第3話

 屋敷の外に出ると車が一台停まっていた。


「あれ? お養父様からは電車で行くようにと言われていたのですが……」

「奥様からの命令でございます。流石に相手様に非礼にあたると」


 車の前で待機していた運転手が答える。ついて行きはしないが、なるべく先方の機嫌を損ねないようにするためなのだろうと一葉は察した。決して娘への配慮ではなく、世間体を気にした根回しだ。


 素直に車に乗り込む。ちらりと窓から屋敷を見たが見送る者は一人もいない。先ほどまで隣にいた使用人も、車が出発するやいなや屋敷へと引っ込んでいった。


「はぁ……」


 ざわつく心を落ち着かせようと、窓の景色に集中する。木造建ての家々を通り過ぎ、景色はあっという間に棚田と変わる。水鏡のように空を映した田んぼや収穫を控えた黄金の稲田。美しい風景にささくれ立った心が癒されていく。


 そのうち、車はどんどん山奥へと進んでいった。鬱蒼うっそうと生い茂る森の中を進むと、古い洋館が見えた。失礼だけどこんな山奥、建物の古さではいかにもお化け屋敷みたいだなと一葉は思った。


「一葉様、到着致しました」


 運転手に礼を言い、車を降りるとタイミングよく目の前の門が開いた。ギギギ……と鉄が擦れる音が森の中に響く。ギャアギャアと野鳥が騒ぎ出し、不気味さが一層増す。


(……ちゃんと目的を果たさなくちゃ)


 がんばろう、と自分に気合いを入れて一葉は門を潜った。



 喜多治一葉、20歳。今日この不気味な館の主と結婚する。



 館の主であり夫となる、緒方保胤おがたやすたねを陥れるために――

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