第5話:旦那様は覆面の変人
洋館の門をくぐり、正面玄関の前に立つ。チャイムを押したが反応はない。
「お留守かしら……」
今日が嫁入りの日だと知らないわけではないだろうに。もしかしたら嫁ぎ先でも快く受け入れられていないのかもしれない。
薄暗い気持ちを抱えながら、誰かいないだろうかと一葉は敷地内を探索する。遠くから見るとお化け屋敷のような異様さを感じたが近くで見るとその印象は少し変わった。
(すごいお屋敷……さすがは緒方家……)
煉瓦造りの外壁は、古そうにみえるが劣化は感じられず、どっしりとした重厚感が漂う。焦げ茶色の煉瓦に白い木枠の開き窓がいくつも設置され、そのコントラストが美しかった。
何より圧巻はこの花々だ。
正門を抜け、正面玄関まで色とりどりのコスモスや洋菊が植えられており、さながら花畑のようだった。周辺の鬱蒼とした雰囲気と中は随分と様子が違っていた。
「窓の多いお屋敷だなぁ」
窓からそっと中を覗いてみたが、誰もいない。物音ひとつせず、これはやはり不在だろうと一葉は察した。
「ん……?」
一葉は鼻をくんくんと動かした。この匂い、知ってる。
嗅ぎ慣れた匂いにどこか緊張の糸が解けていく。匂いの元を辿るように鼻を動かしながら足を進める。広い敷地内をぐるぐる歩いていくと、徐々にその香りも強くなっていった。
洋館の裏側へ回ると、今度はパチパチと火をくべる音が聞こえてきた。細い煙も上がっているのも見える。
裏側は広大な庭だった。その庭の真ん中に枯葉の山がこんもりと置かれていた。近づいてみると音と匂いの正体は枯葉の山が元になっていた。これは――
「焼き芋だぁ……いい匂い~!」
「誰?」
後ろを振り返ると、覆面の男が立っていた。
「誰?」
「ヒッ!」
覆面男はズンズンと大股でこちらに向かって歩いてくる。覆面といっても鼻から下半分だけで目元は露わになっている。睨みながら近づいてくるものだから一葉は思わず後ずさりした。
「誰だって聞いてるんだけど」
「え、あ、ええと、か、勝手に入って申し訳ありません! 喜多治一葉でございます!」
「嘘だな」
「え、ええぇ……?」
名乗っても嘘だと問われるとは思わず一葉は困惑した。もしかして家を間違えたのだろうか。運転手さん、住所ここで本当に合ってる?
「まぁ! 一葉様! どうなさったんですか!?」
覆面男の後ろから慌てた声がする。見ると、可愛らしいおばあさんがパタパタと草履を鳴らして急ぎ足でこちらに向かってきた。手には新聞紙の束を抱えていた。
「
保胤と呼ばれた人物はおばあさんの方を振り向く。
「一葉……?」
「あなた様の奥様になられる方です! とぼけないでくださいな!」
「一葉さんかどうか確証が持てないじゃないですか」
「何を寝ぼけたことおっしゃってるんです。この日を待ち望んでいたくせに」
「三上さん、だってさ――」
一葉は保胤と呼ばれた男と三上と呼ばれたおばあさんの顔を交互に見る。一葉の視線に気付いて、おばあさんが優しく微笑み返してくれた。
「一葉様、申し訳ありません。ご挨拶が遅れました、三上と申します。緒方家で保胤様の身の回りのお世話を務めさせていただいております」
一葉よりも小さな身体の三上は深々と頭を下げた。一葉も恐縮しながらぺこりと頭を下げる。
「あの……今日はどうなさったのですか? 嫁入りの日は来週では……」
「えっ!?」
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