第3話



「良かったよ鈴ー! ほんっとに無事でー!」

「もう、これで何度目よ」


 抱き着いてくる鈴よりも小柄な少女の背中を撫でる。

 三日前、魔法少女ブルーは怪人との戦闘中に突然行方不明になった事で大きな騒ぎとなった。

 幸いにも数時間後に姿を現したとはいえ、と答えた事で怪人側による改造や洗脳の線を疑い、入念な検査が行われる事となった。


 それがようやく終わったのが今日の事だ。


「本当に何も覚えていないの?」


 小柄な少女が下から鈴の顔を覗き込む。

 体は小さくとも、その力強い瞳は鈴の心の内まで覗き込もうとしているかのようだった。


「検査でも異常がない事は確かめてるわ。……心配してくれてありがとう」


 鈴もまた、少女の目を見て答えた。

 少女――魔法少女ピンクこと赤坂寧々は良かった、と笑みを浮かべる。


「それより、あの怪人はどうなったの?」


 抱き着いてくる寧々を離すと、名残惜しそうに手を伸ばしながら答えた。


「んー、この三日間は姿を現してないけど。でも大丈夫! 次は勝つわ!」

「もちろんよ」


 その時、怪人の出現を知らせるサイレンが鳴り響く。

 二人は顔を見合た。


「早速出たみたいね」

「行こう鈴、ううん。ブルー!」

「ええ、行きましょうピンク」


 二人は互いにイヤリングに手を触れる。


「「――変身」」





 怪人には様々な種類が存在する。

 その目的もまた多様であるが、単純な破壊行動、殺人、銀行強盗など犯罪行為を主に行っている。

 片翼の翼、角を持つ怪人の目的は魔法少女であった。

 街を破壊して魔法少女を誘き出し、倒す。

 実際にそれは半分成功し、後一歩という所で邪魔が入ってしまい失敗した。


 だからこそ次は必ず成功させる。

 魔法少女を殺す。


 強い殺意を以て怪人は動き出した。








 怪人の出現を知らせるサイレンが鳴り響き、教室の中は騒然となる。

 怪人の出現に慣れているとはいえ、怪人のその矛先が学校に向く前に避難しないといけないというのは今の世界においては常識だ。

 即座に授業は中断され、学校の地下に造られた避難場所へ全校生徒が移動する。


「迷惑な連中だな」

「ブルー、見つかったんだろ? なら大丈夫だろ」


 朝日の呟きを拾ったのは、同級生の伊妻という男だった。


「いなくなった間凄い騒ぎになってたよな」 

「そうなのか?」

「えっ、知らなかったのかよ。ネットとかテレビ見てなかったのか?」

「うちにそんなものはない」

「ごめん」


 気まずそうにする伊妻。

 だがそれも一瞬のことで、すぐに話を続けた。


「行方不明になってたのは数時間らしいけど、その間どこにいたのか分からないって話だぜ」


 言わなかったのか、という朝日の声は周囲の声に掻き消される。

 その後は流れるように地下へと向かう生徒たちに混ざっていると、突然校舎の外、グラウンドから爆発音のような音がした。


 生徒たちの足が止まり、視線が一斉にグラウンドへ向かう。

 土煙が立ちこめ、その姿が見えない。

 だがその煙が晴れた時、一斉に悲鳴が鳴り響いた。


「きゃあああ!」

「うわあああ!」


 大勢の生徒たちの悲鳴が響く。

 だがそれも無理は無いことだ。


 土煙が晴れた時、そこに立っていたのは片翼の角のある男と、その男に胸を貫かれてぐったりとした魔法少女ブルーの姿だったのだから。


「――フハハハハ! 遂に、遂に殺したぞ!」


 阿鼻叫喚の校舎の中、ブルーを殺した怪人の高笑いが聞こえてくる。

 それに遅れて、グラウンドにさらに飛来してくる何かがいた。


「――ブルー! そんなっ! 嘘っ……」


 現れたのは赤いドレスの少女――魔法少女ピンクだった。


「ブルー! お願い返事をして!」


 ピンクの呼び掛けにも、胸を貫かれたままのブルーは答えない。

 どう見ても既に手遅れだ。


 その光景に、朝日は過去を思い出す。

 胸を貫かれ、殺された父と母。

 足蹴にされる姉。


 泣き叫んでいるのは、無力な小さな子どもだった。


『本当に行くのですか』


 朝日は騒然となる人混みを駆け抜け、避難に向かって今は誰もいない二階に向かっていた。

 その横を、いつの間にかふわふわと浮かぶ球体が付き添っている。


『何を考えているかは分かってます。その上でもう一度聞きます』


 朝日の足が止まる。

 校舎の外では、ピンクと怪人の戦いの音が響きその余波で校舎が揺れている。


『本当に行くのですか?』

「――俺は正義の味方ヒーローじゃない。悪党だ」


 両親や姉も、そうだった。


「だからこれは、負けそうなヒーローを助けに行くような行動じゃない。悪党らしく、自分勝手でわがままな行動だ」

 

 朝日が球体を掴む。

 球体は抵抗せず、ただ呆れたようにため息を吐いた。


「それにあの怪人、なんか無駄に顔が良くてムカつくだろ?」


 朝日は球体を掲げる。

 そして一言、言葉を発した。


 ――変身。


 

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