第30話:旦那様とお養父様
婚姻の儀の準備で朝から大忙しだった。
この日は保胤も在宅勤務に切り替え、仕事の合間に三上と共に最終打合せに当たっていた。
一方、一葉はとある大問題に直面していた。
「う、うそでしょ……い、いや大丈夫。落ち着け……落ち着け……ああどうしよう……どうしよう……いやいや大丈夫……ふぅ……ふぅ……」
「一葉様、どうなさいました?」
「はぇっ!?」
「何かお探し物ですか? 三上もお手伝いいたします!」
食堂の床にへばりついている一葉を心配そうに三上が声をかける。
「あ、い、い、いえ!! ぜんっぜん大丈夫です! あの……その……も、もう見つかりました!」
「それは良かった……! もうすぐ着付けの先生がいらっしゃいます。お衣装合わせお願いいたしますね!」
「はい、かしこまりましたぁ!」
明るく返事をすると、三上は忙しそうに走ってどこかに行ってしまった。
(朝から大忙しの三上さんの手を煩わせるわけにはいかない)
というか、探し物を手伝わせるわけには絶対にいかない。見られる訳にはいかない。
(やばいよぉ……本当にどうしよう……最後の盗聴器どこいっちゃったんだろう……)
半泣きで顔を真っ青にしながら一葉は再び床にへばりついて探した。
確かに昨日まではあった。
エプロンの中に入れていた。
台所で保胤の紅茶を準備して、書斎に入って、誘淫剤入りのマドレーヌを食べた後、それから、ええと、彼の寝室に行って着物を脱がされて……その……
「…………ぅ」
(ちちちち違う! 何考えてんの! あの時のことを思い出している場合じゃないでしょうが!!)
一葉は煩悩を打ち消しながら再び記憶を辿っていく。
エプロンのポケットにはなかった。
自分の部屋も見つからなかった。
台所も廊下も床も、昨日エプロンをつけて歩いた場所には落ちていなかった。
(ここまで探して見つからないとなると……残るは保胤さんの書斎か寝室ってことよね……)
一葉は頭を抱えた。最悪だ。一番最悪のパターンだ。
(落とし物をしたかもしれないから部屋に入れて欲しいと頼んでみるべきかしら……でも)
もし実際に盗聴器を見つけたとして保胤のいる前で何と説明をすればいいのか。普段鍵をつけているような部屋だ。探している最中、保胤はきっとその場に立ち会うだろう。
(落とし物の替えの何かを用意して、それを拾ったように見せかければ誤魔化せる……?)
心配なことはもう一つある。
もし盗聴器が保胤の部屋にあったとして、先に彼が盗聴器を見つけていたとしたら。
(自分が狙われていると分かっている人だもの。盗聴器なんてきっとすぐ気付くわ)
薬入りの焼き菓子の件といい、盗聴器まで部屋で見つかったとしたら一葉に疑いの目が向けられることは間違いない。
(焼き菓子は他の人間の仕業だと思っているけれど、さすがに私も怪しまれるわよね……)
もし諜報員であることがバレたら保胤はどう思うだろうか。
――葉さんが覚えていないのも無理はありませんよ。僕の一目ぼれです
――僕はあなたが好きだけれど一緒にいて僕ばかりが嬉しいのはそれはそれで寂しいものですから
「……」
以前、保胤から言われた言葉を思い出して一葉は胸が痛んだ。自分に危害が及ばないよう守ってくれていたと知ってしまうと、余計にその罪悪感が増す。
自分が犯人だと分かったら保胤はきっと軽蔑するだろう。好きだった相手に裏切られたと知って失望し、嫌われるに違いない。
(いつかはバレるもの。仕方がないことだわ……)
この任務が終われば、父と母と合流するため自分は黙って緒方家を去るつもりだ。保胤の婚約者、妻という役目は諜報員の仕事に過ぎない。
嫌われても軽蔑されても何てことない。そう思われて当然のことを自分はしている。
ただ、気がかりがあるとすれば一つだけ。
保胤を傷つけてしまうこと。それだけだった。
「一葉さまぁー! お客様でございます!」
「は、はぁい! ただいま!」
三上の呼ぶ声で、一葉は急いで正面玄関へと向かった。着付の先生が到着したとばかり思ったが、意外な人物が目の前に現れる。
「お……お養父様……!」
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