第9話:旦那様が居ぬ間に

 盗聴器は全部で五つ。問題はどこに設置するかだ。三上から館の部屋は一通り案内を受けた。もちろん、保胤の自室の場所も。


『あの……保胤様は普段どのようにお過ごしになられていますか? 私がこちらに住むようになっても保胤様には気兼ねなく普段通りの生活をお送りいただきたくて……邪魔をしないようにしたいと思っているんです』


 広い館を案内してもらっている最中、一葉はもっともらしい言い訳をしながら三上に尋ねた。


『邪魔だなんてそんな……保胤様は一葉様がいらっしゃるのをずっとお待ちだったんですよ』


 そうかなぁと一葉は腑に落ちなかった。

 焼き芋は嫌いだなんて小さな嘘をついたり、こちらの腹を探るような言動をしたり、どちらかというと保胤からあまり良い印象を持たれていないのではと感じているからだ。


『それは嬉しゅうございますが、保胤様のことまだ何も分からないものですからどのように過ごされるのか知りたいんです』


 保胤にまつわる情報を引き出そうと一葉は食い下がる。


『そうですねぇ……その日によって異なりますが平日ですと基本的に日中は会社へ、お帰りになられてからは書斎と寝室でお過ごしになることが多いです』

『お休みの日は何を?』

『お庭で読書をされたり煙草を吸っていらっしゃることが多いです。あ、お茶がお好きな方なのでよくお庭で嗜んでいらっしゃいます』

『……あまりお出掛けにならないのですね。私も家でのんびり過ごすのが好きなのでお気持ちわかるような気がいたします』

『元々出不精な方で休日はここでひとり過ごされることが多いのです。だけど、一葉様がご一緒なら三上も嬉しゅうございます!』


 私、亭主元気で留守がいい派なんだけどなぁ。一葉は三上に笑顔を向けつつ心の中では肩を落とした。

 



 三上とのやりとりを思い出しながら一葉は五つの盗聴器をどこに設置しようかと考える。

 書斎、主寝室は絶対。応接間があったからそこにも。読書の場として保胤はサンルームもよく行くと三上は言っていた。


(最後のひとつは……保胤様の行動範囲を見て考えよう)


 そっと自室の扉を開けて辺りを見渡す。この広い館に今は自分しかいないと分かっていても、やはり緊張する。

 シンと静まり返った廊下をオレンジ色の照明がぼんやりと照らしていた。一葉は螺旋階段を降りて、まずは一階の応接間へと向かった。


 応接間は階段ホールのすぐ隣。20畳ほどの大部屋で天井が高く、解放感のある空間だ。壁は白い漆喰で塗られて床は寄木張り。椅子が六脚に濃いブラウン色の長方形のテーブル、天井からはブロンズ色のシャンデリアが下がっていて、趣のある上品な部屋だった。一葉は人の目につきにくく、かつ音声が拾いやすい場所を探す。


(あれだ……)


 部屋の隅に置かれた脚付きの箪笥に目をやる。ステンドグラスのランプが置かれていた。シェード部分を素早く外し、電球にくっつけて盗聴器を仕掛けた。


 次に、サンルームへと向かう。サンルームは食堂を通り抜けた先にあった。


「わぁ……」


 一葉はその絶景に気をのむ。そこはまるでプラネタリウムのようだった。


 昼間案内された時は気付かなかったが、夜訪れると目の前に何も遮るものがない、広大な星空が広がる。大きな窓から庭一面見渡せるように設計されたサンルームはその空の広さまでも計算尽くされていた。目線を遮らぬよう木々は適度に選定され、見事なまでの絶景だ。床には白と緑のタイルが敷かれ丸テーブルと椅子が一脚。いずれもとう細工で作られていた。


 椅子に腰かけて、一葉はしばらくその景色に見惚れた。そして、落ち込んだ。


「こんな素敵な場所に盗聴器を仕掛けるなんて益々心が痛むなぁ……」


 一葉は深いため息をついた。これが自分の仕事なのだと覚悟しているが、それでも主が大事にしている場所に触れると決心が鈍る。


 心の揺らぎを打ち消すようにぶんぶん頭を振る。やらなければならない。この日のために三年間、教育を受けてきたのだから。


 喜多治家の諜報員、つまりスパイとして――

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