第24話

「保胤様、おかえりなさいませ」


 和室を出て廊下を歩いていると三上の声が聞こえ、一葉は慌てて正面玄関へと向かう。


「おかえりなさいませ。今日は……お早いお帰りですね」


 一葉は保胤の傍に近づく。時計を見ると、まだ夕方四時を回ったところだった。


「もうすぐ婚礼の日ですからね。色々と準備もありますし、残りは自宅で仕事をしようかと思いまして」

「あ……先ほど美津越からの荷物が届きました。鏡台や箪笥以外にも色々と揃えていただいたみたいで……ありがとうございます」

「振袖、見ました?」


 保胤はどこかそわそわした様子だった。


「はい。素敵なお着物でした。着るのが待ち遠しいです」

「それは良かった。あなたの好みもあるだろうにこちらで勝手に準備しちゃったから少し心配だったんです」

「保胤さんはいつも私の好みを気にしてくださいますね」

「それはそうですよ。一葉さんに喜んでもらいたいですから」

「あなたが選んでくれたものが私の好みですよ」

「……おや、嬉しいことを」


 保胤は眉を上げて驚いた様子を見せる。


「買っていただいたお洋服も今度着てみますね。私、着物以外は着たことがなかったので嬉しいです。あ、そうだ。確かお帽子も――」

「一葉さん、どうかされましたか?」


 保胤はじぃっと一葉の瞳を覗き込む。


(あ……)


 見覚えのある、あの瞳だ。服を脱ぐようにと迫った時の、黒目に青みがかった保胤の瞳は一葉を射貫くように見つめる。


「どうかって……どうして?」


 しかし今日の一葉は動じなかった。同じようにまっすぐと保胤の目を見て尋ねた。


「…………いえ」


 保胤はそれ以上は追求せず、パッと一葉から離れた。荷物を置いてきますと言って、螺旋階段を登っていく。


「あ、そうだ、夕飯までにまだ時間があるので紅茶を飲みたいな。一葉さん、僕の書斎まで運んできてもらえますか?」

「かしこまりました」


 保胤の言葉に冷静に返したが、一葉の心は踊った。


(……来た)


 紅茶好きの保胤が自宅で仕事をする時は決まって紅茶を飲む。今日の午前中、三上から紅茶の説明を受けている時に入手した情報だ。



『日が明るいうちにご自宅でお仕事をされる日は必ずティータイムをとられています。その際にはお菓子もご用意しているんです』


『お茶やお菓子は三上さんがいつもご用意をされているんですか?』


『ええ。お菓子はお取引の会社様から頂いた物をお出しすることが多いです』


『……お紅茶とお菓子の準備、私がやってもかまいませんでしょうか? 紅茶に合うおすすめのお菓子があるんです』


『もちろんです! 保胤様もお喜びになられますわ』



 三上との会話を思い出しながら一葉は台所に立ち、紅茶の準備を始めた。ポットに茶葉を入れてお湯を注ぐ。茶葉を蒸らしている間にカップにもお湯を入れて温める。


 そして、


(中身を入れ替えられる機会がこんなに早く訪れるなんて……)


 ポケットに忍び込ませた袋を取り出す。中には焼き菓子が入っていた。2つほど取り出し小皿に並べる。


 お菓子はこの家にあったものではない。一葉が事前に用意した、睡眠薬入りのお菓子だった。


(即効性があるからすぐ症状が出るはず。昏睡状態の保胤さんを介抱して鍵を渡してもらい寝室へと侵入する……そこで最後の盗聴器を仕掛ける。ついでに鍵も盗む作戦……)


 どうかうまくいきますように……と内心ドキドキしながら、一葉は紅茶とお菓子の乗ったトレイを持って保胤の書斎へと向かった。

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