第2話
今より百年以上も昔。
世界征服という馬鹿げた思想を掲げる悪の組織だが、怪人という存在がそれを現実の物にしようとしていた。
だが人類もただ怪人に蹂躙されるだけではなく。
怪人の出現と同じく異形の姿、あるいは力を持ったコミックやアニメの中の存在でしかなかったヒーローが現れる。
それから百年。
悪の組織の大半はヒーローによって壊滅の憂き目にあい、ヒーローは職業として、あるいは平和の象徴として持て囃される時代が訪れている。
――夕日朝日は悪の組織の総統である。
だがその組織は既に壊滅しており、今や朝日一人となけなしの施設を残すのみとなっている。
だが朝日には野望があった。
今や壊滅し消えかけている自らの組織を、祖父、そして父から受け継いだ組織を再び押し上げ世界を手中に収める事である。
その目論見は今のところ、実現する見込みは万に1つも存在していない。
異世界の妖精の力を借り、魔法少女へ変身する事のできる少女――天羽鈴が目を覚ましたのは得体の知れない薄暗い建物の中だった。
目を覚ましてすぐ鈴は自らの置かれている状況に困惑する。
直近の記憶を思い出し、はっとして自身の体を確かめるように触る。
「変身が、解けてる……」
妖精の力で魔法少女に変身した姿であるブルーではなく、都立の高校に通う天羽鈴の姿に戻っている事に気づく。
「ここはどこなの……?」
周囲を見渡すが、見える範囲にあるのは得体の知れない機械や何が入っているのか分からない瓶が置かれた棚。
自身が台に乗せられて寝ていた事にも気づいた。
「そうだっ、ピンクは?!」
台から降りようとして、足に力が入らず床に落ちてしまう。
その痛みに耐えながら起き上がり、出口を探そうとする。
その鈴の前を、ふわふわと浮かんだ球体が近寄ってきた。
『ようやく目を覚ましたのですね』
「っ!」
球体から女性の声が聞こえ、鈴は驚く。
明らかに機械的な硬質の球体は驚く鈴を気にも留めた様子もなく、平坦な声を掛ける。
『目を覚ましたのなら早く出て行ってほしいのですが』
「出て行けって、あなた……は何なのよ。ここはどこなの」
目も口もない球体が、明らかにめんどくさそうな様子で揺れる。
『ここがどこかを説明する事は出来ません』
「私はなんでここにいるの」
『それは』
その質問に、球体が言葉につまる。
言葉をひねるように左右に大きく揺れた。
「俺が拾ってきたんだよ、
鈴は自身の後ろから声を掛けられ、驚いて振り返る。
「何者なの!」
振り返りながら自然と鈴の手が右耳に触れるが、そこにあるはずのものがなく必死に探すが見つからない。
「探しているのはこれだろ」
男が鈴に、何かを投げ渡した。
それを受け取る。
円錐状のクリスタルの形をしたイヤリング。
鈴が触れた瞬間にクリスタルからは淡い光が灯った。
「あなたは一体何者なの? 怪人の仲間?」
イヤリングを耳につけ、鈴は最大限の警戒を示す。
男が薄暗がりの中から更に前へ出る。
そこでようやく、男の全身が見えた。
「心配することはない。危害を与えるつもりなら最初からしてる」
「それは、そうかもしれないけどだからといって信用出来ないわ」
男の傍に先程の球体が近寄る。
『だからさっさと外に放り出すべきだと言ったのです』
「悪かったから今は小言はやめてくれよ。あんたも、心配しなくてもすぐに家に帰してやるから落ち着いてくれ」
鈴は男を見る。
黒く染められた、狐面を被った男。
声は変声器でも仮面についているのか、ぐぐもって聞こえてくる。
明らかに普通の人間では無い。
「ついてこい」
妖精の力を形にしたイヤリングに触れて何かあればすぐに変身できる姿勢の鈴に、男はあっさりと背中を見せた。
球体の方は鈴を見ているような気がするが、目も口もない球体の考えている事など鈴に分かるはずもなかった。
警戒を怠らず、鈴は男を追いかける。
「エレベーター?」
男が向かった先は、カプセルのような形をしたエレベーターのようなものだった。
ますます自分がどこにいるのか分からない。
「入ってくれ」
閉所に怪しい男と入るなど正気を疑う所業だが、ここに至っては従う他はない。
男が先に入り、鈴が続く。
中で男が何かを操作しているようだが、前を向いている鈴にはそれが何かは分からなかった。
「なにここ」
エレベーターに乗った時の浮遊感も一瞬で、気づけば視界の外に建物が見えた。
ありふれた民家のように見える。
民家のその庭に、ポツンと場違いなカプセルのような形をしたエレベーターが出現している。
「それじゃあ気をつけろよ」
鈴が恐る恐る外へ出ると、男の声が背中越しに聞こえた。
振り返ってみれば、既にそこには何もない。
手入れのされていない芝生だけがそこにあった。
「私、狐に摘ままれたのかしら……」
何が何だかという様子で、鈴は呆然としてしまう。
天羽鈴――魔法少女ブルーが街へ帰還を果たしたのは、それから一時間後の事だった。
『帰してしまって本当に良かったんですか』
「いつまでもここにいられる方が嫌だったんだろう? 文句の多いやつだ」
『文句ではありません。忠告ですよ。よりにもよって敵を基地に連れ込んで、しかもそのまま帰すなんて……。お父様が知ればなんと言うでしょうか』
音もなくふわふわと浮かぶ球体の小言に、うるさいと朝日は手を払って追い出そうとする。
するりとそれを躱し、球体は変わらず愚痴を言い続けた。
「それよりも、データは取れたのか?」
球体がぴたりと止まる。
『もちろんです。私に搭載されている超高性能AIにかかれば何の問題もありません』
球体から光が飛び出し、映像が浮かびあがる。
それは魔法少女ブルーと呼ばれる少女の持つ、イヤリングの情報だった。
『と言いたいところですが、あのクリスタル自体解析不可能な未知の物質という事しかわかりません』
「まぁそんなもんか。妖精云々が本当なら魔法よりだしな」
分からない事が分かっただけだったらしく、浮かびあがった映像にもエラーの文字に埋め尽くされている。
変身のメカニズムを解明できれば強い怪人の作成に役に立つかもしれなかったが、そうはうまくいかないものである。
『意地を張らずに彼女を素材にすればよかったのでは』
「人間ベースの改造は不具合が多い事はお前も知ってるだろ。最新型の機械ならまだしも」
朝日の視線が、巨大な機械へ移る。
複雑な機構のそれは、その多くを謎に包んだ未知の機械であり、今も世界を脅かす
数年前まで稼働していたそれは、ここ何年も動いていない。
動かし方に問題があるのではなく、怪人を生み出す為の素材に問題があるのだ。
『ではカタログで買いますか?』
「うちにそんな金はない」
呆れたように球体が去っていく。
そうは言われても、ないものはないのだ。
それこそ怪人がいれば銀行強盗の一つでも出来るかもしれないが、それをする為の怪人もいないのだから仕方がない。
今だって朝日がバイトする事で、今の生活を維持しているのだから。
「やっぱり惜しかったか」
去っていく球体をみながら、朝日は先ほど帰った魔法少女の事を思い出す。
せめてクリスタルだけでも奪っておけば、と過ぎた事を考えていた。
魔法少女ブルーが怪人に殺されたのは、これから三日後の事だった。
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