第23話:旦那様のティータイム
午後、美津越で買った嫁入り道具が次々と運ばれてきた。三上と一緒に一葉も配置などの対応に当たる。
「あれ? これもお願いしたものでしょうか……?」
鏡台や箪笥の他に、洋装に帽子、化粧道具、置時計などの調度品も次々に一葉の部屋へと運ばれる。
「こちらは保胤様からの贈り物でございます」
品物の運搬に立ち合いに来た美津越の川勝支配人が一葉に説明した。
「こんなに沢山……部屋に入るかしら」
昨日までベッドと椅子だけの簡素な部屋が物でぎゅうぎゅうになった。
「一葉様、こちらもお部屋へお運びしてよろしいでしょうか?」
支配人が手に持っていたのは一段式の桐箱だった。これも保胤からの内緒の贈り物だろうかと、一葉はため息をついた。
(お気持ちは嬉しいけれど頂いてばかりで気後れしちゃうわ……)
「中身はなんでしょうか?」
「黒地引き振袖でございます」
「…………うっ」
贈り物には間違いなかったが、その中身に思わず一葉は後退りをした。
黒地引き振袖。つまり、一葉の花嫁衣装だ。支配人の後ろには着物を掛ける
「お、わ、ええと……み、三上さん……どうしましょう……?」
縋るように一葉は三上に助けを求める。婚礼衣装を突きつけられ改めて自分の責務の重さに気後れした。
「そうですねぇ。当日のお仕度のことを考えると一階の離れの和室がいいかもしれませんわね」
連れだって離れの和室に移動し、振袖を確認する。
「ああ、なんて素敵なんでしょう……ねぇ、一葉様!」
「え、ええ……」
衣桁に掛けられた振袖を見て、三上が感嘆の声をあげる。
黒地引き振袖は上半身部分は模様がない紋付き、裾は
(本当にすごい……だけど……)
一葉の顔は浮かなかった。
普通の花嫁ならばこんな婚礼衣裳を送られて喜ばない者はいないだろう。だけど、自分は普通の花嫁とは違う。
「一葉様は花嫁の婚礼衣裳の黒に意味があるのはご存じですか?」
川勝支配人が一葉に尋ねた。
「え、いいえ……知りません。すみません、不勉強で……」
支配人は「とんでもない!」と首を振る。
「黒には“あなた以外誰の色にも染まらない”という意味があるそうです。最近では西洋式の婚礼も流行っており、純白のウエディングドレスを着る花嫁様もいらっしゃいますが、そちらは“あなたの色に染まる”という意味の白、だそうです」
「へえ……そんな意味が込められているのですね」
「意味合いとしてはどちらも似ているかもしれませんが、黒振袖には能動的な意思の強さを感じます。一葉様にぴったりだと私は思います。この度は本当におめでとうございます」
慰めてくれているのだと一葉は気付いた。
先日、保胤と一緒に美津越を訪れた際に気まずい雰囲気になったこと、一葉の目が赤かったことを川勝支配人は覚えているのだろう。
「支配人……ありがとうございます」
その気遣いが嬉しくて一葉は支配人に微笑んで礼を言った。
全ての荷物を運び終え、美津越の支配人と使いの者たちは帰っていった。
一葉は一人、衣桁に掛けられた振袖を眺める。
(誰の色にも染まらないか……)
借金を抱えた父を助けるために喜多治家の人間となり、諜報員として幾度か任務をこなしてきた。任務を終えた後、決まって考えてしまう。
標的になった人たちはその後どうなったのだろうと。
自分のせいで仕事を失った人。
家族を失った人。
自ら命を絶った人だって、いたかもしれない。
日中はあまり考えないようにしていたが、夜、物置小屋のようなあの暗い部屋で一人になると、どうしても心に暗い影が落ちる。
(今さら手前勝手過ぎるわ。散々悪事を働いてきてここで怖気づくなんて……)
保胤に対してだけ罪悪感を感じるなど、甚だおこがましい。これまでだって情報を盗み数多くの人を不幸にしてきた。いくら罪の意識に苛まれようとも自分がやったことは取り返しがつかない。
自分は許される立場になんてない。
(駄目よ……しっかりしなさい……自分自身に目を背けてはいけないわ)
自分の目的は最初から何も変わらない。
父と母を救うこと。そのためなら何だって出来る。
(誰の色にも染まらない……)
一葉は黒振袖を見つめながらそう自分に言い聞かせた。
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