあああ!」


 大地を深く踏みしめ、朝日に向かって拳を振りぬく。

 音速に迫るその一撃を朝日は左手で受け止めた。


「なにっ!」


 会心の一撃であった攻撃を片手で受け止められ、怪人は驚きの表情を見せる。

 タイミング、踏み込み、威力。

 どれをとっても悪くないものだった。


「ふ、ふん。どうやら少しはやるようだな」

『うわ、負け惜しみのテンプレですよ』


 怪人が朝日の手を振り払い、距離をとる。

 そして片翼の翼で空へ浮かび上がった。


『あれどういう原理でしょうね。揚力とは違う理屈のようですけど』

「お前が分からんものを俺が分かるわけないだろう」


 空中で翼を動かし、滞空する怪人にアリスが疑問を投げかけるが、朝日に分かるはずもなかった。

 怪人にはアリスの声が聞こえないので、その様子がなんとも暢気に見えてしまい、余計に怪人はいら立ちを見せる。


「貴様は簡単には殺さん、なぶり殺しだ!!」


 怪人の翼が大きく広がり、その翼から何かが幾つも飛来する。

 それは怪人の羽であった。

 幾つも飛び出した羽は朝日に向かって飛んでくるが、それを後方へ跳躍して避ける。


『硬質の翼ですね。刃物が高速で飛んでくるようなものです』


 逃げた朝日を追うように怪人の翼から羽が飛来する。

 それらは地面に深く突き刺さっており、その様からも直撃しては危険であると予測された。


「めんどうだな」


 高所からの一方的な攻撃に、朝日には攻撃の手段がない。

 はね切れを狙おうにも、よく見れば飛ばす傍から再生しているのか尽きる様子がない。


 走りながら羽を避け続け、朝日は怪人との距離を詰めようとする。

 それを分かっているからこそ、怪人はさらに高度を上昇させ、朝日との距離を話そうとする。


『解析が完了しました。四秒後に飛んで距離を詰めてください』


 一切の疑問を持たず、朝日はアリスの言葉通りに四秒後一気に跳躍して怪人へ迫る。


「バカめっ!」


 待っていたとばかりに、怪人が羽を自身の前に集合させ、巨大化させた羽を朝日に向けた。

 飛んできた朝日には回避不能の、巨大な羽が向かう。


 『補助機構発動――ブーストジャンプ』


 だがその瞬間、怪人の前から朝日の姿が消えた。


「なにっ?!」


 咄嗟に怪人は朝日の姿を探す。

 だが目の前にはおらず、不自然な影が怪人の顔を覆った。


『補助機構発動――ブースト』


 高く飛んでいる怪人よりもさらに高い場所に飛んでいる朝日の姿を怪人は見た。

 そして朝日が右足を突き出し、鋭角な角度のまま凄まじい速度で突っ込んでくる。

 

『チェックメイトです』


 朝日の蹴りが怪人の腹部を貫く。


「がっ、ぁっ」


 腹部に巨大な穴を開けた怪人は、どう見ても致命傷だった。

 苦悶の表情のまま、怪人は地上へと落下する。


 地上に降り立った朝日は、視線を隅に移動していた魔法少女たちに向ける。

 やはりというべきか当然というべきか、ブルーが起き上がる事はない。


 魔法少女ブルーは死んだのだ。

 悲しみに暮れるピンクに声をかける事無く、朝日はその場を後にする。

 変身を解いた姿を誰かに見せるわけにはいかないのだ。


 ただこの場には、怪人を倒して喜ぶ声はなく、ただただブルーの死を悼むばかりであった。

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