第7話
「一葉様、どうぞ」
三上がティーカップを一葉の前に置いた。金彩模様が美しく、高級感溢れる佇まいをしていた。
「保胤様もお紅茶いかがですか~!」
遠くで煙草を吸う保胤に三上は声を掛ける。保胤はその声に気付いて手をあげ反応した。戻ってきて一葉の隣の席についた。
(焼き芋に紅茶ってだけでも凄いのにこんな華やかなカップ初めて見た……)
出された紅茶に感動と、上流階級の生活レベルの凄さに戸惑いを感じながら一葉はカップに口をつけた。落とさないよう慎重に。
「あ……!」
一葉は目をパチパチさせて、カップの中の紅茶をじっと見つめる。
「……どうかされましたか?」
保胤に尋ねられて一葉は焦った。
「あ、ええと……!」
「お口に合いませんでしたでしょうか……?」
三上も心配そうに一葉の顔を見た。
「あ……い、いいえ! あの、とてもおいしくて感動してしまいました!」
一葉は焦りながら再びカップに口をつけた。
(懐かしい……)
紅茶の味と思い出が一葉の胸に去来する。
*
*
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庭でしばらくお茶を飲んだ後、屋敷の中を案内された。
洋館は外観もさることながらその中も非常に豪華な作りだった。広々とした空間と調度品に溢れ、まるで美術館のようだ。
玄関だけで一部屋分ありそうな広さに高い天井。意匠を感じる照明に、モールディングの装飾が施された壁。豪華だが上品で静かな佇まいを感じる。
靴のまま生活をしていると三上から説明を受けたが、床はどこもかしこもピカピカに磨かれ顔が映るほどだった。
「そして、こちらが一葉様のお部屋になります。ベッドはございますが、まだ鏡台など必要なものが揃っておりませんで……しばらくご辛抱くださいませ」
三上が申し訳なさそうに頭を下げる。
「いえ、おかまいなく!」
案内された部屋は10畳ほどの洋室だった。セミダブルのベッドがひとつに、サイドボードが備え付けられたシンプルな部屋だったが大きな窓から日の光がよく入る、明るい部屋だった。
「お疲れになられたでしょう。お夕飯まで時間がございますからゆっくりおくつろぎください」
そういうと、三上は部屋を出て行った。
一葉は鞄を床に置いて部屋の窓を開けた。二階に位置する一葉の部屋から先ほど焼き芋をした庭が見えた。敷地内には他にも庭があるようで、花が咲いているところも見える。
一葉は深呼吸した。肺に広がる澄んだ空気が心地いい。
「……よし」
自分を鼓舞するかのように一葉はひとり頷いた。
一階に降りて台所へ行くと、三上が夕餉の準備をしていた。
「何かお手伝いできることはありませんか?」
一葉は手を洗いながら三上に声を掛ける。三上は恐縮していたが、一葉は保胤様のお食事の好みを早く知りたいのですと言って懇願した。
「そういえば……保胤様はさつま芋はお嫌いなのでしょうか?」
玉ねぎの皮を剝きながら一葉は三上に尋ねた。
「いいえ? お好きですよ。あのように庭でよく焼いて召し上がるほどですから」
「…………そう、ですか」
努めて顔色を変えずに一葉は玉ねぎの皮を剥くことに集中した。
どうして嘘をつかれたのか。身に覚えがあり過ぎる。
最初に私の姿を見た時、ひどく警戒していた。名前を名乗っても嘘だなんていうほどだ。もしかしたら、保胤様はすでに自分の正体を怪しまれているのかもしれない。
(ここで私が失敗したらお父様とお母様の身に何が起こるか分からないわ……)
喜多治家に養子に入って以来、一度も会っていない父と母。慶一郎からは借金返済のため喜多治屋の上海支社に駐在員として働いていると聞いたが、支社のある住所へ手紙を書いても一度も返ってくることはなかった。実際は生きているのかさえ分からないままだ。
父と母を一刻も早く日本に連れ戻したい。
そのためならどんなことでもする覚悟で一葉はこの三年間必死に生きてきた。
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