第21話:

 夕餉の時刻になっても保胤は食堂へ降りてこなかった。

 一葉が部屋へと呼びに行ったが返事がなく、誰かと電話で話をしている様子だった。今日は私用があるからと夕方には三上も帰ってしまい、一葉はひとり広い食堂で夕餉をとった。今夜の献立は、いかと里芋の煮物、入り豆腐、味噌汁の具は長葱とわかめだ。


(……さてと)


 早々に食べ終え、食器を洗い、エプロンを外す。一葉もまた自分の仕事を再開する。


(呑気に買い物したりあんみつ食べたりしてる場合じゃないわ……早く残りの盗聴器を仕掛けないと)


 サンルームと応接間には設置したから仕掛ける盗聴器は残りは3つ。そのうちの1つ今日すでに設置済み。


(今日、保胤さんの車に乗れたのはラッキーだったわね)


 保胤は通勤や取引先との会食には車を使う。人を乗せることもあるだろうと、美津越から自宅へ帰る時に後部座席のシートの隙間に忍ばせておいた。


 残り2つの場所はすでに決めている。保胤の寝室と書斎。

 ただ、問題がある。書斎と寝室はどちらも鍵が掛かっている。


 それとなく三上に鍵の在りかを尋ねてみると、鍵は保胤が持っており部屋の掃除も本人がやるという。本人が在室の時以外は誰も立ち入らないことになっているそうだ。


 つまり、中に入るには鍵を盗むか、保胤に開けてもらわなければならない。


 保胤の夕飯をお盆に乗せて二階へと上がる。書斎の扉の前にでコンコンとノックした。


「保胤さん、お夕飯お持ちいたしました。お忙しいようでしたらお部屋で召し上がられますか?」


 やはり返事はなかった。扉に耳を当てて中の様子を伺うが何も音がしない。ドアの開閉の邪魔にならない所にお盆を置いて、ダメもとでドアノブを回した。


「……!」


 カチャリとドアノブが回った。鍵が開いている。


「や、保胤さん……入りますよ?」


 そっと部屋の中を覗き込むと保胤の姿はなかった。一葉は廊下をきょろきょろと見渡し、お盆を持って中へと入った。


 保胤の書斎は和家具に洋家具が組み合わさった上品な作りになっていた。洋館にぴったりな異国情緒のある雰囲気だった。重厚感のあるダークブラウンの両面両袖の机と回転椅子。机の上を見ると整理整頓されていて、時計と電話のみ。仕事道具のようなものはほとんど置かれていなかった。


 一葉は机の上に食事を乗せたお盆を置いた。


(折角のチャンスだわ……今のうちに……)


 素早く室内を物色し、盗聴器を仕掛ける場所を探す。


(さて、どこに設置しようかしら)


 きょろきょりと部屋を見渡すと壁掛け式の飾り棚が目に入った。本や写真立てなどの調度品が飾られている。一葉は飾り棚に近づき、本の隙間に盗聴器をしかける。


(……?)


 飾り棚の上にいくつかある内のひとつの写真立てを手に取る。他にも写真は飾られているがそれは他のものとは異なり、下に伏せられていた。


(どうしてこれだけ?)


 持ち上げてみると見覚えのある洋館に庭と人の写真が納まっていた。


(この館よね……?  もしかしてこの人たち保胤さんのご両親とか……?)


 写真には庭で遊ぶ少年とそれを見守る若い男女が写っている。

 この家のサンルームにある籐細工の丸机と椅子に二人は座っていて、母親らしき女性は赤ん坊を抱えていた。


(そういえば保胤さんには妹さんがいらっしゃるのよね。今は英国へ留学中らしいけれど)


 赤ん坊は妹さんだろうか。ふくふくとした頬がなんとも愛らしい。


(この頃はまだ頬に傷がないのね……)


 庭を走り回る少年は恐らく保胤だろうと感じた。子どもらしい無邪気な笑顔。飄々とした今の保胤とは異なるが、どこかその面影を感じる。


 一葉はそっと写真を戻し、テーブルに置いたお盆を持って一度部屋を出た。ひとまず自分の部屋に戻り、使っていない椅子を廊下まで運ぶ。


「一葉さん?」


背後から声がしてぎくりとした。


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